閑話 「不思議な獣人」
彼が部屋に入ってきたとき、何だか胸のあたりがザワザワとした。何処かで見た覚えがあるような___。しかし、それを思い出すことは叶わなかった。頭で考えるよりも先に、「こんな者は知らないだろう」という言葉が何者かの声を纏って思考を遮る。それを聴いたら、いつの間にか頭が考えることをやめていた。
( _”白”、ですか)
特にカリンの目を引いたのは、白い耳と尻尾だった。珍しい、なんてものではない。そもそも、”白”という存在自体あまり知られているわけではない。というか、信じられていないのだ。
それが実在すると知っているのは、この島のごく一部の者だけ。”白”という色は死の象徴だ。だから、カシェ島の中で...特に国民はその色を目にすること自体なく、御伽噺の中だとか、一生に一度お目にかかれるかどうか程度の頻度でしか降らない白い結晶...俗に雪と呼ばれるものでしか白を知らない者までいる始末だ。そして、その中で”白”の区別がつく者なんてほとんどいない。_よく言われるのは、銀色だ。銀と白は区別がつきにくいらしい。
髪が白くなる現象は魔に対してのみ見られるものであり、獣人のような獣の特徴を持つ者達は耳や尻尾が白くなるのである。
(この色を見るのは、これで二度目です)
更に言えば、初めて目にした”白”も獣人だった。彼女のことを想い出し、懐かしいな、と懐旧と哀愁で胸がいっぱいにつまった。だが、自分の表情は相変わらず無表情のままだ。カリン自身わかっていたことではあるが、やはり、表情は...感情は失われたままらしい。落胆、という気持ちすら、今のカリンにはない。
内心でため息を付きつつ、カリンは二人の会話に耳を傾ける。考え事をしている間も、程度に相槌を打ったり、問いを返したり、と話は進んでいった。しかし、ウルはあまりラウに対して肯定的ではないようだ。
今も急に話を振られたウルが渋そうな表情で、カリンの顔とラウのことを交互に眺めている。
「そのヒトに決まっているでしょう。傍から見てたけど、流石に怪しさ満点すぎるわ!」
左手を腰に置き、右手でビシッとラウのことを指差す。マナーが悪い、と執事みたいなことを言いそうになってしまったため、それを呑み込んで黙る。これはただの憶測に過ぎないが、ウルはきっとこのような小言を従者ではない者からかけられるのが苦手だ。特に、同じくらいの目線で話をする相手や兄であるエルから。
先日、同じような場面に立ち会ったことがある。無作法をエルに指摘され、何ともいえない...普段のウルからは想像できないような、何処か悲しげな表情を浮かべていた。
(私の知る限りのウルなら、指摘一つくらい笑顔で受け入れる方のはずです。......悲しい、ですか)
「......」
まだまだわからないことだらけだ、とカリンは思う。だが、わからないのならば知っていけばいい。彼女のことも...ラウのことも、理解しようと努力すればいい。
_ただ、それだけなのだから。
目線を上げる。警戒、は一応している。とある方...フェルド国王陛下より命令を受けてやってきたという彼を警戒しないことはどうしてもできないのだ。きっと彼は、カリンのことを殺したくて仕方がないのだから。
(もう、家族になんてなれませんよね...)
少し弱気な声が、心の中で木霊した。...いや、何処にもぶつからずに霧散して消えた。
「_これが、もし成功したならば、お前を家族として迎え入れよう」
彼と交わした約束を想い出す。ついぞ、叶うことはなかった、と少し落胆して...ほんの少しだけ安心した。
少し左に視線を移せば、雲ひとつない晴天を写し取ったような色の瞳と目が合う。自分にはない綺麗で美しい色だ。そう思うと同時に、彼の瞳に底知れない影が見えた気がした。
(彼もやはり......)
昔と同じなのか。だが、フェルドは確かに闇に呑み込まれたはずだ。しかし、このラウという男からは闇属性の気配を一切感じない。
...それに、信用に値する程の要素等、何処にも見受けられない。
(ですが、何故、なのでしょうか。彼のことを信じてもいい、とそう感じてしまうのは)
気がつけばカリンの口はこんな言葉を発していた。
「...大丈夫ですよ」
「えっ?」
驚いたようにウルが目を丸くする。カリン自身もよくわからなかった。自身が何故こんなことを言ったのか。大丈夫?一体...何処が?
憶測ではモノを語らないようにしている。もし、話したとしても、ある程度の確信がついてからだ。自分が何気なく放った戯言の一つでも部下にとっては違った意味を持つ。それで、どんな不幸が自分たちに降りかかることになるのか、カリンはよく理解していた。だが___。
「...きっと大丈夫です」
カリンにしては、やけに力強くそう言った。その言葉はウルに向けられたはずだが、何処かで自身にそう言い聞かせているようなそんな響きを併せ持っていた。
(やはり、彼はとても不思議です)
正面の彼を見つめる。不思議で、何故か懐かしくて、そして......温かい。




