罪の問い方
『さて、カリン。此処から、どうするんだ?』
『...どうする、と言われましても。ひとまず、フェルド国王陛下の様子を伺いましょう』
二人はファメルのいない少し寂しい思念伝達でやり取りをした後、フェルドの方を見る。確かに、彼の周りに見える黒い靄は先程までよりも明らかに濃くなっていた。
「судьбанорефлюкссэсивремя всеножизньовоспроизведениесэсивремя тыосвязыватьпроклятыйцепьхаягаразвязывать темнотаё сейчаскосомойюаньхэприходить」
フェルドがその禁呪の一節を唱えたとき、禁書がそれに呼応するように暗い光を纏う。
(いえ、厳密に言えば...禁書の中にいる闇がフェルド国王陛下の禁呪に反応を示した、といったところでしょうか)
『カリン様、どうやら闇がフェルド...国王のことを認めたようですね』
『...そうですね、問題は此処からどうなるかなのですが』
禁書を包むように出ていた暗くて黒い光は、段々と膨らみを帯びていきフェルドの全身を呑み込んでいく。
「闇よ、ようやく私のことを認めてくれたのか。さあ、共にこの国を変えよう......ハハ、ハハハッ」
「...フェルド国王陛下」
フェルドを見つめるカリンの口から、隣りにいるラウの元へふとそんな呟きが聞こえた。彼女は一体フェルドを見ながら何を考えているのだろうか。ラウにとって、フェルドとの思い出はそう多くはない。それに、その数少ない思い出はあまり思い出したくはないものばかりだ。だが、カリンはどうなのだろうか。彼女とは今でこそこんな関係になってしまっているが、ラウの知らない昔なら一つくらい良い思い出があったのかも知れない。或いは、そんなものなど一つもなく今と同じ何処か他人行儀で歪な関係だったのかも知れない、ラウは自身の知るある人たちを思い浮かべた。
その光はフェルドの全身を覆い隠していき、ついに其処には黒い球体だけが佇んでいる。だが、球体といってもそれに似た形をしているだけに過ぎず、その表面は静かに波打っている。それはまるで球体が脈を打っているように。
『...あのフェルド国王陛下を包んでいる球体のようなものが、どうやら闇そのもののようですね』
『あれが闇ですか。何というか気持ち悪い見た目ですね』
『...気持ち悪いは流石に失礼だと思います』
ラウちゃんの言い分もわかりますけど、とカリンは心の中で付け加える。だが階級はわからなくとも、あの闇が現在空席となっている闇の属性神の従者のどれかであることは間違いないだろう。それにファメルと同等程度の実力ということは、きっと恐ろしく強いのであろうということも。
「「......!!」」
その時だった。今まで特にこれといった変化もなく佇んでいた闇が突然変形を始めたのだ。ギチギチというなんとも不快な音と共に、球体のような姿をしていた闇から六本の足が生え揃う。左右に三本ずつの足を地につけ闇はその正面に大きな口を開ける。
『カリン様、やはりあれ気持ち悪くないですか?』
『...否定はしません』
流石のこの見た目にカリンもラウの意見を否定することができない。正面の闇は大きな口でニタリと嫌な笑みを浮かべる。そして、口を開け空気を吸い込むような動作をする。その狙いをカリンはいち早く察し自身の後ろにいる部下に向かって言う。
「...あなた達、早く其処を離れて下さい」
部下たちはカリンからの突然の指示に戸惑いを見せる。その間にも闇は自分の口の前へ魔力を集中させていき、真っ黒い球体を生み出す。球体からは二つの魔力を感じる。一つはおそらくこの闇のもの。そして、もう一つは闇に取り込まれたフェルドのものだ。
「...命令です。早く離れて下さい!」
カリンの二度目の言葉にようやく状況を理解した部下たちは、慌ててその場を離れようとする。だが、それよりも早く闇から巨大な黒い魔力弾が発せられる。それは、貴族たちを守り続けている結界の少しだけ左_つまりはカリンの命に従い、その場を離れようとした部下たちとラウの張った守護結界の中にいる貴族たちのちょうど真ん中あたりの場所に狙いすましたように魔力弾が落ちる。魔力弾が床とぶつかった瞬間、中の魔力が周囲に溢れ出す。その魔力は黒い焔となり、部屋全体に燃え広がっていく。逃げ遅れた部下たちは、一人は状況を理解する間もなく、一人は自身の得意とする攻撃魔法を放つが黒い焔によって吸収され絶望し、最後の一人は先の光景を見て何をするのも無意味だと悟りながら焔の中へと呑み込まれていった。
「...ウィーくん、ルキくん、レークさん」
横からカリンが呑み込まれていった者たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。その声が、いつもよりも少しだけ悲しそうだった気がする。カリンのためにも自分がしっかりしなければ、とラウは思う。周囲を見渡し、黒い焔の位置を確認する。其処から、最も安全に此処から脱出できる場所とその方法を導き出すのだ。幸いにもラウの張った守護結界は割れておらず、中にいる貴族たちも無事なようだ。となると、闇の目的は最初からカリンの部下の方だったのかもしれない。
(カリンの攻撃を鈍らせることが狙いか...。いや、違うな。あいつがフェルドのことを呑み込み、その知識をものにしていたとしたら、それはありえない。だとすると、これは貴族たちへの見せしめといったところか)
それがラウの思った通り、闇の狙いだとしても、そうではなかったとしても、闇にとって好都合となる状況がうまれたといっても過言ではないだろう。先の魔力弾...そして、今も尚部屋全体に広がり続けている黒い焔を見て、貴族たちの五割はこの状況下に絶望し、三割は現実から逃避し、残る二割は静かに戦況を見守るつもりのようだ。この二割の上級貴族たちは別として、他の八割の貴族たちは明らかにこの戦況の中でカリンたちの足を引っ張る存在となっただろう。
『この状況は、まずいですね』
『...取り敢えず貴族の方々を避難させたいところですし、まずはこの部屋からどのように出るのかを考えましょうか』
幸い、闇に目立った動きは見られないため、考える時間は多少なりともありそうだ。
(とはいっても闇がいつ動くとも限りませんし、用心するに越したことはないでしょう)
その時、カリンの予想を裏切り事態は急変する。前々から_フェルドがそれに向かって黒い波動を放ったときから、その傾向はあったのだが先の黒い焔に耐えきれず、この部屋にある唯一の扉が燃え崩れる。それだけであったなら、この部屋から出る手段が確保できたことに喜ぶべきだったのかもしれない。だが事態はそう上手くいくものではなく、扉の崩落を見て取った先の八割の貴族たちが我先にと守護結界の外へと身を躍らせる。幸い、残る二割の貴族たちは結界の中にいるが、それもいつまでのことかわかったものではない。今も、彼らの中に動揺と他の八割の貴族たちとの同調が見え隠れしているのを感じ取る。
「...貴族の方々、お待ち下さい。部屋を出たいのはわかりますが、もう少し機を伺ってからに___ 」
「うるさいっ!!だいたい貴様は国王の娘だろう。余計な口は挟まんでもらいたい」
「そうだ。そんなこと言って、国王に我々を殺してもらうつもりなのだろう?」
貴族たちの行動に静止の声を上げたカリンに、彼らからの冷たい視線が突き刺さる。今にも掴み掛らんばかりの一息にそう言う貴族の前にラウがカリンを後ろに庇うようにして立ち塞がる。
「立場をわきまえろ。この国の法に”地位のある者が法を犯した場合、その者の家族はそれとの共犯性が認められない限りその地位が剥奪されることはない”というものがある。つまり、お前は王女に対し無礼を働いたのだ」
「立場をわきまえろ、だと。わきまえるべきは貴様の方ではないか。王女サマの従者が下等種族である獣人族であるなど民の笑い種であるぞ」
度重なる厄災と自身の命の危機に平静さを失った貴族は、自身の罪を重ねるような発言を吐き捨てるように言った。それを聞き、ラウの肩がピクリと動いたのが後ろにいるカリンからも見える。だが、ラウが今どんな表情をしているのかを確かめることはできない。
『...ラウちゃん、大丈夫です。私は種族のことなんて気にしていませんから』
『ああ。ありがとな、カリン』
カリンが頭の上辺りに触れるような仕草をし、それを見たラウが振り返って彼女に微笑みかける。その微笑みがカリンには、どんな感情からのものなのかわからなかった。ただこれはカリン自身が昔感じた痛みに近いもののように思えた。
『...ラウちゃ__ 』
「私のような種族のものがここにいるのは、確かにおかしいと言われても仕方がないでしょう。ですが私はカリン様に従者という立場を与えられてこの場にいます。このことについて深く問うのであれば、こちらも貴方を何らかの罪に問わなければならないでしょう」
「......!!」
ラウの発言に貴族は何かを言いたげにしながらも口をつぐむ。それほどまでに自身が罪に問われることを忌避したいのだろう。全くもって、おかしな話だ。フェルドのしていたことと今カリンたちがしていること、その両者に何の違いがあるというのだろうか。フェルドの行っていたものに対して反論を示しておきながら、結局カリンたちは貴族を黙らせるために彼のしてきたことをする。それが駄目な事だと感じておきながら、それが一番彼らを従わせるのに最適だから___。
(ごめんなさい...)
心の中で一つ謝罪を零し、貴族の方を見ながらカリンは少しだけ体を傾ける。それに気づいたのかどうかはわからなかったが、貴族はその場で一つ舌打ちをした後守護結界の方へ戻っていく。それを見た他の貴族たちも互いに顔を見合わせた後、結界の方へと戻っていく。
『取り敢えず、貴族たちの方はなんとかなったようだな』
守護結界に穴を開け、そこに貴族たちが戻っていく様を見つめて、ラウはそう思念伝達を送る。
『...はい、ひとまず此れで安し...__っ!』
カリンとラウの見つめる先で、今まで微動だにしなかった闇によって貴族たちまでもが呑み込まれていく。全てを呑み込んだ闇は、真っ黒な口を此方に向けた。
「...あ......あぁ...」
少しでも気を抜いてしまったのが間違いだった。それは戦場で最もしてはならないことだとわかっていたはずなのに。立て続けに起こる惨状に、カリンはその場に立ち竦む。そんな主の心情を見抜き、ラウは闇を睨みつつカリンを抱えてその場から飛び退く。その瞬間、先程までカリンたちがいた位置にも黒い焔が広がっていく。
「カリン、大丈夫か?」
「...あっ、はい。すみません、ほんの少しぼーっとしていました」
ラウはカリンをできるだけ優しく降ろしてそう言う。カリンからはいつもよりも少しだけぼんやりとしたような言葉が返ってきた。彼女自身は気づいていないだろうが、明らかに普段よりも覇気がない。
(まあ、普段から覇気とかあんまり存在してないけどな...)
ラウは苦笑交じりに思うが、実際カリンにはそういった王族らしさというものが少々欠落しているのだろう。周りの見る目のない奴らは、カリンのことを冷たいだなんだと貶しているが、彼女の本質はとても優しい子なのだ。カリン本人は何も気づいてはいないだろうが、あの子ならきっと今まで誰も見たことのない立派な国主になるのだろう。
(だからこそ、カリンをここで死なせるわけにはいかない)
「...ラウちゃん、何を?」
「カリン、今すぐ逃げろ」
ラウはそう決意すると、闇の方へと一歩近づく。それに気づいたカリンが、怪訝そうに言う。だがラウはそれに答えず、ただ一つ警告をし、闇へと歩みを再開する。
(俺に力を貸せ、ミラーシ...!!)
心の中で念じると、それに答えるようにラウの全身を白い光が覆っていく。ラウのしようとしていることに思い当たったのか、カリンがラウの元へと来ようとする。ラウはそれを手で制することで、彼女の歩みを止めさせようとする。
「...ラウちゃん、駄目です」
「......約束を破る形になってしまい申し訳ありません」
カリンの静止の言葉を聞き、振り返ってそうラウは言い残す。そして、また闇へと歩みを進めようとする。ラウを覆っている光は一層輝きを増していき、彼の体に段々と白い毛が生え揃っていく。
「...その口調で言うのは、ずるいです」
「ごめンな」
後ろから、カリンの拗ねたような悲しそうな声が聞こえてきた。カリンが最期に自分のことを想ってくれたのだ、と自惚れてもいいだろうか。だがカリンは駆け足でラウの元へとやって来て、彼の服の裾をぐいと引っ張る。
「...お願いです。それは、やめて下さい」
「もウ、むリダ...」
他に方法がない、と続く言葉を言おうとするが、ラウの口はそれを為さない。代わりに、何の音にも属さないただの呻き声のようなものが口の端から零れ出た。段々とラウの意識は薄れていき、それに合わせて彼の肉体は人間ではないものへと近づいていく。"獣化"と呼ばれるそれは、一部の力のある獣人族...または、獣人族でない者が獣人族と契約を結んだ場合にのみ見られる現象である。自身の姿を獣のそれへと変える、という一見すると単純そうなものに聞こえるが、その本質は魔の姿を獣の姿へと強制的に組み換えるというものである。それには無論それ相応の対価が伴うが、その代わりに他種族よりも格段に優れた身体能力が手に入る。だが現在では、そのように対価を支払って身体能力を上げなければならない仕事等はほとんどないため、緊急時を除いて獣化が使用されることは基本ないといえるだろう。
「...やめて、下さい」
「.........」
カリンの裾を掴む力が弱まっていくのを感じ、ラウは闇へと踵を返そうとする。だが、カリンに先程よりも強い力で裾をギュッと引っ張られる。彼女の声は少し震えていた。此処で一つ、ラウは冷静さを欠いた自身の見落としに気がつく。そうだ、この会場内に居た者はカリンとラウを除き、全員が闇によって消えてしまった。もし、今ラウまでもが消えてしまったのだとしたら、彼女の中には一体何が残る。この会場に運良く居合わせなかったカリンの部下たち、そして___。
(大切な者を自身の目の前で奪われたことによる罪悪感と喪失感、か...。全く、皮肉なものだな)
カリンの...このまだ幼い少女にこの国の奴らはどれだけのものを背負わせようとしているのか。そう思ったら、咄嗟にラウの体は動いていた。
「......え...」
動揺が見られるカリンを他所に、ラウは自身のふわっとした毛並みの手で彼女の頭を撫でていた。段々と彼の手の感触が普段のものへと変わっていくのをカリンは感じる。
「...ラウちゃん」
「カリン、悪かったな」
顔を上げてラウの名を呼ぶと、彼の少しだけ照れくさそうな声が返ってくる。それを聞くと、カリンの心は何だか温かくなったような不思議な感覚がするような気がする。
「...?」
「どうかしたのか?」
何かを察したのか、ラウからこんな言葉が返ってきた。カリンはそれに首を振って答える。
「...なんでもないです。それより、どうしますか?私がラウちゃんの獣化を止めてしまったせいで戦況が悪くなってしまいました」
「いや、そんなことはない。カリンのおかげで俺たちは片方を喪う悲しみに耐えずに済んだんだ」
「...?俺たち、ですか?私に感情はありませんよ」
「......ああ、そうだったな」
いつも通りのやり取り。これを大切だと実感することができたのはいつぶりだろうか。ラウはこのやり取りを噛み締めながら思う。カリンの言った、感情がないという言葉。そして、あの日にファメルの言った意味深な発言。それの示すところは...。
(まあ、こんなこと今考えても仕方ねえな)
「よしっ。じゃあ、第二ラウンド開始と行くか」
「...はい!」




