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神々の寵愛  作者: Memu
第一章
14/20

閑話 「秘密主義」

 光の国一階東側、その最奥から二番目にある部屋の前でウルは迷っていた。やがて、意を決しドアをノックする。少し、いや大分緊張して力んでしまったのか、その音はあまりにも鈍かった。

「...どなた、でしょうか?」

「ウルよ」

「...どうぞ、入っても大丈夫です」

部屋の中からは抑揚のない無機質な声が聞こえてくる。何を考えているのかわからないというのが率直な感想だ。ひとまず、ウルは部屋の中へと再び足を踏み入れる。

「...それで、何のご要件でしょうか?」

「......」

ウルの心中を見透かしているようにカリンは問いかける。水色に靄のかかったような水灰色の双眸で、ウルのことをどこまで見据えているのだろうか。そう考えると、彼女の考える復讐について尋ねるのが少しだけ怖くなってしまった。

「あ、えっとね。ちゃんと頭冷やしてきたわ...!」

「...良かったですね」

会話が続かない。会話から彼女の真意を読み取ることができない。

(うー、どうしよう。復讐のこと聞いてみた方がいいんだろうけど、やっぱりちょっと勇気がいるっていうか...。ていうか、カリンが私の内面を見透かして、私のほしい言葉を返すかもしれないし)

取り留めのない言い訳を考えて考えるが、後で冷静になって思う。カリンがこんなことで嘘をつくはずがないと。そうならば、エルに何がしたいと聞かれたときに復讐以外の答えを返していただろうから。

 要はウルに一歩踏み込む勇気があるかどうかなのだが。

「......あ、のね。私、カリンに話があるの」

「...話、ですか。先程、聞きたいことは聞いてしまったのだとばかり思っていましたが」

「私は《《光の国宮廷医師》》として話があるの。だから彼処にはお兄様がいたからできなかったのよ」

別にお兄様が悪いとか邪魔だとか、そんなんじゃないわ、とウルは笑いながら続ける。結論から言うと、彼女はカリンの求める復讐について尋ねることができなかった。俗に言う、”日和った”というやつだ。

「...なるほど、そうでしたか。それで、話というのは......」

「そう。その髪のこともあるわ。一体どうして、一部分だけ白くなっちゃったの?」

ウルからの質問を想定していたかのように自身の白い髪を見つめるカリンだったが返答は待てども返ってこなかった。黙秘しているというより、彼女にしてはめずらしく眉間にシワを寄せて何やら考え込んでいるようだ。

「...この髪、は___代償なんです。代償、対価。私の復讐に必要なもののための」

「っ代償!?そん、それを背負ってまで」

(カリンは復讐がしたいの?どうして...)

目の前にいる彼女の考えがどうしてもウルにはわからなかった。自分にだってわかることもある。いくら温室育ちといえど、王妹である彼女にだってどうにもならない、納得のいかないことはある。そのために復讐の道を選び取ってしまうのも、わからなくはないのだ。

 だが代償を支払ってまで、となると途端にわからなくなる。闇の国という存在がカリンにとって大切なのだろうとは思う。しかし、国の一貴族が国のために自身が死に近づく代償を飲んでまで復讐する道理がわからないのだ。ウルは幼少期から自分のことを大切にしなさい、と教えられてきた。貴族であってもそれは同じであろう。だからこそ、自身より立場が上である王族のためだというのなら、まだ納得のしようがあるのだ。

(それとも、カリンが普通じゃないってことが関係するのかしら?)

「...そんなことと言われるのも最もだと思います。ですが、私にとっては重要だったんです」

「そう、なのね。わかったとは言えないけど、ちょっとだけわかるかもしれない。きっと、譲れないんだよね」

「...はい。その通りです」

じゃあ、しょうがない、とウルは其処で一旦話を切る。グッと伸びをして、その場を誤魔化す。聞きたいことはあったけど、今聞くと全てを否定してしまいそうだったから。いつか、聞けたらいいと、そう思った。

「それでね、もういっこ聞きたいことっていうか、気になることがあるんだけど...()()、どうしたの?」

「......それ、とは、この左手のことですか?」

「ええ、そうよ」

 何かしらのアクションがこの人形めいた少女から返ってくるのかとほんの少しの期待を寄せていたが、彼女は表情も声色一つも変えることなくそう言ってのけた。それでがっかりしたと言われても、自身が勝手に期待しただけのことだからただの失礼に当たるだろう。だがそれでも、少しだけ気を落としながらウルは答えた。

 二人の視線はカリンの左腕に_ひいては、両手に嵌めてある白い手袋と袖の長い服で隠すように巻かれている包帯へと向く。

「...見たんですか?」

「ええ、見たわ。包帯替えとかないといけないかと思ってね。でも、その必要はなかったみたい」

「...そうですね。もう、治りかけてますから」

何処かしみじみと呟いたカリンは、目線をウルへと戻す。つられて自分も彼女の腕から顔の方へ向き直る。

「...きっと、痕は残るでしょうけど」

「どうしたの、それ......」

彼女の言葉を聞き、ウルからはただ純粋な疑問が口から零れた。巻かれた包帯の下、カリンの左腕には、たくさんの傷があった。具体的な数はわからないほど、たくさんの。刺し傷に切り傷に裂傷、火傷、打撲痕等々、傷の出来方の種類も様々だ。だからこそ、何故こうなったのかがわからない。

「...これは、名誉の勲章のようなものです。だからといって、人に見せる価値はありませんし、私自身もそれを望んではいません。ですが、()()()()()()()()()()()()

「!?...っ、カリンが望んで人には見せれない傷をつけたの?どうして、そんなことするの。傷が増えたって誰も喜ばないわよッ!!」

「...だから、人に見せる価値はないのです。ただの自己満足のようなものの延長線上に過ぎませんから」

「何よ、それ!自己満足って...自分が良かったらそれでいいと本当に思ってるの?それで悲しむ周りの人の気持ちを少しは考えたことがある?」

 この問題に対してあまりにも熱くなりすぎている自覚は正直なところあった。まだ、自分はあのときの一件を引きずっていたのかと、冷静にもそう思った。ウルからの怒声を浴びても尚、冷然とした表情のまま、それに見合う声で独り言のように呟く。

「...結局、自己満足にすら届きませんでしたけどね」

「......そう。ごめんなさい」

「...ウルは___ 」

ほんの少しだけカリンの声が温かくなったような気がして、ウルは謝った際に下げていた顔を上げる。表情は先程までと何ら変わらない。だが、少し優しく見えた気がするのはただの気のせいだろうか。

「...ウルは謝ってばかりですね」

「そうね。思い返せばさっきから...」

「...ウルには、らしくありません。あなたは先程から間違ったことは何も言っていません。もちろん、復讐のことに関しても。当然の感想でしょう。だから、もう少し自信を持ってもよろしいのでは?」

出過ぎたことかもしれませんが、とカリンは最後に付け加えた。出会ってあまり時は経っていないが、何とも彼女らしいとそう思った。

「フフン。カリンのおかげでちょっと調子が戻ってきたわ。それで、質問を変えましょう。その傷は()()()()()のかしら?」

 初めて傷を見たとき、可哀想だと思った。その複数の傷はどれも向きや形状から自分でつけられるものではなかったから。では一体誰が、こんなひどいことをしたのだろうか。

 ウルの質問にカリンは微かに目を見開いた。其処から彼女のほんの小さな動揺が伝わってくるようだった。

「......それはっ___...」

「言いたくない?」

「...いえ。そうではなくて、その、この話は言わないでもらえますか?」

彼女にしては珍しく言葉に何度か詰まりながら文を紡ぐ。誰がつけたか、なんてカリンの周りの人物を把握しているわけでもないのに尋ねたのはただの好奇心と、ほんの少し話を反らせたかったという思いがあるだけだ。こんなにも反応が返ってくるとは、正直想定していなかった。

「誰に?お兄様かしら?」

「...あの、エルさんではなく......あまり口外してほしくないのです」

相変わらず歯切れの悪い物言いが続く。問い詰めようかとも思ったが、カリンの表情を見てやめた。いや、正しくは直前までそう思っていたが、彼女を見てそんなことは言えなくなってしまった。

 不安定に揺れている双眸、言葉を発しているのは彼女のはずなのに一番自分が何を言っているのか理解していないと言った印象だ。表情は変わらなかったが、不思議とその印象に確信を持つことができた。ウル自身も、それが何故なのかはわからなかった。ただ、どうにかしてカリンのことを元気づけなければと、気づいたら言葉を発していた。

「大丈夫よ!私は患者さんから聞いたことは誰にも話さないの。ほら、()()()()ってあるじゃない?」

「...それを言うなら、守秘義務かと思います」

「......うるさいわね。細かいことはいいのよ。私が秘密主義って言ったから、この国では秘密主義が適応されるの!」

 自分でもワガママな物言いだと思いつつも、話し始めた口は止まらない。これでは、カリンを元気づけるどころか逆に疲れさせるだけではないかと心配する。

 しかし目の前のカリンはウルの予想を全て裏切って、自身の唇の両端をほんの少し上げる。その美しくも儚げな微笑みに、ウルの頭は思わず思考を停止する。

「...ウルらしい言い分ですね」

「っ!?笑ってる...」

思わず口からそんな言葉が漏れ出たが、ウルがそれを気に留めることはなく、この情景を留めておきたいと目に焼き付ける。だが、数回の瞬きの後、カリンはいつもの無表情へ戻り、少しだけ首を傾げる。

「...笑う、ですか。何の話でしょう?」

「何でもないわ。それより、良かったら聞かせてくれないかしら?誰にも言わないから」

「...秘密主義だからですか」

「ふふっ、そうね。その通りだわ」

「..._似てますね」

「えっ、何が?」

唐突にカリンからそう言われ、一体何のことだとウルは首をひねる。似てる?今の会話にそんなことを言われる要素等なかったはずだ。

「...笑い方です」

「笑い方......」

カリンの言葉を復唱して呟くウルに、彼女は小さく頷きを返して話を続ける。

「...エルさんとウルの笑い方は似ています。笑ったときの表情も」

「本当!?嬉しい!!似てる、なんて久しぶりに言われた気がするわ」

「...はい、二人はよく似ています」

確認のためにもう一度聞くと、やはりカリンからは肯定が返ってきた。この場で今すぐタップダンスを踊りたくなるような高揚感に包まれながらも、ウルは医師としての最低限のメンツは保とうとその衝動を堪える。

 ...その際、多少顔がニヤついていたのはご愛嬌というやつだろう。

「んんっ。それじゃあ、気を取り直して。誰がカリンにその傷をつけたのか教えてくれるかしら?」

 わざとらしい咳払いをしながらウルは、ベッドから上体のみを起こしたままのカリンへ問いかける。目の前の彼女は表情一つ変えず、ただ静かに顔を縦に振った。

「...傷をつけた人を問うのは、この場合適切ではありません。私にこの傷をつけた方はそういう命令を受けたのですから。彼にはこの件に加担するだけの下心があったことは否めませんが、最初に話を持ちかけたのは___ 」

カリンの口から出た名前にウルは思わず目を見開く。四月中旬のまだ冷たい風がビュウッと吹いて、部屋の窓がガタガタと震えた。室内に居るはずなのに背筋に何やら冷たいものを感じつつ、ウルは驚きのまま言葉を返す。

(今朝はいい天気だったんだけど...)

カリンが窓の方を見ていることに気がついてウルもそちらを盗み見る。気分は少しずつ落ち着きを取り戻していた。春疾風が吹き荒れる中、感情の起伏が少ない彼女との会話はまだ続くようだった。

﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢

「_またずいぶんと荒れているようだな」

 同時刻、闇の国王城...かつてはフェルドが執務室として使っていた部屋にて、新たに国の支配者として台頭した闇は窓の外を眺めながらそうぼやく。彼の正面で報告書を読み上げていた部下はどうしたものか、と困惑しているようだ。やがて、闇の視線が此方に移ったことによって、慌てて報告書へ視線を戻して続きを読み上げる。

「それで、カリン...元王女ですが、どうやら光の国にいるようです。はっきりとした場所まではわかっていませんが、王城に居る可能性が高いそうです」

「そうか。あの場には光の王族共がいたな。あやつの置き土産なら、城に敵国のモノを入れてもおかしくはない」

ふむ、と顔の一番近くにある右の足を大きく開いた口の下あたりにおく。闇のわりにはやけに”ニンゲンミ”のある仕草だ。彼はそのまま顔を傾け_闇には顔と体の明確な繋ぎ目が存在しないため体ごと傾いているのだが_熟考の姿勢を取る。考えているのはカリンの所在、ではなく、何故自分が出会ったこともない者との記憶を鮮明に思い出せるのだろう。

(ワレの中にあるワレではないモノ......フェルドか)

「報告は以上です。現在、首都ゼルベリヤから逃亡した者たちの数、ひいてはその所在をあらっております。人手不足のため、もう少しかかると思われますが___ 」

「構わん。それよりもカリンの方が重要だ。アソコの王族共がカリンに本格的に手を貸すようになれば、コチラの勝機が揺らぐかもしれんだろう。...早々に手を打たねばなるまいな」

「_私が光の国に向かいましょう」

 部屋の端から一つの声が割って入る。声の主を見て、闇はその大きな口を歪める。なるほど、これは面白いことになりそうだ。

「いいだろう。お前にカリンのカンシ及び、そのホウコクを命ずる。後のことは、お前の判断に委ねよう」

「承知致しました。それでは、私はここで___ 」

「待て。東に向かうのなら、()()を開けてやろう」

「いえ、必要ありません。北からまわりますので。それでは、これで」

ペコリ、と闇へ一礼して、声の主は部屋を出ていった。その可愛げのない態度に報告を終えた部下がヒヤヒヤとしながら眺める。しかし、闇は気分を害した様子もなく、むしろ楽しそうに扉の向こうを見つめていた。

 闇のいる部屋を後にし、まだ其処らに瓦礫が転がる中を早足で抜けていく。やはり、見ていてあまり気分がいいものではない。特に三階東側_かつて、式典の会場として使われていた部屋のある階_は損傷が酷く、城の壁が一部分消失してしまい、大きな窓のようになっている。最も、その窓から見える景色は到底美しいものではなく、所々で硝煙の上がる瓦礫の山だが。

(あの黒い焔はある種の爆発のようなものでした。とても美しい魔法...)

「『だから、あの方の敵は全て排除しなければ』」

(え......?)

今、自分は一体何と言った?あの方の敵を全て排除する?どうして!そんなことを思ったことなんて一度もない。

「『本当に?あなたが真に敬愛しているのはあの方。そして、あなたはカリンのことを排除したいのでしょう?』」

「わ、たしは、そんなことを思っていません。私が敬愛するのはカリン様ただ一人です」

「『あはは、まだそんなことを言うんですね。いいでしょう。きっと今に、あの方の素晴らしさがあなたにもわかります。そして、その時があなたという存在が世界から消えるときなのです』」

「そんなことはありえません...」

必死に否定の言葉を振り絞ると、自分の中にいる何かからまたあははという笑い声が聞こえてきた。明らかに自分とは違うのに、声だけは自分と同じ、ということに吐き気を覚える。その何かはきっと禁書に闇と共に封じられていたものたちのヒトリ...つまり、自分は彼らのための肉体として選ばれたのだろう。

 だが、彼らにとっての誤算は肉体の中に元々入っていた魂が消滅しなかったということだろう。だからこそ、私という存在に証明がつく。

「はやく、カリン様に会わなくては」

早歩きのペースを保ったまま、彼女は遠い異国の地にいる主の元へと向かう。彼女こそ、カリン配下隠密部隊・部隊長リンカ。カリンの命によって裏門の解錠を急ぐ中、イビーによって襲撃され、自身の内に二つの魂を持つことになってしまった。リンカが次にカリンの前に現れるときに、果たしてどちらの意思を持っているのか、本人にもわからないのだった。それはさながら、箱の中身を箱を開けずしては知ることができないように___。

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