四十七話
玉座の間にしずしずと入ってきた少女は、皇帝の前で美しく礼をした。
「ラングレー皇国セオドア陛下に、ベルハイム王国第一王女アクアマリン・スノー・デルファイアが拝謁いたします」
「遠路はるばるご苦労だった。なにもない国ではあるが、気楽に過ごしてほしい」
「お気遣いに感謝します。ですが此度は聖女としてお約束を果たすために参りました。ラングレーの皆さまのために全力で祈りを捧げる所存です」
にっこりと微笑んでみせるアクアマリン。笑顔が最も魅力的に見える唇の角度と白い歯の見せ方、目の開き具合は熟知している。こうやって笑えばどんな男だって自分に好感を持つことを知っていた。
計算通り、当初は無表情だったセオドアがじっと視線を寄越している。
(ラングレー帝は凶暴な野蛮人だと聞いていたけれど、なかなかの美丈夫ではないの! お姉様にはもったいないから、この機会にそれもわからせてあげないとね。セオドア様も地味なお姉様よりわたくしのほうが良いに決まってる)
腹の中で真っ黒なことを考えながら挨拶を終え、アクアマリンは玉座の間を後にした。
広間の扉が閉まるのを待ちわびていたように、セオドアの後方に立っていたアーノルドがすすっと主に歩み寄る。
「厚顔無恥とはあのようなことを言うのですね。平然と第一王女だと名乗りましたし、我が国にかけた迷惑の謝罪もありません。去り際にはこっちにも色目を使ってきましたよ」
「自分の腹の中さえ浄化できない聖女なんだ。格が知れたな」
こんな家族の中で、よくルビー王女は耐えてきたなと胸が痛くなる。塔に幽閉されて虐げられていたのは可哀想だが、家族と距離をとって育ったことは不幸中の幸いだったのではないかとさえ思えた。
アーノルドは手に持っていた書類に目を落とす。ここ数日間セオドアと頭を突き合わせて作り上げた渾身の計画書だ。
「アクアマリン殿下の歓待と滞在スケジュールですが、変更は無しでよいですね?」
「予定通りでいいだろう。俺達の目的は一つ。こちらに非がない形でアクアマリン王女に恥をかかせ、二度とこの国の土を踏もうなどと思わせないことだ」
セオドアが無表情で言い捨てると、彼の盟友も頷いた。
「あんな聖女にへりくだるのが馬鹿らしくなってきました。ラングレーにも誇りというものがありますから、徹底的にやりましょう」
「頼んだぞ。ところでルビー王女はどうしている?」
「ログハウスでメイドと静かに暮らしています。特に動きはありません」
「ならいい」
セオドアは複雑な感情がこもったため息をついた。
「アクアマリン王女を追い出さないことには、落ち着いて話もできないからな……」
つい数日前までは、半年間一日も欠かさず顔を合わせていたのに。理由がないと会えない関係に逆戻りしてしまった。
彼女を呼び出して聞きたいことは山ほどある。でも、それではだめだ。彼女が自ら俺のところに来てくれないと意味がない。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに、あと一歩が遠い。もどかしかった。
「陛下、行きますよ。歓迎晩餐会の準備があります」
「――ああ」
アーノルドに促され、玉座の間を後にした。