第二十五話
翌日、ルビーが畑仕事をしていると、とぼとぼとセオドアがやってきた。
浮かない表情が気になったルビーは彼をログハウスに通し、昨夜作ったスイートポテトと温かい飲み物を提供した。
「ホッフェン芋とバイフェン芋を混ぜると甘みと粘り気がちょうどよくなって最高だという発見をしたんです! ……お話があっていらしたのでしょう? こちらを食べたらうかがいますね」
「……ありがとう」
ルビーの気遣いが身に沁みたセオドア。なんと切り出そうかずっと悩んでいたが、変に取り繕うより正直に話してみようと思った。
「折り入って王女に話がある。昨日見せてもらった君の能力のことだ」
「はい」
不思議そうな顔をするルビーを見ると、固めた決意が揺らぎそうになる。セオドアは気持ちを抑えて先を続けた。
「君の能力は、我がラングレー皇国にとって非常に助かるものなんだ。この国を覆う瘴気を払えば魔物は冥府にとどまり、土を浄化すれば農作物が育つ。飢える者はいなくなり、民の生活は飛躍的に向上するだろう」
「そ、そんな大それた力ではありませんよ! 国を救うなんて大聖女様にしかできません」
「もちろん君が大聖女……聖女でもないことは分かっている。だが、その百分の一でも千分の一でも助かるんだ。家庭菜園やこの間の蜘蛛のような力を、我が民のために貸してくれないだろうか」
そこまで言うとセオドアは椅子から立ち上がり、ルビーの目の前にひざまずいた。
「ひどい扱いをしておきながら、勝手な頼みをしているのは理解している。だから役割を終えた後は君の望みを全て叶えることを約束しよう。金であろうが物であろうが……望むのなら離縁だって。なんでも言ってほしい。その代わりに俺と共に国内を回り、君にできることがありそうだったら力を貸してくれないか?」
「陛下! 頭をお上げください!」
セオドアの剣幕に驚いたルビーが慌てて駆け寄るが、彼はその場から動こうとしない。
「……念のために伝えておくが、君には断る権利がある。旅は長く体力的にもハードだ。宿も食事も劣悪な環境が想定される。この家で今まで通りに暮らしたいということであれば、そうしてくれて構わない。断ったことで立場が悪くなるということはないから安心してくれ」
そしてセオドアは金色の目でルビーを真っ直ぐに見据えた。――彼女の返事を待つように。
「えっと……。陛下は今日そのお話をしに来たのですか?」
「ああそうだ」
「そんな真面目な顔をされて、膝までついて?」
「……その通りだ」
ああ、だめかとセオドアは長い睫毛を伏せて床を見つめる。自分がルビー王女にしてきたことを考えれば軽蔑されて当然だ。
彼女を責めるつもりは毛頭なかった。すべては自分がまいた種。アーノルドは怒るだろうが、そのぶん自分がいっそう頑張って取り返すしかない。
時間を取ってくれた礼を述べて帰ろうかと思ったとき――。
「そんなの、もちろん良いに決まっているではないですか! 陛下がそう判断されたのなら、国民の皆様のために力を使えることは光栄なことです。それにラングレー各地を旅できるというのも楽しそうです。ご存じの通りわたしは狭い世界で生きてきましたから、いろんな場所に行けるのは嬉しいことです!」
はっとセオドアが顔を上げると、ルビーは顔いっぱいに花のような笑顔を咲かせていた。
「身体は健康そのものですし、体力もあるほうだと思います。どれだけハードなのか想像つかないところはありますが、陛下と一緒なら安心です! わたしが怪我をしたとき、陛下はとても優しくしてくださいましたもの」
セオドアは言葉を返すことができなかった。
ただ自分の顔がひどく熱を持ち、心臓が今までにないほど早鐘を打っていることだけははっきりと感じていた。
(ああ、ルビー王女はこういう人間だった)
人を疑うことを知らず、求めがあれば誰にだって手を差し伸べる。この世の中に悪人などいないのだと、心の底から信じている。
彼女の心を手に入れたい。
純粋無垢なまま、いつも隣で笑っていてほしい。
彼女が綺麗なままであれる世界であってほしい。
(皇帝でよかった。ひとまず彼女を守ってやることはできる)
初めて自分の地位に感謝したセオドアは、表情を緩めながら立ち上がる。
「では、出立は一週間後だ。荷物はこちらで手配しておくから、君とエマは身一つで来てくれればいい」
「わかりました!」
元気よく返事をしたルビーの足元に、ちょろりとマイケルが駆け寄ってきた。
「チチッ! チィ~……」
寂しそうな鳴き声を出し、ルビーを見上げた。
「あっ……。マイケルたちはどうしよう……」
ベルハイムを出るときは数匹のポイズンラットだけだった眷属たちも、ずいぶん種類が増えた。
ほとんどは自力で餌をとれる個体だが、ルビーのサポートが必要な個体もいる。半年も家を空けるとなると、エマを残していくよりほかないだろうか……。
マイケルと見つめ合うルビーを見たセオドアは、彼女の懸念を理解した。
「この家に残る動物たちには世話係を用意しよう。君の大切な友人なのであれば、旅に連れて行っても構わない」
「よいのですか!? ありがとうございます!」
嬉しくなったルビーは思わずセオドアに抱き着いた。突然のことでも大きな体躯はしっかりとルビーを受け止める。
「わたし、この国に来られてよかったです! ラングレーも陛下も大好きです!」
「……そうか。それはなによりだ」
セオドアはおそるおそるルビーの背中に触れる。
無邪気なルビーとカチコチに固まるセオドアの姿を、マイケルは楽しそうに眺めるのだった。