二十話
救護室から出たセオドアは、畑や泉の謎について訊ね忘れたことを思い出した。
引き返そうか逡巡したものの、廊下の奥からどやどやと走ってくるメイドやダークドラゴンに気がつき、後でもいいかと思い直す。
(ルビー王女はこの国に居続けるのだ。機会はいくらでもある。いきなり質問攻めにして警戒されても困るからな)
あのダークドラゴンだって、人畜無害そうな顔で王女の側にいるが、本来人間に懐くはずのない災害級の魔物なのだ。
幼体だから庇護を求めて彼女のもとにいるのか、それとも王女が『眷属』と表現していた通り、なんらかの主従契約を結んでいるのか――。
いずれにしろダークドラゴンの生態としては考えられないことなのだが、あの規格外な王女ならあり得ると思えてしまうのが恐ろしい。負傷した主人を城に運ぶあたり、知能が高く忠誠心もあるようだ。
セオドアにとって魔物は討伐の対象であり、共生するという発想はなかった。
数々の有毒動物や魔物を従えて楽しそうに暮らしているルビーの生活は、時間を忘れて見入ってしまうほど興味深いものだった。もっと彼女のことを知りたいと、単純にそう思った。
「こんなところに突っ立ってなにをニヤニヤしているのですか? 変な妄想をなさるのはご自分の部屋に戻ってからにしてください」
氷のようなアーノルドの声ではっと意識を取り戻す。
「……ふん」
なにもなかったような風を装って執務室へ足を向けると、その後ろをアーノルドが追いかける。
「結局、ルビー殿下とは離縁しないのですね?」
「……とりあえずは、だ。先のことは分からない」
「そうですか。まあいいんじゃないでしょうか。殿下にはいろいろと秘密がありそうですし、思っていたような悪いお方ではなさそうです」
執務室に戻ると、相変わらずセオドアの机の上には山のような書類が積まれていた。
広間には性懲りもなく中央からの使者が来ているし、民からの嘆願状もどっさり届いている。
けれども、セオドアは以前ほど嫌な気持ちにはならなかった。
ルビー王女という興味対象ができ、さらに怪我が治ればまたあの美味しい料理を作ってもらえる約束も取り付けた。
本人がそのことを正しく認識しているかどうか定かではないが、彼は即位してからほとんど初めて「楽しい」という気持ちを感じていた。
(一つ一つ、ゆっくり片付けていけばいい)
セオドアは穏やかな気持ちで書類の山に手をかけるのだった。
【第一章 おわり】
第二章に続きます。
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