二十一話
ルビーは順調に怪我から回復し、予定通り一週間で抜糸することができた。
約束通りセオドアに料理を振る舞うと、彼は初めてルビーの前で笑顔をみせた。ただの芋粥とコンポートなのに、とびきりの御馳走を食べたかのように頬を緩ませたのだ。
匙を置いたセオドアは名残惜しそうな顔をしながらルビーに向き直る。
「君には自由に過ごしてほしいと思っている。あのログハウスでの生活を認めるが、決して危ないことはするな。近くに騎士の詰め所をつくるから、何かあったらすぐに助けを求めてくれ」
「よろしいのですか!? ありがとうございます!」
「……城のほうがまだ快適だろうに。変わった王女だな」
「あの森の居心地がいいのです。たくさんの自然に囲まれていますし、眷属たちも思い切り身体を動かせるので好評なんですよ。もちろん二度とご迷惑をかけないように気をつけますので!」
世界中から忌み嫌われている『魔の森』を褒められたセオドアは奇妙な気持ちになった。そうでなくともラングレー皇国内において褒められるような場所はない。この王女は自分たちとは物事の捉え方が百八十度違っているのだということを改めて感じたのだった。
◇
エマとルビーが久しぶりにログハウスに戻ると、留守番をしていた眷属たちが出迎える。ポイズンラットにクロガラス、デススパイダーなど、みんなルビーの友達だ。
一匹一匹の頭を撫でて挨拶をしていくルビー。ブラッキーの番になると、彼は軽く彼女のドレスをくわえて引っ張った。
「なにか見せたいのね、ブラッキー」
「キュイッ! キューン!!」
ブラッキーと出会っておよそ三か月。マイケルの通訳がなくてもルビーは彼の言うことが分るようになっていた。
あとについていくと、コテージから少し入ったところの森が切り拓かれ、屋根付きの立派な小屋が立っていた。
「えっ! なにこれ!? こんな小屋、なかったわよね」
自分が作ろうとした干し草の屋根ではなく、頑丈な金属でできた屋根。大きさは小屋と呼ぶには大きすぎるくらいで、中には寝心地の良さそうな藁や毛布が敷き詰められていた。
ルビーはそっと壁に手を触れる。
板と板は適度に隙間が空いていて通気性が確保されている。釘も危なくないように頭がならされていた。丁寧に造られていることは一目瞭然だった。
(こんなことをしてくださるのは、セオドア陛下に違いないわ)
ブラッキーはニコニコしながら藁に寝そべった。肌触りの良さそうな毛布を抱えてご満悦である。
新しいねぐらがとても気に入っているようだった。
「キュウッ! キュウキュウ!!」
「そんなに気に入ったの。ここなら一人暮らしも寂しくないって? それはよかったわ。陛下には何とお礼を言ったらいいのかしら」
怪我の手当てをしてもらったうえ、こんな立派な小屋まで作ってもらってしまった。
おそらく「小屋の建築でこれ以上怪我をされたら困る」ということなのだろうが、ルビーはセオドアの気遣いに深く感謝した。自分だけでなく、友達である眷属のことも思いやってくれていることが嬉しかった。
(陛下はわたしの料理を気に入ってくださったみたいだし、これからも差し入れを持って行きましょう)
ルビーはにこりと微笑んだ。
この一週間でセオドアとの距離が少し縮んだ気がする。忙しいはずなのに救護室に度々お見舞いに来てくれたし、他愛もない話にじっと耳を傾けてくれていた。
(見た目はちょっと威圧感があるお方だけど、中身は優しくて真面目よね。アクアマリンのことは本当に申し訳なかったけど、きっとこの先素晴らしいご縁があるに違いないわ。それまでは微力ではあるけど、少しでもお役に立てたら嬉しいわ)
小屋の周りではしゃぐ眷属たちを眺めながら、ルビーは心からセオドアの幸せを願った。
二章もよろしくお願いいたします。