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神々の寵愛  作者: Memu
第二章
15/20

初めまして

「はぁ...はぁ...」

 カシェ島北部にある大きな山。名を竜峰山(リュウホウザン)という。その名の通り、この島で唯一竜が生息している神聖な場所である。しかし、この山が神聖なものと周知されたのは最近のことで、それまでは東西の大国が戦争のための抜け道として利用したり、竜を狩って武勲を立てようとする者たちで山の下半分がごった返していた。だが、今ではその数もめっきり減ってしまい、現に彼がこの山に入ってからまだ誰ともすれ違っていない。

 青年はその山は山の中腹より少しだけ下にある山道を歩いていた。何か並々ならぬ事情があるのだろう。山を歩くのになど、決して適してはいないであろう白のカッターシャツにジャケット、極めつけに黒のローファーだ。彼の歩みは遅く、呼吸も荒い。しかし、その歩みは決して止まることなく、一歩、そして一歩と着実に進み続けていた。

 _全ては彼の世界で一番大切な人のために。青年...ラウもまたカリンのいる光の国を目指しているのだった。

﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢

「カリン、体調はどうかしら?」

「...そうですね。良くなっているのかはあまりわかりませんが、体がすっきりとしたような気がします」

「そう。なら、きっとよくなってるのよ!よかったわね」

「...ええ、ありがとうございます」

 カリンの返答にウルはとても嬉しそうに笑いながら、部屋のカーテンをシャッと開ける。眩しい朝の日差しが差し込んだ。その光を直視してしまい、思わず目を細める。

 光の国にやって来て三日が経とうとしていた。普段よりずっとゆったりとした時間が思い返せば一瞬のうちに過ぎていった。

「それじゃあ、あとは...」

 部屋のカーテンを全て開け終えたウルは、カリンのいるベッドへと近づいてくる。数日のうちにこの朝のルーティンにすっかり慣れたカリンは特に何も考えずに彼女の指示に従う。触診に脈拍といった基本的な検査を終え、最後にウルはカリンから二歩ほど距離を取り、新緑色の瞳でじっと見つめる。

 カリンには専門的なことは何もわからないが、ウル曰く「私みたいにすごいお医者さんになるとね、視たらだいたいのことがわかっちゃうんだ」なのだそうだ。全く医療の話は難しい。

「うんうん。式典の日にできたちょっとした擦り傷とかは完全に治ってるわ。あとは、栄養失調の方だけど。これはもうちょっと長期的な目で見ましょう」

「...はい。すみません。あまり食事をとるということが身についていないものでして」

食事、と言われると、事務的な意味合いを強く感じる。主に城で開催される会食などがその原因の一端なのだろう。魔は体内のエネルギーを循環させるのが上手なため、最悪三日程なら食事をとらなくても生きていくことができる。とても”省エネ”なのだ。

 彼女の部下の中にはとても料理好きな者もいて、彼が昔振る舞ってくれたものはどれも絶品だった。あのラウでさえも、彼の作る料理には一目置いていたという。

(そういえば、最近はあまり食べていませんね)

普通の食事が取れない日でも、彼がカリンのことを第一に考えて作ってくれたであろう料理だけは取ることができた。しかし、最近はそれさえも___。

「大丈夫!カリンが気にすることはないわ。新しい環境だと緊張して、ご飯が食べれなくなることはあるもの」

 目を伏せて考え事をするカリンを元気づけるようにウルは言う。何か、勘違いをさせてしまったような気がする。思わず、目尻を下げて言葉を返す。

「...お言葉、痛み入ります」

ウルがその言葉を聞いて何を思ったのかはわからないが、彼女は邪気のない可愛らしい笑みを浮かべた。カーテンから差し込む光がスポットライトのようにウルの姿をより一層輝かせた。

 _彼女には本当に”光”が似合う。


 ここ数日、昔のことを思い出す度に彼女が此方に呼び戻してくれる。こっちだよ、と眩しい光を携えて、私の帰り道を教えてくれる。ウルという存在は、きっとカリンが思っているよりも大きなものとなっているのだろう。その感覚が、何故かとてもくすぐったくて仕方がなかった。

「ううん。...それじゃあ、私はこれで失礼するわ」

 手を振りつつ、ウルが部屋から去っていくのをぼんやりと見送る。一人になり、カリンは静かにベッドから起き上がる。床すらも白く作られたそれに影を落とす。この城に来てからウルの居ぬ間を見計らっては、こうしてリハビリを兼ねつつ部屋の中を歩いたりしているのだ。

 ぐっぐっ、と力を込めて、手を何度か開いたり閉じたりし、その場で数回ジャンプをする。

「...よし......!」

あまり意味のない気合の掛け声を入れて、部屋の中を歩き始める。この白い部屋は大文字のLを反対にしたような形で、ベッドはそのLの直角の部分にある。

 ベッドの横にある白い丸テーブルを横切り、十歩も進まないところでドアまで辿り着く。其処で、くるり、と方向転換し、左の壁伝いに歩く。少し疲れたような気がするが、まだ気にしないことにする。

「...ふう」

その後、左に曲がって、突き当りの棚まで行って...と、いうように部屋を歩き、カリンはようやくベッドに帰り着いて息を吐く。この間、約四分といったところだ。

 ここに来た当初は式典の日にできたちょっとした傷もそうだが、何より酷かったのが全身に及ぶ筋肉痛だ。あんなに大きな剣を振り回したのは初めてのことだった。いつもはよく使わない筋肉を酷使してしまったようで、初日に起き上がろうとしたときは全身が悲鳴を上げたほどだ。_その時、カリンはもっと体を鍛えようと決意した。

そのため、こうしてちょっとずつ部屋を歩いたりしているのだ。ウルに相談したほうがいいか、とも思ったのだが、彼女はカリンに対して少々過保護なところがあるということがわかった。

「...少し、疲れました」

 扉の方を見ながら、しばらく足をぶらぶらとさせていたが、やがて、そのままの姿勢でベッドに倒れ込む。柔らかな感触がカリンを包んだ。真っ白な天井に向かって手を伸ばすと、ウルによって巻かれた包帯が目に入る。

(やはり、良くなることはありませんか...)

 コンッ、コンッ。ドアが優しい音で叩かれる。誰だろうか?

「...はい」

取り敢えず、ベッドに入り直して、外へ声をかける。ウルが毎朝検診に来る以外は、この三日部屋に誰かが入ったことはない。何かしらの配慮を行ってくれているのだろう。返事はすぐに返ってきた。慌てた様子で部屋に入ってきた彼女は早口気味にせめたてる。

「カリン。あなたに会いたいという人が来ているのだけど」

ピンクハーフツインの彼女...ウルは、艶のある髪を一部分ふわっとさせたまま言う。急いでカリンのところまで来てくれたのであろうことが窺える。

「...私に会いたい人、ですか。一体、どのような方だったのでしょう?」

「えっとね。カリンの従者だって言ってたわ。しつじ服のカッコいいこだったの」

「...そうでしたか。部屋に呼んでいただいてもよろしいですか?」

本当は自分がベッドから出ていってもいいのだが、それをウルに伝えると、苦虫を噛み潰したような顔をされることは想像に難くなかった。案の定、その言葉にウルは「勿論よ!」と笑って返し、部屋をマシンガンのような素早さで出ていってしまった。

 しかし、その際にも部屋のドアを静かに閉めていったところからは、育ちの良さが垣間見える。

(それにしても、執事服ですか...。当てはまる方は何人かいますが、一体どなたでしょうか)

_______


(本当に、此処に......)

 ずっと主の検診を担当していたのだという医師には到底見えない、ショッキングピンクをさらに煮詰めたようなどぎつい髪色の女が部屋までの案内を大臣から仰せつかっていた。そんなあまり医師としての信用は置けなそうな彼女に先導され、俺...ラウは物珍しそうに城内を眺める。とはいっても、ジロジロと見るようなことはせず、無作法にならない程度にだ。

 城の中は、壁や天井が薄い黄色で統一されており、調度品も黄色が多いが所々に赤が見える。この二色が光の国の国色_つまりは国を表す代表色といったところである。ちなみに、闇の国は闇属性の色である紫とそれから黒だ。

「この部屋です!」

やたら元気のいい声が聞こえて、ラウは視線を前へと戻す。ピンクの髪に緑の瞳。目がおかしくなりそうな色合いだ。医者だというわりには、黒地に紫とオレンジ色のこれまた派手なドレスだし...ん?

(ドレス、だと!?)

部屋のドアを叩いている女は確かに間違いなくドレスに身を包んでい......おられる。まさか、こいつ...ッ!

 何とも都合の悪い想像が頭をよぎるが、流石に考えすぎだと首を振る。その間に、部屋の中から何らかのアクションがあったらしく、彼女は部屋へと入っていく。慌ててラウもその後を追う。

 部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、白という色と窓越しでも全身を焼くような眩しい日差しだった。

「__...。それで、こちらが___ 」

 先程大臣から紹介を貰っていた女...ウルは、視線の先にあるベッドにおられる方と何事か話をして、振り返る。ウルが一歩後ろに下がったのを見計らい、ラウは主であるカリンの元へと近づく。

「......っカリン様」

三日ぶりにみるカリンの姿は普段と大差無いはずだというのに、何処か無気力に思えた。ラウの呟きに反応するように生気のない顔色が此方を向いた。灰に覆われた双眸がラウの全身をジッと見つめているのがわかる。

 カリンの周りだけは時間が止まっているような気がする。それが神秘的で美しく、見る者を魅了する。

 数刻の後、カリンは瞳を一度パチッと瞬きさせて口を開く。一体、彼女に何を言われるのか。どんな反応でもそれが自分に向けられたものならば嬉しいが、できることなら”心配だった”と言ってほしい。わずかに芽生えた期待を横目に、カリンはそれを口にする。

「...()()()()()

抑揚の感じられない、どこか他人に向けるようなその一言で、ラウを絶句させるのに時間はいらなかった。

「...私の部下、とはどういう意味でしょうか?」

 少女は視線を少し上に上げて問う。普段のラウなら、彼女の上目遣いに何らかのアクションを起こすはずだが、生憎と狼狽している彼には何も情報が入ってこない。そして、二人を部屋の端でずっと見ていたウルも驚いた様子で、ラウとカリンの間で視線を何度も行ったり来たりさせている。

 どういう意味だ、なんて、こっちが聞きたい。心の中だけでそう毒気づく。意味がわからない。他人を見ているような視線を向けてくる彼女の言葉なんて。

 _でも、カリンという魔はそういうことをしないと知っている。彼女は本当に優しすぎるほどに優しいから。彼女がつくのは、優しい嘘だけだ。誰かのことを傷つけないようにするための、本当に優しくてあったかいものだ。だから、カリンの周りには皆が集まってくる。あったかい場所が欲しくて、誰かに優しくしてほしくて、自分の居場所を求めて辿り着く。

(だからこそ、カリンが冗談の類でこんなことをするはずがない。正体を隠すためなら、彼女から思念伝達(テレパシー)が送られてきたり、何かしらのアクションがあるはずだ。つまり、考えられるのは___ )

「初めまして、カリン様。私はラウ。本日、とある方より()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、国で不測の事態があったためとはいえ、こうしてご挨拶が遅れてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます」

カリンがこの嘘を嘘だと思っていない......ラウのことを完全に忘れている場合だ。カリンの記憶が消えたのは首都の街で別れてからだろう。問題はカリンの記憶がどの程度消えているのかと何故消えたのかだ。

 一体、ラウと別れてからカリンに何があったのだろうか。わからない。取り敢えず、今ラウがやるべきことはカリンの傍にいるために嘘をでっち上げて彼女にそれを信じてもらうことだ。最初は警戒されていてもいい。カリンの従者としての立場が戻ってくるのならば。それ以上のことは、その後考えればいい。

 実際、彼は何でもないように振る舞ってはいるが、内心の動揺は凄いものであった。何しろ、一番想っていた者に他人のような対応をされてしまったのだから。しかし、それを隠し通し、表では平静を装っていたのは流石の一言に尽きるだろう。

「......そう、でしたか」

警戒、という二文字を双眸に滲ませながら、カリンはラウの顔をじっと見つめる。他人よりも、こっちの方がずっとましだ。そうは思うものの、やはり”気になる人”にずっと見つめられているのはいたたまれない。

 ラウは水色のネクタイを緩めようと手を伸ばすが、結局ネクタイに触れたところで手を下ろした。このネクタイは主より賜った首輪だ。それを外すことによって、彼は公私の区別をつけている。

 今は気を緩めるべきではない、と痛感してやめた。

「...ご足労いただきありがとうございます...えっと、ラウさ「さん付けはやめて下さい」......では、ラウくん」

「っ...いえ、とんでもございません。それと敬語も不要でございます」

 くん付けも中々に辛いものがあるが、ワガママばかりも言ってられない。普段は気をつけていたが、それを見て見ぬ振りをしてまでも、さん付けだけは絶対に阻止したかった。

(いや、待てよ。あの感じだと”ラウ様”路線もあったのか!?)

それなら別の意味でいいな、とラウはそう思った。当事者ながら、本当に不謹慎なものだ、とファメルあたりに咎められそうだ。しかし、彼女はこのやり取りを見ても出てこない。ファメルならば、何かしらの解決策を考えてくれるか、と少しは期待していたのだが、どうやら無駄に終わってしまった。

「......はい。善処いたします」

 変わらず一定の距離がある言葉遣いのまま、カリンはこくりと小さく頷いた。どうやら先は長そうである。ラウは密かに息をはき出すのだった。

「それでは、これより業務を開始したいと思いますが差し支えないでしょうか?」

「...私は問題ありませんが、ウルはどうですか?」

カリンとラウの視線が同時にウルの方へ向くと、未だ視線を右と左で彷徨わせていた彼女は「へ」と間抜けな声を上げる。

「...此方のラウくんが私の従者なのだそうです。それで、従者としてのお仕事をされたいそうなのですが、ウルの方は大丈夫ですか?」

説明を受けて、ようやく状況を飲み込むことができたらしく、ウルはコホンッと一つ咳払いをする。

「ええ、まあ大丈夫だけど...その大丈夫なの?」

「...はい?何がですか?」

不思議そうにカリンは首を傾げる。ウルの言いたいことにラウは一つだけ思い至るものがあった。それを肯定するようにウルは彼の考えと全く同じことを話し始める。

「そのヒトに決まっているでしょう。傍から見てたけど、流石に怪しさ満点すぎるわ!」

「......」

否定はできない、と言いたいところだが、肯定すると失礼に当たってしまうし、かといって否定してしまうとウルに対して嘘をついたことになる。だからこその沈黙、といったところだろう。だが、この世界には”沈黙は肯定”という言葉がある。

(やっぱり、俺信用されてないんだな...)

 カリンと初めて出逢ったときにも、やはり彼女から信用はされていなかった。何処かで壁を感じていた。疑り深い、とかそういったことを言いたいのではない。現に、ラウ自身に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから仕方のないことなのだ。

 しかし、昔と比べて警戒する彼女の瞳には感情がない。それが悲しくて、ひどく寂しかった。

「...大丈夫ですよ」

「えっ?」

(...は......)

「...きっと大丈夫です」

 沈黙を貫いていた彼女から唐突に発せられた言葉に思わず息を呑んで目を見張る。もしかして、という言葉が頭をよぎる。

(連絡が遅れたのか、意図的に遅らせたのかはわからないが、これはカリンの作戦だったのか。なるほど、良かった。俺のことを忘れたわけじゃなかったんだな。そうだよな、全く驚かせやがって......)

ははっ、と心の中だけで笑いを漏らす。直接発したわけではなかったが、きっとひどく乾いた嗤いだったと思う。虚しいよな、こんなの。無意識のうちにシャットアウトしていた会話を四つの耳で拾う。カリンがウルに対して、何が大丈夫なのか、という説明をしているところだった。何事かを話す度にウルからは色んなアクションが返ってくる。


 _その会話の中に、ラウの想像していた言葉は一つもなかった。


 思い返せばおかしいことだらけだった。彼女からかけられた言葉も自身を見つめる彼女の視線も、俺に向けられた呼び方も全部全部全部ッ!

 ......まるで、他人を見ているようだった。まるで、他人に話しかけるようだった。冷たい言葉、警戒する視線。どれもこれも、知らなかった...知りたくなかった。こんなこと気づきたくなかった。

「どうして...」

 最近、無機質で機械的だった言葉の端々から優しさを感じることができた。話しかけると、彼女の雰囲気が少しだけやわらかくなった気がした。自分の話に耳を傾けてくれて、たまに小さく笑ってくれたような、そんな気配を感じたことがある。

 どうして、何でこんなことに。あの時、皆を逃がすために自ら戦いにいったのが間違いだったのか。あの日、式典に出席したのが間違いだったのか。思い返せば思い返すほど、全ての行動が最悪となって今に繋がっているような気がして仕方がない。そうだ、それなら元凶をなくせばいい。

 _だから、十六年前、カリンがこの島で生まれていなければ___。え?今、俺は一体何を考えて......。

 息が詰まって、喉がヒュッという音を立てた。自分で自分が信じられなかった。どんなに自分が辛い思いを持っていても、それで他の者に...ましてや、カリンに当たるようなことをするなんて。それだけは、絶対にしたら駄目だ、とわかっていたはずなのに。

「...ラウくんは」

「......」

唐突に自分の名が呼ばれ、ラウは伏せていた顔を上げる。カリンの目を正面から見ることができなかった。

「...ラウくんはきっととても良い方です」

彼女はきっぱりと言い切った。視線を感じる。ラウが目を逸らした後も、彼女は真っ直ぐに自分を見つめていた。

「”壁”では、何も報告がなかったのでしょう?ということは、こちらの国へ渡るには竜峰山を登る必要があります。もちろん、純粋な忠誠心等で来られたとは考えにくいでしょう。ですが、彼は初めに自己紹介を、そして次に私への謝罪を口にしました。敬意、思いやり、責任感...そういったものが彼にはあると思います」

「っ......」

 不安だった。記憶を失った彼女は、もうラウの方を見てくれないのではないかと。だが、今、目の前で同じ時を生きるカリンは灰に呑まれた双眸で全てを見ている。

 誰も取り零したくない、とかつて彼女は言った。きっと、その言葉は...思いは変わっていない。だから、ラウはカリンと目を合わせた。澄んだ空色の瞳とくすんだ水灰色の瞳が交錯する。_刹那、ほんの僅かにカリンが笑みを浮かべた。

「...どうして、の説明はこれでよろしいですか?」

何のことだ、と考えて、先程ほとんど無意識のうちにそう呟いたことを頭の片隅の記憶だけで思い出す。

「はい...ありがとうございます」

瞬きの後に彼女の視線はウルへと戻り、その表情もいつも通りの無表情に戻っていた。だが、先程の彼女の笑みがいつまでも頭に焼き付いて離れなかった。

 カリンに合わせて横目で左を見る。小難しい顔をしながら唸り声を上げているウルの反応は、あまり芳しくないようだ。

「カリンの言いたいこともわかるんだけど、やっぱり怪しい気がするのよねー。あのリュウのいる山を越えてきたなんて、流石に信じられないんだもの。...でも、あなたが自分の部下を大丈夫だっていうんなら、私が疑ったってしょうがないわ」

首を横に振りながら、彼女は言った。ハーフツインの髪がそれに合わせて弧を描いた。何となくカリンが、このウルという魔に少なからず信用をおいている理由がわかったような気がする。

「...それでは、今日からよろしくお願いいたしますね」

「_はいっ!!」

カリンからの久しぶりのお願いに浮足立ちつつ、元気よくそれに答える。ラウの心情を表すように、彼の頭の上にある耳と綺麗な毛並みの尻尾がぶんぶんと揺れ動いた。そんな彼の様子を見たウルとカリンは顔を見合わせて同時に呟く。

「イヌだわ」「...犬、ですね」

「っ...な!?()()()()()()!!!」

本日一番に張り上げられたその一言は、城内に木霊したという。それは、遠く離れた執務室で書類作業に追われる国王の元へも届き、久方ぶりに口元を緩めたのだとか___。

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