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神々の寵愛  作者: Memu
第一章
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あの日の誓い 後編

 あの日、私は誓った。あの方を支える影になろうと。


 あの日、僕は誓った。あの方の為に生きて死のうと。

﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢

 カリンとラウはその後、何を話すということもなく式典会場へと到着する。二人ともあまり人目につきたくないからなのか、はたまた存在感が薄いだけなのか周りの貴族たちは、全く気づいていない様子で会話をしている。飲んでいたワインが程よく回ってきたころなのか、貴族たちは先程二人が会場に居たときよりも饒舌になっている。その中で、会場の中心近くにいる中級貴族たちが数人で会話をしているのが二人の目にとまる。貴族たちは、次期国主について話していた。つまりは、カリンについての話である。

「なぁ、次期国主様についてどう思う」

「それは、次期国主様が女性の方だという話か...それとも、あの方が国主として相応しいかどうかという話か?」

「...無論、後者の方だ」

そう言う貴族の声が聞こえ、ラウの肩がピクリと動くが、それをカリンが視線で止める。

『カリン様、何故お止めになるのです』

カリンの心の中にそうラウの声が聞こえてくる。思念伝達(テレパシー)というやつである。彼に倣って、カリンも思念伝達で、

『...いえ、少し貴族の方々のご意見を聞いてみたくなりましたので。ダメ...でしたでしょうか?』

と、ラウの方を見つめながら伝える。そのカリンの視線に気づき、ラウは慌てたように顔を背ける。

『カリン、その聞き方はずるいだろ』

そして、若干照れの混じったようなラウの言葉が返ってくる。カリンはそれを聞き少しだけ首を傾げる。その時にも、やはり彼女の表情は何一つとて変わらない。そして数秒後、納得したというように一言ラウに伝える。

『...やはり、ダメですか』

ラウは今度こそカリンに伝わったのかと嬉しく思い、カリンに思念伝達を返そうとすると、その前にカリンが貴族たちの方へふらりと歩み出す。

『カリン様、どちらに行かれるのですか?』

ラウは慌てて思念伝達でカリンを呼び止めると、カリンは歩みを止め、此方を無表情に見つめる。

『...何処と言われましても。ラウちゃんが《《貴族の方々のご意見を、コソコソ聞く》》のはダメだ、と仰られましたので、貴族の方々に直接お話を伺おうかと』

そして、全くラウの言葉の真意を理解していなかったカリンの言葉が聞こえる。

『...は?』

これには流石のラウも、そう素のテンションで返してしまう。カリンは、その思念伝達を聞き、また少しだけ首を傾げる。

(ラウちゃんが、そちらの話し方をこういう場でされるのは珍しいです。私が、何かをしたという覚えはないのですが...)

だが、そこでカリンはあることに気づく。

『...もしや、貴族の方々に意見を伺いに行くのがダメだったのですか?』

「...は?」

カリンのまたもやずれた発言に、ラウはつい思念伝達ではなく普通に話してしまう。それも、素のテンションで。

『...ラウちゃん、しー、です』

 カリンが、思念伝達で素早く注意を伝えると、ラウは自身の口を押さえて謝罪する。

『す、すみません』

幸い、貴族たちの耳へは届いていなかったようで、何事もなかった様子で談笑を続けている。

『…此方には、気づかれていないようですね』

カリンがそう伝えると、ラウはホッとしたように胸を撫で下ろす。

『なら、良かったです。危うく、カリン様が可愛すぎるせいで貴族たちにバレてしまうところでした』

ラウから返ってきた思念伝達に、カリンは、無表情のまま思念伝達で答える。

『...私のせいですか。覚えがないのですが、何かラウちゃんにしましたか?』

これでは、言葉の一方通行である。とうとう、カリンに伝えることを諦めたラウは、

『いえ、ただの独り言です。...それよりも、カリン様先程のことはただの勘違いだったのですから、貴族たちの意見をお聞きになられたら良いのではないですか?』

そう話を逸らす。

『...それもそうですね』

カリンは何事かを考え少し間を置いた後、一言返す。そして、カリンは意識を先程の貴族たちの方へと向ける。

「あの次期国主様が国主として相応しいか否か、と問われれば答えは当然相応しくない、だ」

「その意見には私も同感だ。いくら、国王陛下の愛娘といえどその方が国主になるのはな...。せめて、家柄のしっかりとした者と結婚されて、その者を国主として据えるのならば良いのだが」

「ふむ。その方らの意見にも一理あるが、あの次期国主様が国主として素晴らしく相応しい方であれば問題がないとは言い切れんが、まだ納得がいく」

「私もその意見に同意だ。...だが、それも次期国主様が本当に相応しいと我々貴族や国民たちが認めさえすればの話だがな」

貴族たちの中の一人が放った言葉に、ラウが剣呑な雰囲気を纏い始める。

『カリン様。あいつら、殺してきていいですか?』

『...ダメです』

そして思念伝達をカリンに送り、それを一刀両断される。ラウは、しゅんとした様子で、俯きがちに伝える。

『やっぱり、駄目ですか』

『...やっぱり、というくらいなら、最初から聞かないで下さると良いのですが』

それを聞いたカリンは、そうため息混じりに返す。

『もしかしたらという、万が一の可能性にかけたんですよ』

『...そうですか』

尚も食い下がるラウに、カリンは一言返し、意識を貴族たちの方へと向け直す。

「つまり、次期国主様が国主になられるのが嫌なら認めなければ良いということか」

「国のことについては、我々貴族にも決定権がありますからね」

「そうは言っても、今回の次期国主様はフェルド国王陛下の推薦だろう。国主たる資質は、少なくともないとは言い切れんのではないか?」

「ああ。だからこその私たちだ。例えどんなにあの次期国主様に国の上に立つ資質があろうとも、我々さえ反対すればあの方を次期国主に据えることは難しくなろう。...そして、それに乗じてあの方を私の息子と婚約させることさえできれば_ 」

「お前、少し待て。あの次期国主様と婚約するのは私の息子であるぞ」

「何を言うか。私の息子こそが相応しいわ」

 貴族たちは話の趣旨を逸れ、誰の息子がカリンの婚約者に相応しいのかという話をし始める。その余りにも、馬鹿馬鹿しい会話にカリンとラウは揃って視線を切る。だが、その話をカリンたちのようにどうでもいい、と切り捨てることができない者たちが居た。そう、それは、この会場内に居る他の貴族たちである。彼らは、段々と大きくなっていくカリンの婚約者の話に皆一様に聞き耳を立てる。中には会話に自ら参加する者まで現れ始め、その会話はどんどんと広がりを見せる。

『...この流れは、よくありませんね』

『カリン様。如何致しましょう』

 二人もこの流れは流石に予想外のことで思念伝達でどうしたものか、と考える。その時、貴族の中の一人がぽつりと呟く。

「そもそもの話、あの方が国主になったとして国民や貴族たちが納得するとは到底思えないな」

それは本当に小さな呟きだったのだが、タイミングが良くか悪くかその時会場はちょうど会話が一段落した所でその中に木霊する。その発言を聞いた貴族たちは先程のことなど棚に上げ、青ざめた顔で呟きを口にした貴族を責め立てる。そして此方も、我慢の限界だというようにラウが貴族たちに突っ掛かる。

「おい、貴様ら。リッカ様に対して何たる無礼な言い分だ。中級貴族が聞いて呆れるわ」

そして、先刻までのあの賑やかな式典の雰囲気はどこへやら三方が睨み合う陣形が完成する。その時、この国の絶対的支配者の声が聞こえる。

「そうだな」

その言葉を聞き、貴族たちはさらに顔を青ざめさせる。だが、支配者フェルドの続く言葉に会場内にいた者たちは凍りつく。

「私もそう思う。なあ、先程発言した《《貴族の者》》よ」

『フェルドの奴、一体何を言っているんだ。なあ、カリン...カリン?』

フェルドの予想外の発言にラウは、カリンに思念伝達を送るが当の本人は何かを考えているようだ。

「カリン様、どうかされましたか?」

思念伝達では埒が明かないと思い、ラウは従者モードでカリンに少し小声で話しかける。カリンは、そのラウの言葉でやっと気づいたというように此方を見る。

『...ラウちゃん。フェルド国王陛下の方を見て下さい。何か見えませんか?』

カリンに言われた通りに、ラウはフェルドの方を見るがこれといって特に何も見当たらない。

『特に何も見えないが、カリンには何か見えるのか?』

『...はい。先程から、国王陛下の周りに何やら黒い靄のようなものが見えます』

ラウは、もう一度注意深くフェルドの方を見るが、やはり黒い靄らしきものは見当たらない。

『俺には、やっぱり見えないな。カリンは闇と近いから見えるのか?』

『...どうでしょう。闇属性なら一応紫という定義ではありますが』

 この世界の属性には、それぞれその属性にあった色が割り振られているのだ。火属性なら赤色、水属性なら水色、というようになっているのである。そして、その定義上で見ると、闇属性は紫色に当てはまるのだ。

『そうだな。なら、何故カリンだけに見えるんだ』

『...それは』

『それはね、カリンではなくあれは妾に近しいものだからよ』

カリンがラウの問いに対する答えに窮したとき、そう二人の思念伝達に割って入ってくる声が一つ。

『...ファメル様、それはどういう意味でしょうか?』

彼女の名は、ファメル。この世界でも指折りの実力者の一人である。

『あの男の後ろに見える黒い靄_あれはね、禁呪を使った者に見られるものよ』

禁呪とはその名前の通り、この島で禁忌とされている呪法のことである。禁呪と一概に言っても、その種類はたくさんある。ただ、禁呪と呼ばれるものの共通点を挙げるとするならば、それら全てがこの世界のパワーバランスを崩しかねない術であるということだ。そんな危険なものを使ったのだとしたらフェルドは間違いなく重罪である。

『それも、他の人にも見える程の濃い霧ということは、それ程に強力な術が込められているわ』

ファメルは、続けてそう言う。

『...フェルド国王陛下は、何故そんな危険なものを使用したのでしょうか?』

『さぁね。妾にも、それはわからないわ。でも危険を賭したとしても、あれ程の術がなければ成し遂げられない何かがあったのでしょうね』

ファメルは、神妙な面持ちで答える。成し遂げなければならない何かとは何だったのだろうか。そして、何故ファメルはこれ程までに禁呪に詳しいのだろうか。禁呪に近しい存在とは、一体何を示しているのだろうか。様々な疑念を抱きつつ、カリンは、黒い靄を纏った自身の父親の姿を見る。その姿は、昔憧れたあの国王としての在り方と何一つ変わらないものだった。

『...フェルド国王陛下は、私に国を渡したくないのでしょう』

 だからこそ、カリンはそう考える。そして、それは思念伝達となって二人の心へと直接伝わる。それに、片方は納得のいかないという表情をし、片方は感情の全く読めない表情をしているのだろう。

『...ですが、私を次期国主の座からどうにか降ろすにしても、殺すにしてもファメル様の存在があるため、このような手段を取ったと考えれば辻褄は合います』

カリンはラウを納得させるためにそう言うが、ラウの方はますます納得のいかないという表情をする。

『じゃあ、何故カリンを次期国主なんかに推薦したんだ。カリンの意見が正しいのだとすると、次期国主の座から降ろさないといけないっていう手間が発生するだろ。それに、もう一つのカリンを...殺すっていう方は流石に違うんじゃないか?それも、次期国主に推薦なんかしたらカリンの存在がさらに周知されて、その...殺しにくくなるんじゃないか?』

『確かに殺しにくくはなるでしょうね』

ファメルの言葉にラウは怪訝そうな表情をする。

『なら、何で___ 』

『...それは、フェルド国王陛下だからです。あの方は、そういう方なのです。たとえ多少の手間や犠牲があろうとも自身の保身のためになることなら、どのようなことだとしても平気で行ってしまう』

そして私も、と続く言葉は思念伝達で伝わらないように注意を払う。これは、彼に容易に伝えていいことではないから。時が来るまでは、絶対に伝えてはならないし、悟られてもいけない。だって、これ以上私は彼の重荷にはなりたくないから。彼は...ラウは、たとえ私が何を伝えても笑顔でそれを受け止めてくれる人だ。だから何があろうとも伝えてはならない。これが、彼の人生を狂わせてしまった私の咎なのだ。ラウはカリンの言葉にまだ納得のいかない表情をしていたが、もう何を言うこともなかった。

 ラウの様子を見た後、カリンは視線をフェルドや未だ凍りついた表情のままの貴族たちの方へと向ける。

「リッカでは、この国の国主になるのに誰も納得しない、と言ったのはお前であろう」

「は、はい。その通りでございますが、先程の発言は酔った勢いと言いますか...」

貴族は、見ていて哀れになるくらいの怯えた様子でそう言う。

「酔った勢いか。それでは、私の見当違いだったようだな」

貴族はフェルドの発した見当違いという言葉に目を剥く。自分が、それを言われたことに関してではない。フェルドが_この国の国王がその言葉を発したことを恐れているのだ。この闇の国で王とはただ国の上に立つ象徴ではない。王は国の全てなのだ。王が言ったことは、この国では全て正しくなければならない。その王が、見当違いだと自分の考えを間違いだったと言ったのである。王が自分の意見を自分で否定したのであれば問題はない。だが、この場合、貴族の発言に対してフェルドが思ったことが間違いであるということになる。つまりフェルド以外の者の意見が介在しているため、この貴族はフェルドを正しく正当化しなければ罪に問われるのである。なればこそ、貴族の取った行動は一つであった。

「いえ、酔った勢いではなく私は次期国主様が国主になることに誰も納得しないと言いました」

その言葉を聞き、フェルドは口を歪める。とても愉快だとでもいうように。なるほど、とカリンは考える。その考えを思念伝達で二人と共有しながら。

『...フェルド国王陛下は、貴族たちの自身が罪に問われるかもしれないという不安を煽って私を国主の座につかせないようにされたいのでしょう』

『なるほど。あいつは自分の権力を振りかざして、カリンを倒そうとしてるんだな』

ラウが納得のいかないものを飲み込んだ上で、肯定的なことを言う。ファメルからは、肯定も否定も返ってこなかったが、多分あの感情のわからない笑みを貼り付けているんだろう。その笑みには感情がないのか、はたまたいろんな感情が綯い交ぜになってもう自分がどんな思いを抱いているのかすらわからなくなってしまったのか、それは、もう周りの人にもファメル本人でさえわからないのだ。

「そうか、お前は私の考えに賛同してくれるんだな。して、他の者たちはどうだ?」

 カリンの予想通り、フェルドは他の貴族たちにも賛同を求める。貴族たちはそれを聞き、刹那の沈黙と葛藤の後、フェルドに賛同する。

「フェルド国王陛下に、万歳ーー!!」

「「万歳ーー!!」」

「流石、我らの国王陛下であるな」

「然り。それにしても、これで次期国主様はお役御免ってわけだな」

そんなことを言いながら、作った笑みを貼り付ける貴族たち。それを見て、フェルドはさらに口を歪める。この光景に可笑しいところなんて何一つないのに。そう思った矢先に、カリンはフェルドと目が合ってしまう。

「どうだ。これで貴様らには立つ瀬がないであろう」

先程までとは違う、明確なる敵意を持ってフェルドは言う。その言葉に、騒いでいた貴族たちの何割かがフェルドの視線の先を見て、一瞬硬直し、何事もなかったかのように視線を戻す。

「私はこの国を変えようと思う」

カリンと合ったままの視線を逸らさずに、フェルドはそう言う。貴族たちは騒ぐのを止め、真剣に話に聞き入ろうとしている。絶対に彼の機嫌を損ねないように。

「先程、貴族の一人が言ったようにリッカを国主にするのは荷が重いのではないかと思うのだ」

カリンを次期国主に推薦したのはフェルドだろ、とは流石に誰も言わなかった。

『一体どの口が言ってやがるんだ。カリンを次期国主に推薦したのはアイツだろ』

...一部の例外を除いて。

『...ラウちゃん、どうどう、です』

『カリン、俺一応狼なんだけど』

『相変わらず、ずれてるわね』

ラウを落ち着かせようとカリンが咄嗟に考えついた言葉に、二人は呆れたような言葉を返す。ファメルにずれてると言われ、カリンは少しだけ首を傾げる。

『...何かずれていましたでしょうか?』

『だから、あなたはそういうところが...まあ、言っても無駄よね』

『でしょうね。あれは、演技でもなんでもないですし。それに、カリン様はそういうところがお可愛らしいので何も問題ないかと思います』

カリンの質問は二人に上手く躱されてしまう。こうなると、二人とも何も話してくれないので、カリンはフェルドの方に意識を向ける。

「だから私は王家の血を引く者たちにも、無論リッカにも王位を譲る気などない」

 続くフェルドの発言に、貴族たちはどよめく。

「フェルド国王陛下、お話の腰を折ってしまい誠に申し訳ないのですが...」

「よい。何であるか?」

フェルドから発言の許可を得た貴族の一人が緊張した面持ちで言う。

「国王陛下が王位をお譲りになられないということは理解したのですが、そうなればフェルド国王陛下の代でこの闇の国の歴史が途絶えてしまわれるのではないのでしょうか?」

遠回しに、フェルドが死んだらこの国をどうするんだ、と言う貴族。そんな貴族の発言を聞き、フェルドはうむと一つ頷く。

「確かにその通りだ。だが、私さえ死ななければこの国の歴史が途絶えることはないであろう」

続く言葉に貴族たちはさらにどよめく。この国王は一体何を言っているのだ、一体何が言いたいのだ。そんな思いが貴族たちの心の中を巡る。その中で、カリンたち三人はいち早くフェルドの言わんとすることを察する。

『...まさか、フェルド国王陛下は禁呪を使って不死の力を得ようとしているのですか?』

『えぇ、大方妾もそう思うわ。一つ補足を加えておくと、禁呪を使ってではなく禁呪によって中にいる闇を起こすつもりみたいね』

カリンの問いかけにファメルはそう答える。本人も言っていたように、本当に禁呪についてのことには詳しいようである。

『...闇を起こす、とはどういうことですか?』

『それはね、フェルドが不死の力を得ようとしている闇が眠っているのよ』

『...闇が眠っているのですか』

ファメルの言っていることが理解できず、オウム返しのように同じことを繰り返すカリン。横にいるラウは、もう思考を放棄したらしくカリンのことをぼーっと眺めている。一体何が楽しくて眺めているのやら、相変わらずカリンにはさっぱりわからない。

『カリン、フェルドを見て何かいつもと違うところはない?』

 ファメルの言葉を聞き、カリンはラウからフェルドの方へ視線を移す。少しウェーブのかかった黒髪、エルフの特徴である先の尖った耳、実年齢よりも遥かに若々しい見た目に、国王らしいきらびやかな服装...全くもっていつも通りのフェルドの姿である。違いなど一体何処に...、と考えながらフェルドの姿を眺めていると、一つカリンの目に止まる物があった。

『...あの本』

フェルドが大切そうに手に持っている一冊の本。一見すると、ただの本にしか見えないのだが、その本からは確かに魔力を感じるのだ。

『えぇ、そうよ。あの本は禁書と呼ばれているものよ』

禁書、聞き慣れない言葉である。漢字の通りに読めば、禁じられた書といったところか。禁呪に近しいもの...いや、禁呪の書物バージョンみたいなものであろうか。

『...禁書とは禁呪に似たようなものですか?』

『うーん、禁呪と似ていると言っても間違いではないのかも知れないけど。禁書というのはね、闇がそのまま閉じ込められている書物のことよ』

『...闇がそのまま閉じ込められているのですか』

『そうよ。禁書の中にいる闇は大抵眠りについているわ。だから、闇を起こすために禁呪を使うのよ』

本の中で眠りについている闇、か。ファメルの言う闇というのは、おそらく現在空席となっている闇ノ神やその従者たちのどれかを示しているのだろう。彼らは、自身が気に入った「魔」と気まぐれに契約を結び、「魔」たちに自身の力の一端を貸し与えている。しかし、これは単なる例なので例外ももちろんある...まあ、ここでは詳しい話は割愛させて頂こう。結局の所、何が言いたいのかというと、彼らの中で本の中に眠っているものがいるという話など聞いたことがないということだ。そもそも「魔」たちの共通認識として彼らは自分たちとは違う世界に住んでいて、いつでも自分たちのことを見守っているといわれているのだ。一体誰が本の中に眠っているなどと思うだろうか。だが現にフェルドは、闇が眠っている本を持っているのだ。一体何故、闇がその本に眠っているのか、そして何故フェルドがそのことに気づいたのかなど疑問や謎は深まるばかりである。

『...なるほど。つまり、禁呪を使うと今のフェルド国王陛下のような黒い靄が発生するため、フェルド国王陛下は禁呪を使った後である、ということですか?』

 考え出しても埒が明かず、とりあえず目の前のことからとカリンはファメルに思念伝達をする。様々なカリンにとってのわからないことが渦巻くなか、カリンは少しでもファメルから何か情報を引き出せないかと考えたのだ。

『えぇ、カリンは話が早くて助かるわ。ただし、禁呪を使った後ではあるんだけど...』

ファメルは其処で続きを言い淀む。カリンは少しだけ首を傾げ、ファメルの言葉の続きを考える。其処でカリンは一つのことに気づく。

『...禁呪を使って闇を起こすつもりだと、先程ファメル様が仰ったはずです。ということは、フェルド国王陛下は闇を起こしていないということですか?ですが、フェルド国王陛下から黒い靄が出ている時点で禁呪を使用した後なのですよね...』

『!!......頭が良すぎるのも困りものね。全てを知ったところであなたにとっていいことなんて何もないのに...ね』

カリンからの思念伝達に対し、ファメルは何事か呟く。

『?...ファメル様、今何か仰いましたか?』

それは余りにも小さな呟きだったため、カリンは聞き取ることができなかった。思念伝達に使う魔力でも少なかったのだろうか。

(ですが、ファメル様ほどのお強い方が低級魔法の魔力量を間違えられるものなのでしょうか?)

『妾は何も言ってないわ。それよりも、フェルドの話に戻りましょう』

 少しファメルの思念伝達に疑問を覚えながらも、カリンはファメルからの思念伝達を聞く。

『フェルドはね、禁呪を一回しか使っていないのよ。黒い靄だけが禁呪を使った証として出ているでしょう。昔にもね、禁書を使って闇を起こそうとした馬鹿がいたのよ。その馬鹿は結局、禁呪を使って闇を起こしたんだけどね......』

ファメルは其処で一度言葉を切る。その馬鹿は_彼は闇を起こして、そして...。

『...ファメル様、どうかされましたか?』

『少し昔のことを思い出しただけよ。まぁ、とにかくそのときの状態とフェルドの状態は明らかに違うのよ』

カリンからの思念伝達で、ファメルはようやく話を途中にしたまま自身が考え事をしていたことに気づく。

(また、懐かしいことを思い出したわ...。)

今でも時々彼の最期を思い出す。その度に、懐かしさと悲しさがこみ上げてきて胸がいっぱいになる。

『...闇を起こすために禁呪を使用する回数が、一度ではだめだということですか』

『そうよ。禁書の中に眠る闇を起こすためには禁呪を二回使わないといけないわ。一回目は禁書を開くために使って、二回目は闇を起こすために使うのよ』

ファメルはいつもよりも、少しだけ注意深く思念伝達を使う。カリンは聡い子だ。少しのことで何かしら感づかせてしまう可能性がある。そして、カリンはそれと同じくらい優しい子だ。だから、自分のことでカリンが気を遣ってしまうのだろう。それは、それだけは絶対にあってはならない。せめて、ラウと妾だけはカリンにとって気を遣わない存在でいれたら...そう密かに願うファメルであった。

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