九話
一度しか顔を合わせていない夫に感謝を伝えようと、ルビーは早起きして芋粥とコンポートをこしらえた。
お粥には消化のいい青菜が、コンポートにはすっきりとした酸味のある野苺が使われている。離宮の家庭菜園や森で採れたものだ。高価な砂糖の代わりに甘味のある薬草で煮込んでいる。
「お礼の手紙も書いたし、あとは持って行くだけね。その後陛下の具合について何か聞いている?」
「少なくとも快方に向かっているという話は聞いてませんので、まだ寝込んでいらっしゃるのだと思います」
「食欲がなくても受け付けやすいメニューにして正解ね。さっそく向かいましょう」
バスケットに荷物を入れて離宮を出発する。
ところが城の入り口まで来ると、門番をしている騎士からストップがかかった。
「セオドア陛下はルビー様にお会いにならない。これより先にお通しすることはできません」
「ルビー様は王女であり奥様でもあるのよ! 通れないってどういうことですか!?」
慌ててエマが訊ねると、騎士は険しい顔つきになる。
「それが陛下からの命令だからだ。離宮では自由に過ごしてよいが、城には入れるなと仰せつかっている。陛下は妻だとお認めになっていないのだろう」
「なんて失礼なの! そんなのおかしいわ!」
「いいのよエマ。騎士様の言う通りよ」
気色ばんだエマをルビーが宥める。
セオドアはかつて騎士団長をしていたと聞いている。だから仲間である騎士が彼の肩を持ち、偽者だった自分を疎ましく思うのは当然だと思ったからだ。
「これを陛下にお渡ししていただけますか? 体調を崩されていると聞いたので、差し入れを持ってきたんです」
「……王女殿下は毒使いなのでしょう。そのような方が作ったものを陛下に差し上げるなど……」
「こればっかりは信じていただくよりほかないのだけど。そうだエマ、あなたが少し食べてみせてくれる? 毒見が済んでいれば大丈夫でしょう」
騎士にバスケットの中身を提示し、エマが少量ずつ口に含んで嚥下してみせる。
異変はおこらず、安全だということが証明された。
「じゃあ騎士様、お願いしますね。お早い回復を祈っております」
「……ふん」
鼻を鳴らす門番の騎士。
受け取った以上は彼の一存で廃棄できないので、宰相であり一番の側近であるアーノルドのところに持って行くことに決めた。
くるりと踵を返した拍子にバスケットから手紙が舞い落ちる。
それに気がつくことなく騎士は城の中に入り、仲間の近衛騎士に「アーノルド様に届けてくれ。食べ物だから急ぎでな」とバスケットを託したのだった。