第二十二話
すっかり元気になり、正式にこの国の滞在が認められたルビーは、日々をいっそう楽しみながら過ごしていた。
朝は穏やかな陽の光で六時きっかりに目を覚ます。エマや眷属たちと一緒に温かい朝食をとり、面積を増やした畑の世話に精を出す。昼食のあとは眷属たちの散歩を兼ねて森を散策する。
このとき果実に出くわせば収穫するし、魔物に出会えば「仲間になりたいか?」と尋ねる。冥府より湧き出る魔物は十中八九有毒動物なので、毒使いであるルビーにとって脅威ではなかった。どんな恐ろしい見た目をした魔物でも、ルビーにとってはマイケルと同じように不思議と親しみのわく相手だったのである。
ちなみに残りの一割というのがルビーたちを攻撃してくるような魔物だった。話が通じず脅威になる場合は仕方がないので退治することになる。これにはブラッキーが活躍してくれて、そのまま彼の食糧となった。
エマが住みやすく整えてくれているログハウスに戻り、収穫した野菜などで工夫を凝らした食事を作る。夕刻前に泉で身体を清め、夜の訪れと共にベッドに入るのだ。
人生で今が一番楽しいと、ルビーはしみじみ実感していた。
――そんなある日、ログハウスに珍しい客が来た。
いつものように農作業をしていたルビーは、マイケルの警戒するような鳴き声で手を止める。
近づいてくるのは蒼黒色の髪に金目をもつ大柄な男性。騎士服を模した装束は迫力があり、彼の堂々とした立ち振る舞いをさらに闊達にみせている。
「……あら? 陛下じゃないですか。お久しぶりです。いかがされましたか?」
驚いて立ち上がるルビー。
セオドアはどこか居心地が悪そうな表情だ。
「……無事に暮らしているか、少しだけ様子を見に来た」
「お忙しいのに申し訳ありません。陛下の言いつけどおり、異変が起こりましたら詰所の騎士様に報告しますから大丈夫ですよ」
「……」
セオドアは返事をせず、じっと足元の畑を見つめた。
この一帯だけ嘘のように雲が晴れて光が降り注いでいる。丁寧に直線状に植え付けられた野菜たちは青々として、その身いっぱいに光を受けて気持ちよさそうだ。
「……すべて君が育てているのか」
「はいっ! 眷属が増えたので農地も増やしました。青菜に根菜、豆や芋もありますよ。そのうち麦も試す予定です」
しばしの沈黙ののち、セオドアは今日ここにやってきた理由を口にする。
「……ルビー王女。今日一日農作業を手伝わせてくれ。そのかわり、よかったらこの畑について話を聞かせてもらっても構わないだろうか」
思ってもみなかった申し出にルビーはたまげる。
「陛下が農作業をするんですか!? 畑の話なんて面白くないと思いますけど、聞きたいとおっしゃるならいくらでもしますよ。お忙しいのに手伝っていただく必要はありません」
「いや、それでは俺の気がすまない。ただ情報を聞きに来ているだけだと思われても困る」
「それでいいではないですか。皇帝なのですから」
「だめだ」
「そうですか……? あっ、もしかして陛下も家庭菜園を始めるのですか? だからノウハウを教わりに来たのですねっ!?」
「……まあ、そういうことにしておいてもいい」
セオドアのボソッとした返答はルビーには聞こえなかったらしい。「それならそうと早くおっしゃってくださればいいのに!」とニコニコしながら彼の分の農具を取りに走る。
「どうぞ、陛下! 普段エマが使っているもので申し訳ありませんが、二人分しかないのでお許しくださいね」
「問題ない」
鍬を受け取ったセオドアは、先ほどまでルビーが耕していた畝の先を引き受ける。
けれども、当たり前だが耕作などしたことのないセオドアの動きはとても見ていられないものだった。
「へっ、陛下! 鍬はこう持つんですよ。そのやり方では腰を痛めてしまいます。それと土の返し方は外から中の方向です!」
慌てたルビーはセオドアの右手に自分の手を重ねて正しい持ち方をレクチャーした。そのまま何度か一緒に動かし、畝を作る動きは彼の腰に手を添えて身体に負担のかからないやり方を伝授した。
「えへへ。わたしもこの間までは自己流でやってたんですけどね。エマが正しいやり方を教えてくれました。……って陛下、お顔が真っ赤ですよ!? 大丈夫ですか??」
振り返って見上げたセオドアは耳まで真っ赤になっていた。そのうえ心ここにあらずといった様子でぼうっとしている。
「いつもお城にいらっしゃるから、この日差しでも当てられてしまったのだわ! 一度屋内に入って休憩しましょう!」
ルビーがセオドアの背中を押してログハウスに押しやろうとしていると、セオドアははっと我に返る。
「……すまない。もう大丈夫だ。休憩はいらないから作業を続ける」
「でも、お顔が真っ赤――」
「少々暑いだけだ。体調に問題はない」
きっぱりと言い切ったセオドアはものすごい勢いで畑を耕し始めた。
邪念を振り払うがごとく一心不乱な動きに、思わずルビーは感嘆の息をつく。
「お教えしたことをもう呑み込んでらっしゃるわ。やっぱり陛下は優秀なお方なのね……!」
彼の活躍によって、予定していた作業はあっという間に終わってしまった。セオドアは一日手伝うと言ったものの、そもそも農作業をするのはいつも午前中だけだ。
そこでルビーはセオドアを昼食に招待し、彼の用件を聞くことにしたのだった。




