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一話

「ただいま~。ああもう、せっかくお洒落したのに。ほとんど意味がなかったわ!」


 ベルハイム王城の敷地の端も端にある、森の中にそびえる古ぼけた塔。

 厳重に護衛(監視)されて自室に戻ってきたルビーは、つまらなそうに椅子に腰かけた。


「チチッ!! チ~」


 どこからともなく、たくさんの鼠が足元に駆け寄ってくる。そして慰めるように足にモフモフとした身を擦り付けた。ルビーは彼らを優しく撫でながら、今さっき起きたばかりの出来事を話し始める。


「励ましてくれているのね。でも全然平気よ。まあ、お嫁に行くっていうのは想定外の話だったけど。それより聞いてよ! お父さまったら一度も目を合わせてくれなかったわ。騎士達にべったり張り付かれていたし、まだわたしのことを怖がっているのかしら。お母様は相変わらずツンデレだし……」


 ルビーがこの塔に幽閉されるきっかけになった理由。

 それは彼女の天星(ギフト)に原因があった。


 この国の王族は十歳になると洗礼を受け、そして神から天星を賜る。天に瞬く星の数ほどの祝福の中から一つ、その子供に合わせた優れた能力が授けられるのだ。

 多くは『身体強化』の類であるとか、魔法系だと『炎魔法』『雷魔法』など、ある事柄に特化したものを授かることが多い。アクアマリンのように対象物を浄化し癒す『聖女』は別格で五十年に一度、さらにその上の『大聖女』となると数百年に一人と言われる伝説的な天星だ。


 そんななか、ルビーが授かった力は『毒使い』。洗礼を授けた神官の見立てでは、毒を操り使役するという恐ろしい能力だった。

 歴史上の記録にもない異端な能力。王族や大臣らは恐れおののき、凶事の前兆だなどと騒然とした。「ルビー王女の癇に障ると毒殺されるぞ」などと根も葉もない噂が飛び交うようになった。

 国の大会議で審理した結果、ルビーは死んだことにされ、幽閉されることになったのだった。


「ここに来たばかりのころは食事も与えられなかったもの。アクアマリンの身体が弱いぶん、姉はたくましく育てようというおつもりだったのだろうけど、なかなかハードだったわよね」


 幽閉という形をとりつつも、実のところ周囲の狙いは気味の悪い王女がここで飢え死ぬことだった。強力な結界が張られている以上、魔術対象者『ルビー』は外に出ることができないし、それゆえ外部へ毒を使うこともできない。食事を与えず餓死することを期待していたのだが……。


「あなたたちがいて本当に助かったわ。適度な断食が健康にいいというのは知っていたけど、さすがに一か月も飲まず食わずでは死んでしまうもの。ああ、お父さまとお母さまの知識には誤りがありますよってお伝えし忘れちゃった」


 ルビーの周りでくつろぐ鼠たち。彼等はただの鼠ではなく『ポイズンラット』。有毒動物であり、毒使いであるルビーの眷属(ともだち)でもある。

 ポイズンラットたちは結界魔法の対象ではないため、自由に外と行き来ができた。彼らが森から木の実や水分をたっぷり含んだ果実などを運んできて、ルビーは飢えをしのいだというわけだ。


 一か月経っても死なないルビーをますます不気味に思った父王は、「死なぬのなら恨みを買っても困る」ということで毎日二度の食事を与えるよう命じた。そして八年が経ち結婚適齢期を迎えた今、結婚という形で国外追放を突きつけたというわけだった。


「ここでの暮らしも悪くないけど、ちょっと窮屈ではあるのよね。新しい世界に行けるという意味では楽しみよ。アクアマリンも聖女業で疲れていると言っていたし、妹の言う通り家族の役に立つチャンスだと思って頑張るわ! それにね、アクアマリンったら忙しいのにわざわざ手紙を書いていてくれたの。聖女は心遣いまで一流よねぇ」


 アクアマリンが去り際にくれた手紙を開く。

 ご丁寧にも、これから嫁ぐラングレー皇国がどういうところなのかが綴られていた。


 “――ラングレー皇国は『魔の国』とも呼ばれ――

 皇帝であるセオドア閣下は醜く野蛮だという噂も――

 冥府に近い立地ゆえ実りは少なく空は混沌として――”


「――こんなに注意点を教えてくれるなんて、よほど下調べをしてくれたのね。疲れて当然だわ」


 ルビーは決意した。

 嫁入り自体に気乗りはしていないが、これは自分に与えられた最後の仕事でもある。八年ものあいだ塔で悠々自適に過ごしていたのは紛れもない事実であり、タダ飯を食い続けていたことを申し訳なく思っていたのだ。

 妹の代わりにラングレー皇国に嫁ぎ、王族としての務めを果たすときがきた。


「輿入れは一週間後だそうよ。もしわたしと一緒にあちらの国に行きたい子がいたら、それまでに準備をしておいてね」

「チチチィ~ッ!」


 そうして一週間後、ルビーは『アクアマリン第一王女』としてラングレー皇国の使者へと引き渡された。

 一国の王女にしてはずいぶん控えめなドレスに身を包み、わずかな手荷物を持って馬車に乗り込んだ。


 長年住んだ塔がしだいに小さくなっていく。

 寂しさを覚えながらも、ルビーは新しい生活が始まることに小さな胸を躍らせていたのだが――。

 一か月という長い旅路を終えてラングレー皇国に到着し、夫となるセオドア帝に出迎えられたときに事態は一転する。


「……そなたはアクアマリン王女ではないな。何者だ?」


 氷のように冷たく鋭い眼差しの夫からかけられた第一声は、ひどく敵意のこもったものだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「まだわたしのことを怖がっているのかしら。お母様は相変わらずツンデレだし……」 母親がデレてた場面ってあったかな?
[一言] この主人公、根が善性でポジティブも有るが、王侯としての責務も弁えてるのに、家族には恵まれなかったなあ。
[一言] お母様ツンデレ?デレないからツンデレではないような?
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