十三話
粥とコンポートの出どころは、調べるとすぐに判明した。騎士団のなかに対応をしたという者が二名いたからだ。
その二人は口をそろえてこう言った。
「ルビー王女殿下からバスケットを渡されました」
意外な正体に驚きながらも、作り主がわかったことに胸をなでおろしたセオドア。
けれども一人の騎士の次の言葉に絶句する。
「なんと失礼な行いだと思いましたので、バスケットは受け取らずに追い返しておきました。ご安心ください。もう二度とこちらには来ないでしょう」
自信満々に言ってのけたのは騎士団副団長のアリだった。セオドアが騎士団長を務めていた時にかわいがっていた弟分のような存在である。
セオドアは一瞬、彼が何を言ったのか理解できなかった。
「おまえ……今、追い返したと言ったのか?」
「はい。陛下は王女殿下のせいで心労がたたってしまったではありませんか。その事実をお伝えしたまでです」
「それはそうだが。面と向かって本人に言うやつがあるか」
「でも、陛下もご本人に言っていたではないですか。『そなたは不要だから、妻だとは思わない』って」
「……」
何も言い返せなかった。アリの言う通り最初にルビー王女を冷遇したのは自分だ。自ら離縁を申し出るように最低限の生活しか与えていないし、一度も会いに行っていない。
戸籍上は夫婦であるのに、その実態はまったくおかしなことになっている。
「……もういい。仕事に戻ってくれ。万が一またルビー王女が訪ねてきたら中に通せ。そして必ず俺に報告しろ」
「ははっ」
騎士二人を執務室から追い出す。
じっと話を聞いていたアーノルドがにやりと笑った。
「だからルビー王女――。いえ。奥様のことをよく考えるようにお伝えしたんですよ。まさか今更気になってきたとかおっしゃらないですよね?」
「相変わらず人の嫌なところを突くのが上手いな、アーノルドよ。性根の悪さは年々ひどくなっているようだ」
「おかげさまで。陛下をからかうくらいしか楽しみがないのでね」
心底おもしろそうな表情のアーノルドに一つ舌打ちをし、セオドアは執務椅子に背中を預ける。
「ルビー王女自身に興味はない。妻だと認める気もないし、必要以上に関わりたくない。しかしあの料理に惹かれているのは事実だ」
「王女殿下を厨房で働かせるわけにはいかないでしょう」
「それくらい俺もわかっている。だからひとまず彼女の様子を見に行こうと思う。俺やアリに腹を立てているようであれば作戦を立てないといけないからな。気配を消してまずは索敵だ」
「魔物の討伐じゃないんですから。まったくどうして恋愛事となるとポンコツになってしまうんでしょうねえ……」
男だらけの騎士団で青春時代を過ごし、即位してからは執務に追われてきたセオドアは、女性への接遇に難があった。
そういえば誰も教えてこなかったかもしれないとアーノルドはこめかみを押える。
「……とはいえ、陛下は今日の午後からクリムガルド砦の視察ですよ」
「もちろん優先順位はわかっている。王女のところには視察から帰ったら向かうつもりだ」
「そうですね。離宮で静かに暮らしているみたいですし。焦ることはないでしょう」
そして話は政治のことに移り変わる。
セオドアとアーノルドは、まさかルビーが離宮から引っ越しするなど、これっぽっちも予想していなかった。