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四十六話

 クリムガルド砦の視察を終えた一行は、およそ半年ぶりに皇城へ帰還した。

 騎士たちは仲間が無事に戻ってきたことを抱き合って喜び、留守を預かっていたアーノルドと重臣らもほっと胸をなでおろしたのだが――。


「……あれっ? 陛下、ルビー殿下はどちらにおられるのです? 同じ馬車ですよね」

「城の敷地に入ったとたん下車してしまった。例のログハウスに戻るそうだ」


 どよんとした顔のセオドアに怪訝な顔を向けるアーノルド。


「逃げるようにいなくなるなんて殿下らしくないですね。まさか喧嘩でもしたんですか?」

「いや……俺も何がなんだか……」


 とは言ったものの、心当たりは充分にあった。クリムガルド砦に到着した日、見張り台の上で突然ルビーからキスをされたのだが、彼女は自分で自分に驚いて真っ赤な顔になり、「すみません! すみません!」と謝りながら走り去ってしまった。

 明確に避けられているのはそれ以降だ。話しかけようとすると「あっ、あれをやらなきゃいけないんだった!」と唐突に用事を思い出されてしまう。砦の中で行き合っても機敏な動きで方向転換されてしまう。先ほどまでの馬車だって、「エマが側にいないと不安なんです!」という根拠のない理由をつけられて三人で乗っていたくらいだ。


「……あれは何だったんだ?」

「あれとは?」

「いや、それは言いたくないんだが……」


 赤くなったり青くなったりして煮えきらないセオドアに、盟友は深くため息をつく。


「――とにかく。無事にご帰還なさったのは何よりですが、執務も溜まっていますしルビー殿下との関係改善も重要な()()ですから頼みますよ。あと特に厄介な案件が昨日舞い込みまして――」


 手に持っていた親書を差し出した。


「ベルハイムの封蝋だな。今更なんの用だ?」


 親書を受け取って雑に改めるセオドア。どんどん眉間にしわが寄っていく。


「聖女派遣の件ですよ。ほら、和解したときの条件にあったでしょう? 年に一度の一時間というしょっぱい条件で、アクアマリン王女が我が国に来ることになったじゃないですか」

「もう不要だし、ルビー王女と関わらせたくないから断れ」

「そうおっしゃると思って手紙を持ってきた使者に伝えたのですが、早々にラングレーに向けて出発していたそうで。明後日か明々後日には到着するとのことです。なんとも急な話ですよ……」

「ちっ。あの国らしい勝手なやり方だな。嫌な予感がする」


 読み終わった親書を突き返して不機嫌な顔で歩き始める。アーノルドもその後を追随した。


「仕方がないので最低限のもてなしを手配します。アクアマリン王女は腐っても聖女ですから、あからさまに邪険にもできません」

「やむを得ん。なるべく早く帰ってもらうよう仕向けるしかないな。――このことはルビー王女には内密に。余計な心配をかけたくない」

「わかりました。まあ、陛下となにかあったみたいですし? 城の方には来ないでしょう。ログハウスにいる限り杞憂かと」


 嫌味ったらしい言い方をする宰相にセオドアは顔をしかめたが、すぐに頭を切り替えて、ベルハイムの不穏な動きについて逡巡するのだった。


 ◇


 ログハウスに帰ってきたルビーは、留守番をしていた眷属たちを労ったのち、ほこりを被った室内を無心で掃除した。

 帰って早々の鬼気迫る働きぶりには理由がある。エマは箒の手を止めて呆れ顔で話しかけた。


「気にしすぎですよルビー様。たかがキスしたくらいで」

「たっ、たかが!? そんなことないわ。ああもう、皇帝陛下に対してなんて大胆なことをしてしまったのかしら」

「陛下はどう見たってルビー様のことがお好きじゃないですか。そもそも夫婦なんですしなにも問題ありませんって」

「そうなのかしら……? でも面と向かってそういうことを言ってくださったことはないし……」


 ――『愛している』。駐屯所の夜のことは、もはや夢だったのか現実だったのかわからなくなっていた。時間を巻き戻して確認できたら良いのにと思うけど、それはそれですごく恥ずかしいから思い出したくない。


「きっ、キスしてしまったときも固まっておられたし、はしたないことをして、お嫌だったんじゃないかしら……」


 まるで石化してしまったように微動だにしなかったセオドア。我に返ったルビーが謝っているときも真っ赤な顔でぽかんとしていた。

 何を言われるのかとても怖くなってしまい、それ以来二人きりになることを避け続けているのだった。


「それで、ルビー様はこれからもこのログハウスで暮らすおつもりですか?」


 エマが訊ねる。皇妃として城で暮らさなくていいのか? という問いだった。

 旅を経てルビーの立ち位置は以前とは明らかに変化している。お飾りだった存在が、今やこの国にとってなくてはならない存在になっている。それはルビー自身もしっかり自覚していることだったが――。


「……お城にいるべきだということは理解しているわ。でも、気持ちの整理がつくまであと少しだけここにいさせてほしいの。陛下と向き合う勇気が出たらあちらに移るわ」

「わかりました。……長旅でしたしね。しばらくはスローライフを楽しみながらお身体を休めましょう」


 その晩、久しぶりに寝る自分のベッドは安心感があって心地よかった。

 けれども、ここ半年は隣の部屋にあった気配がもうない。そのことに気づいてしまったルビーは心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。

 身体は鉛のように疲れていたのにもかかわらず、なかなか寝付くことができなかったのだった。


【二章 おわり】

次が最終章です。

執筆の活力になりますので、ページ下部の☆からご評価いただけますととても助かります(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

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― 新着の感想 ―
[一言] ようやく、って感じですが。 なんだか悪い予感がするのぅ(松尾
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