五十五話
管理所に入ったアクアマリンは姉に向かって眉を下げる。
「お姉様。今後のことを話し合いたいから、陛下をお借りしてもいいかしら?」
「もちろんよ。わたしは騎士や神官の皆さんとここにいるから、二階でゆっくり話してきて」
「ありがとう。でも、一時間ほどしたら呼びに来てほしいの。だってほら、日暮れ前にお城に帰るためにはあまり遅くなってもいけないでしょう」
「それもそうね。話が終わらなければ、馬車の中で続きをしたらいいものね」
横で話を聞いていたセオドアは「では先に上がっている」と言い残して階段を上がっていった。
「お茶を淹れてすぐに行きます」と返事をしたアクアマリンは、ルビーらに背を向けてキッチンに立つ。何食わぬ顔で紅茶を二人分淹れ、素早く周囲を確認した後、袖から薬瓶を取り出してティーカップに滴下した。
◇
「それで、今後の話とは? 裁判の具体的な流れはアーノルドのほうが詳しいから、城か牢で説明させるつもりだが」
「そんなに話をお急ぎにならなくても。せっかく紅茶を淹れてきたのです。冷める前に一口でもどうぞ」
セオドアはティーカップを見下ろした。
「またなにか企んでいるのではないだろうな」
「まさか!」
心臓がドクンと嫌な音を立てたが、平静を装って取り繕う。
「これ以上罪を重ねるなど愚かな真似はいたしません。義理の妹が淹れたお茶を飲むのはこれで最後かもしれませんし、お姉様の顔を立てると思ってどうぞ」
ルビーの名前を出せば、この男は断らない。非常に憎たらしいことではあるが利用しない手はなかった。
その読みは的中し、セオドアはあからさまに嫌な顔をしながらも一口だけ紅茶を口にした。ごくんと上下した喉を見てアクアマリンは勝利を確信する。
(ごくわずかでも身体に入れば激しく発情する代物よ。一時間後にこの部屋に来たお姉様は、妹を抱く陛下を目の当たりにすることになるの……!)
媚薬が体内に吸収されて効果が現れるには三十分かかる。アクアマリンは裁判に関する質問や、幼少期のルビーの話などでセオドアの気を引いて時間を稼いだ。
そして三十分が経過した頃、彼の身体に異変が現れる。
「……暑いな」
気だるそうに髪をかきあげると、額には汗が滲んでいた。
「そうですか? 窓を開けましょうか?」
これから始まる情交の声を、階下にいる者たちに聞かせてやるのも効果的だと思った。
身体が火照って喉が渇いたのか、彼はティーカップの紅茶をもう一口飲んだ。
「いや……いい。頭が痛いから、すまないが少し横になっても?」
「もちろんです。きっと日ごろの疲れが出たのですわ」
管理人の宿直室にあたるこの部屋には、テーブルセットの他に簡易的なベッドが備え付けられている。セオドアは無造作に横になって胸元のシャツをはだけた。シーツに散らばる髪と荒い吐息も相まって、壮絶な色気が漂っていた。
アクアマリンは思わず生唾を呑む。
(これまでの有象無象など比にならないほどいい男だわ。ああ……陛下はどのようにわたくしを責めたてるのかしら?)
高まる期待が顔に出ぬよう注意を払いつつ、心配そうに訊ねる。
「陛下、調子が悪そうです。一階から誰か呼んできましょうか?」
「要らない。こんな姿を見せるわけには……。すまないが、アクアマリン王女も戻ってくれて構わない……。しばらく一人にしてくれ……」
こちらに寝返りを打ったセオドアは、アクアマリンを見て目を見開く。
「……ルビー? なぜここに? アクアマリン王女はどうした?」
「えっ? わたくしは……」
驚くふりをしながらも、彼女の胸は高揚する。
(髪の色は違うけど、わたくしの顔の劣化版がお姉様だもの。媚薬の力で見分けがつかなくなってもおかしくないわ。似たようなドレスを選んできて正解だった!)
お姉様と間違えているのなら話は早い。全てが終わったあと絶望するセオドアの表情まで楽しめるのだから。嫌だ嫌だと涙を浮かべながら理性に抗えない情交も捨てたものではないが、夢を見させた後に突き落とすほうが好みだった。
アクアマリンはゆっくりとベッドに歩み寄る。
「陛下の体調がおかしいと言って、アクアマリンがわたしを呼びに来たのです。看病させてくださいませ」
「……そうだったのか。いや、来ないでくれ……。今の俺はおかしい……」
「水くさいことをおっしゃらないで。夫婦ではないですか」
セオドアの腹の脇に腰を下ろしたアクアマリンは、傍らに横たわる男に視線を這わせる。
「……お辛そうですね。わたしが慰めて差し上げます……」
「……ルビー? いったい何を……」
ぷち、ぷち、と胸元のボタンを外していくアクアマリン。四つ外したところで豊満な胸があらわになる。
彼女はそのままセオドアの太もものうえに跨った。自分の腕で豊満な胸を寄せ、我慢出来ないといったように小刻みに腰を揺らす。
「ああ……っ! はっ、う、ああ……!」
セオドアの瞳が熱に溶け、言葉が言葉でなくなっていく。とうとう自分に堕ちたことを確信したアクアマリンは「ああ! やっぱり最後はわたくしが勝利するのだわ!」と会心の笑みを浮かべる。
「……なんでも持っていたくせに、そのうえ大聖女だなんて欲張りすぎるもの。あんたは毒使いとして不幸に一生を終えるって決まってるのよ。わたくしが神官を買収したあの日からね……っ!」
「あんたの一番大切なものを、汚してあげる」アクアマリンはとうとうセオドアに覆いかぶさり、彼の唇に顔を寄せた。