十六話
ネックレスを城に届け出た日から、不審な視線がぴたりと止んだ。
ルビーはその関連性について特に考えることもなく、これ幸いとニコニコしていた。
(よくわからないけどよかったわ。家の中ではそうでもないんだけど、外にいると特に見られているような気がしてたのよね)
危機管理の一環でこのごろは屋内で過ごすようにしていたが、ようやくやりたかったことができる。ログハウスの外に出てマイケルを始めとする眷属たちに指示を出していると、朝の仕事を終えたエマがやってきた。
「ルビー様、なにか作業を始めるのですか? お手伝いいたします」
「そうなの。ブラッキーがすごく大きくなってきてるでしょう。このまま一緒にログハウスに住むのは難しいから、屋根付きの小屋を建ててあげようと思って」
食生活が改善されたおかげかブラッキーはぐんぐん成長している。羽を広げるとルビーより大きく、一緒にベッドで寝ることもできなくなっていた。
ラングレーにはずいぶん大きくなる鳥の種類があるのねとルビーは感心していた。
始めは外に出るのを怖がっていたブラッキーも、ルビーや他の眷属たちとの生活を通してトラウマを克服している。そろそろ適度な距離をとって自立を促す必要があると考えた。
「じゃあエマは屋根代わりに使えそうな草や枝を集めてくれる? ここから離宮までの森は毒を消してあるから採集して平気よ。念のためミッシェルを連れて行ってね」
ミッシェルと呼ばれたメスのポイズンラットがエマに駆け寄った。森での案内役や、なにかあったときの連絡役を担うのだ。
「承知しました。ミッシェル様、よろしくお願いします」
「チュウッ!」
「わたしはマイケルが集めた木材を組み立てているわ。このログハウスを作ったときの釘がまだ余っているから」
「分業すれば効率がいいですね。わかりました。では、昼食の時間にはいったん戻ってまいります」
ルビーとエマは各々の作業に移った。
◇
常に空が曇っているラングレー皇国では、あまり汗をかくことはない。
けれども数時間も草を求めて動き回っていれば、メイド服の下は汗だくだ。
エマは腰を上げて汗を拭う。
「結構集まったわ。ルビー様のほうは順調かしら……」
ログハウスを建てる際にエマのノウハウを伝えたところ、ルビーは知識をぐんぐんと吸収した。二人で自活していくサバイバル術も臆することなく実践している。
ずっと塔でマイケルたちと遊んで過ごしていたから、それ以外のことをしたり学ぶのは胸が躍ると言っていた。いちおう王女であるのに何も知らなくて恥ずかしい、これからも色々教えてほしいとエマに頭を下げたのだ。
エマがいっそう主人に対する庇護欲を強めたのは言うまでもない。
岩に腰を下ろして小休憩をとっていると、森の奥から慌てた様子のポイズンラットが駆けてくる。
ミッシェルではない。あの丸々とした体型と長い尻尾は――マイケルだ。エマは嫌な予感がした。
「チュウッ! チチチィ~ッ!!」
「どうしたのですかマイケル様。もしかして、ルビー様になにかあったのですか?」
「チチッ!!」
エマの問いにマイケルは必死で返事をする。
エマにマイケルの言葉は分からない。けれども今ばかりは話が通じているという確信があった。
彼の後を追ってログハウスに戻るとそこには――。
木材の下敷きになり、血を流しているルビーの姿があった。