十七話
セオドアは今日も苦悩していた。
『まずは宝飾品を贈ってみてはいかがでしょう。もちろん直筆でメッセージも添えてくださいよ』というアーノルドの提案に従ってネックレスを用意させた。しかし手紙を書くのはどうしても恥ずかしかったので、ネックレスだけをログハウスの前に置いてきた。
ところが数時間も経たないうちにネックレスは手元に戻ってきてしまった。しかも「落とし物を拾ったから届けに来た」という皮肉付きで。
「やはりルビー王女は俺に腹を立てているのだ。こんなものでは許さないということなんだろう」
「まあ、それだけのことを陛下はしましたからね。根気強くやるしかないでしょう。というか普通に訪ねて行けばいいのに……」
「それができれば苦労はしない。非礼を働いたからこそ段階を踏んで近づこうとしているんだ」
「はいはい、そうですか」
まったく、この脳筋皇帝は……。
経験豊富なアーノルドからしたらじれったくて仕方がないが、こういう生真面目で無骨なところはセオドアの美点でもある。これまで女性と関わろうとしてこなかったセオドアが珍しく自発的な動きを見せているのだから、根気強く見守ろうと決めた。
「中央諸国の王族女性とは毛色が違いますけど、なかなかの美人でいらっしゃいますよね。着飾ったらまったく引けを取らないかと」
「別に見た目はどうだっていい」
そんな話をしていると、執務室の外から慌てた声が上がる。
「陛下! 緊急事態でございます! ルビー王女殿下がお怪我をされたそうでございます!」
「なんだって!?」
素早く立ち上がり扉を開けるセオドア。伝令の騎士は息を弾ませながら報告を続ける。
「黒い大きな鳥が負傷したルビー様を乗せて城門の前に降りてきたとのことです。救護室へ搬送し、手当をしているところでございます」
「すぐに行く」
感じたことのない焦燥感がセオドアの足を動かした。救護室を目指して城を駆け抜ける。
なぜだかわからないがひどく胸が痛かった。ルビーを運んできた黒い鳥というのはおそらくダークドラゴンの幼体だろう。自分で歩けないほどの怪我を負ったということだ。
(なぜ怪我を!? やはり魔物に襲われたのか? くそっ。俺の感覚がマヒしていたが、あそこは魔の森だ。大型の凶暴な魔物だって出る場所なのに……!)
救護室に飛び込むと、医師に囲まれてベッドに横たわるルビーの姿があった。
ちいさな頭にはぐるぐると包帯が巻かれている。
「容態は!? いったい何があった」
「陛下!」
振り返った壮年の女性は皇族女性を担当するベテラン医師だ。女性医師の礼をセオドアが手で制すると、彼女はきびきびと報告を始める。
「頭を何かに打ち付けたようで裂傷がありました。幸い髪で隠れる場所でしたので縫合の傷は目立たないでしょう。あとは腹部にも軽い打撲がありましたので冷やして様子を見ております。大丈夫です、お命に別状はございません」
「そうか。ああ、よかった……」
全身の力が抜けていく。
人生で一番無我夢中で走ったからか、どっと疲れに襲われた。
「目を覚ましたらすぐに報告してくれ。ルビー王女を頼む」
「承知しました。全力で治療いたします」
深々と頭を下げる女性医師。
けれども、その場にいる医師らの中には意外そうな顔をする者もいた。
ルビー王女はラングレー皇国のお荷物だ。セオドアの覚えは悪く、冷遇されているというのが城に勤める人間にとって常識だ。こうしてセオドアがルビーを気にかけるような言動をとったことが意外だったのだ。
執務室に戻ったセオドアのもとに、ルビー王女のメイドが来ていると報告が上がってきた。
セオドアはなんのためらいもなく彼女を執務室に通す。
「る、ルビー様が! おっ、お怪我をされて、血がたくさん出ていて……っ!!」
「手当をして命に別状はないそうです。もう大丈夫ですよ」
涙を流し、軽いパニック状態になっているエマをアーノルドが落ち着かせる。
そして、ルビーがダークドラゴンの小屋を建設中に事故に遭い、木材の下敷きになってしまったのだということを知ったのだった。