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神々の寵愛  作者: Memu
第一章
12/20

誓い

「...ん......」

 暖かな日差しを瞼に感じ、カリンは目を開ける。白く清潔感のあるベッドが一つ置かれ、周りの家具も白で統一された十畳程の部屋。

「...此処は...?」

まるで、長い夢でも見ていたかのように、意識が重くはっきりしない。十秒程、時間をかけて上体を起こす。その際、自身の手の中に何処かで触ったことのあるゴツッとした感触がして手を開けば、其処には願失石が握られていた。彼の石の重みが、夢ではないぞ、と何処かで訴えているようだった。

(あの人は上手く首都から逃げられたのでしょうか?)

 中年の男やジル、副隊長のテニュウに加え二人の新人隊員、そして若い夫婦とその子どもの少年。彼らがあの後、どうなったのかはわからない。ただ今は、無事でいてくれることを願うばかりだ___。

 そこまで考えたところで、コンコンッと部屋のドアを叩く音が聞こえる。慌ててスカートのポケットに願失石をしまい、カリンがドアの向こうへ声を投げかけると、凄い勢いでドアが開き、其処からピンク色のものが一直線に此方へやって来る。

「よかったわ。目が覚めたのね」

「...はい。えっと、あなたは......?」

濃いピンク色の髪をハーフツインで結び、新緑を写し取ったような緑色の瞳を持つ少女は、ぐいとカリンの方に顔を寄せて屈託のない笑みを向けてきた。

「初めまして、私はウル。あなたの名前は?」

ウルと名乗った少女に名前を聞かれ、カリンは部屋の中にあった鏡へと視線を向ける。鏡の中では水灰色の瞳の少女が此方を見つめていた。

「......カリンと申します。ウル...さん、此処はどこなので___ 」

「ストップ!さん付けはしなくていいし、敬語もなしでいいのよ。じいや達を思い出して嫌になるから。わかったかしら、カリン」

「...はぃ...うん、わかりま......、すみません、ウル。敬語は癖のようなもので...なので」

怒涛の勢いで詰め寄ってくるウルに、辿々しい言葉遣いでカリンは返す。敬語ではない、柔らかな言葉遣いで話していたのは随分と昔のことになる。その時のことも、もうほとんど覚えていない。

「そうなの。なら、敬語でいいわよ。無理して、話すこともないし」

もう少しゴネるかと思ったが、ウルは意外にもあっさりと引き下がった。その時の表情が少しだけ暗かったような気がするが、彼女の表情はすぐに先程までの明るくキラキラと輝いているようなものへと戻る。

「それで、ここがどこなのか?だったわね。驚くなかれ...ここは、カリンのいた闇の国の東にある大国光の国のお城である!」

 バーン!という効果音が何処かから聞こえてきそうな程、大きな声で言い、両手を広げるウル。その行動には何の反応も示さず、カリンは彼女の言葉を頭の中で反芻する。

「...それは、ここが王城だということですか?」

「......ええ、その通りよ」

「...何故、私をこのような場所に?」

カリンから出た疑問は、当然といえば当然のことだった。ウルか、それとも違う誰かが意識のなかったカリンのことを連れてきたということはわかっている。

(ですが、私は闇の国にいたはずです。何故、王城に...?)

確証は取れていないだろうが、カリンが闇の国にいた以上、その国民か何かだと思うのが普通のはずだ。だが、それがどうして光の国にいる?

「...あの場にいたということは、闇の国の者である可能性の方が高かったはずです」

「それは、私達が敵だ、ってこと?カリンは私の敵かしら?」

この島の東西の大国、光の国と闇の国は長い間、戦争を続けていた。戦禍を嘆いて、二国の中央に壁ができてから、表立って大きな諍いは起きなかったが、それでも、裏で小競り合いが続いていたことは事実だ。

「...少なくとも、そうなる可能性があったという話です」

「ふーん。でも、そう言うってことはカリンからめーかくな敵意は向けられていないってことよね。なら、いいじゃない」

「......ウルは、もし私に光の国に対する敵意があったらどうされるつもりだったんですか」

我ながら嫌な問いをするものだ、とカリンは自虐的に思う。しかし目の前の新緑色の瞳の少女は、この自分の大切なものを奪われた子どもの八つ当たりのような問いに一切の嫌悪の表情も浮かべることなく答える。

「その時はその時よ。それに、カリンはわるい子じゃなくてやさしい子だってわかってたから」

「...何故、そんなことがわかるのでしょうか?」

「んーと、勘、かな?」

「......勘、ですか」

 自分でもあんまりよくわかってないんだけどね、とウルは笑う。勘ならば何故あんなに断定的に言えるのだろうか。もしかしたら、それは勘等という不確定なものではなく、例えば予知能力に近い何かのような___。

「ねえ、カリン。ここにあなたを連れてきたのは私ともう一人...私の大切な人よ。それで、他になにか聞きたいことはあるかしら?」

何か自身に都合の悪いことでも詮索されているような気配でも感じたのだろうか。カリンの思考を遮るようにして、ウルは聞いてもいないことを話し始める。しかし、これもいずれ聞こうと思っていたことだ。

(ウル一人、というわけではなかったのですか。これは、もう一人の存在が気になりますね)

ウル一人の判断でカリンを此処へ連れてきたというのなら、短い間ではあるが...話した限り彼女の性格上、納得できなくはないのだ。しかし、彼女は確かにもう一人いたと言った。それも、大切な人だと。つまり、その大切な人とやらの意見を無視するような者でない限り、もう一人の意見も仰いだということになる。その上でカリンが今、この場所にいるということは、まさか、そのもう一人というのは___。

「ウル、入ってもいいかい?」

「ええ、もちろんです。お兄様」

 タイミングよくドアをノックする音が聞こえ、外からは柔らかな声が聞こえてくる。間髪入れず、ウルが返答を返し、彼女から兄と呼ばれた人物が部屋の中へと入ってくる。美しく輝く向日葵色の長髪を無造作に一つで束ね、明るい黄色の瞳を持つその人物はカリンの姿を見て微笑む。

「良かった。思いの外、元気そうだ」

「...白衣......」

ウルが兄と呼んだ人物を一つだけ、異質たらしめる点。それは、白地に金色のきらびやかな刺繍が施された服の上に羽織られている純白の外衣。

「......初めまして、カリンと申します。ウルと共に私を此処まで連れてきてくださったのは貴方ですね」

「これは、ご丁寧にどうも。こちらこそ、初めまして。カリン嬢。私のことはエルと呼んでほしい」

カリンの言葉にエルと名乗ったまだ年若い青年は小さく首肯する。高いとも低いともとれない彼の中性的な声で紡がれる言葉は一見柔らかに聞こえるが、カリンには何故か彼から距離を置かれているかのように感じた。

「...こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。あの、エルさんはやはり......」

「なんだ、ウルがまだ説明していなかったのか?」

「ご、ごめんなさい、お兄様。少しカリンと話が弾んでしまって...」

「そうだったのか。いや、別に謝ることはないんだ」

兄に名を呼ばれ、妹はビクリと肩を震わせる。見るからにしょんぼりとしてしまった様子の彼女の頭に手を置き愛おしげに撫ぜる。そして、一転して柔らかな親愛の声を向ける。それによって、ウルはまたいつも通りの笑顔を浮かべる。

「それで、私についてだったね。大方君の予想通りだろうけど、私は_この光の国現国王だ」

「...やはり、そうでしたか」

「フフッ、予想通りとはいえ、そうも反応が薄いと面白くないな」

衝撃的な告白だった、とは言えない。今までのウルとの会話でカリンは、それを断定していたとまではいえないが、大方予想していたからである。少し考えたらわかることだ。何しろ相手は、カリンのことを光の国の城内で匿うことのできる立場の者ということだ。自ずと候補は絞れてくるだろう。

 それにしても、今の国王がこんなに若いとは思っていなかった。カリンの記憶の中にあるこの国の国王は、三十代前後の見た目をした少々横幅のある男だったはずだ。いつの間に、国王が代替わりしていたのだろうか。

「...申し訳ありません。色々あってこのようになってしまいまして...」

「ふうん。良くはわからないが、君も随分と苦労した質のようだね」

「...ええ。そうでしたか、エルさんも」

しんみりとした場の雰囲気に、何処か感慨深いものを思い出しそうになるカリンであったが、そういう雰囲気とは全く無縁そうなウルによって一気に現実へと引き戻される。

「それで、さっきの話に戻るんだけどね。カリンのことについて聞きたいことがあるの」

「...聞きたいこと、ですか?どうぞ、何なりと」

「カリンのことを診させてもらったんだけどね...ひどい栄養失調だったわ。それに何より、あなた、エルフとは思えない程心臓の動きが早いの。どういうことなのか、説明してちょうだい」

今までのイメージを払拭するかのように、ウルは真剣な顔を覗かせる。エルの妹ということは、彼女は王妹の立場であるということだが、どうやらウルは医者であるらしい。

 王妹は成人して他の爵位の高い者たちの家に嫁いでいくまで、この島では微妙な立ち位置となる。位だけでいえば国王の次に偉いが、その発言力は大臣達に劣るといわれている。それもそのはず、発言力とはその者の後ろ盾の多さに直結する問題だからである。王妹、というだけでは、どう考えても国王に味方をした方が得だ。だからこそ、生まれながらにして何らかの才を持っていなかった場合は、ただの王妹として自らは政治の場に立たず、裏で国王を支えるのが普通だ。

 畢竟、目の前の彼女には生まれながらにして、医師としての才を持っていたのだろう。そして、その才能を摘むことなく、このように昇華させたのだ。それは、尊敬の一言に尽きるだろう。

「...説明といわれましても」

聞かれても困る、というのが正直な感想である。心臓の動きが早い理由には心当たりがあるが話してもいいか困りどころではあるし、栄養失調に関しては今指摘されて初めて気がついたのだ。こちらに関しても思い起こしてみれば、思い当たる節がいくつかあるが、もう過ぎた話であろう。

「......他に何かお聞きになりたいことはないのですか?」

カリンだけでは判断が叶わず、熟考の末に彼女は何ともわかりやすい話の反らし方をした。これには、流石のウルも苦笑いをしている。

「さっきのは聞かないほうがよかった?」

「...そういうわけでは。現に自分が栄養失調だということには今気がつきましたし。まあ、言われてみれば何点か思い当たる点があるのですが...。ただ、そうですね。もう一つの方に関しましては、私がまだあなた方にそれを話せる段階ではない、といったところでしょうか。一つ、申し上げられることがあるとすれば、ウルは先程私のことを”エルフとは思えない”と言いましたよね」

「...っそれって、つまり___ 」

「...後は、お二人のご想像に」

何か確信めいたことを言いかけたウルが同意を求めるようにエルへと目線を向ける。見ると、彼は僅かに瞠目していた。

「それは、私達のことが信用できないということかい?」

「......」

「何を話してもくれないのか。無言は肯定と受け取らせてもらうよ」

「...申し訳ありません」

「謝らなくてもいいんだ、謝らなくても...」

カリンが黙秘したことに対して怒るかと思いきや、エルは何処か寂しそうに目を伏せて言った。そんな彼を見ても、カリンの中には何もなかった。空っぽなまま、ただ謝ることしかできなかった。

 事の成り行きを、ずっと傍観していたウルは、この沈んでしまった空気を払拭するように明るげな声を上げる。

「そんな暗い顔してちゃ、ダメよ。そうだ。私、カリンのことが気になるな」

「...っ!私のこと、ですか?」

カリンのことが気になる、と言われ、彼女は沈んでいた顔を上げて聞き返す。自分のことについて問われた...興味を持ってもらえたのは、いつぶりのことだろうか、と。

「確かに、そう言われれば私も気になるな。妹と共に式典を見ていて、状況はまだ掴めている方だ、とは思っているが、詳しい状況説明よりも先に君の素性が気になるところではある」

エルに真剣な瞳で見つめられ、カリンは事前に用意していた言葉を返す。少しばかりの罪悪感を抱えながら___。

「......私はマライルという貴族の出です。本名をカリン・レド・マライル、と」

勿論、これはカリンの本名ではない。偽名を名乗ることに少々の抵抗はあったものの、流石に今この場で王族とバレるのは避けたい。何しろ、ここは敵地のど真ん中のようなものだ。双方に敵意がないとはいっても、何処で誰が聞いているかわかったものではない。

「そうか。私の名はリエル・ウィル・アル・スプレンダーだ」

二人はカリンの嘘に特に気づくこともなかったのか、代表してエルの方が本名を名乗り返す。この島には、本名を名乗った相手に対して、本名を名乗るという礼儀作法が存在するのだ。つまり、嘘はバレていないとみるべきだろう。とはいえ、カリンの名乗ったものが全て偽名というわけではない。マライルというのも、闇の国で実在する家名である。ただし、貴族ではないため、彼らが闇の国の貴族の家名を片っ端から調べ上げたとしたら、バレるのも時間の問題となる。

「カリンって、貴族だったのね...」

「ということは、君の言っていた普通ではない、とみて間違いないようだ...」

「...?何か、仰られましたか?」

 二人は何か思うところがあったのか、ヒソヒソと何やら話し込んでいた。まさか、カリンの偽名がバレたのか、と思うが、流石にそれは深読みのしすぎだったらしく、此方を振り返ったウルとエルは何事もなかったかのように振る舞う。

「ううん、なんでもないわ」

「それで君に話があるのだが...」

「...私に話、ですか。何でしょう?」

此方に向き直って話し始めるエルに対して、自然とベッドの上で背筋が伸びるカリンだが、彼女の返答を聞いて僅かに目を細めた後、エルは隣りにいたウルの方を見遣る。

「それは私が説明するわ!と言いたいところだけど、その前に一つカリンに聞くわ。あなた、ここ以外に行くあてはあるの?」

「...そうですね。この国に知り合いはいませんし、自分の国に帰ろうにも......」

其処で口を閉ざし、カリンは思い出す。あのお世辞にも美しいとはいえないが、其処に生きる人々が確かに笑い合っていたあの町並みを。今は亡き母や皆との思い出が詰まっていた城を。

 _そして、その全てを呑み込んでいったあの黒い焔を。

「......」

「やっぱり、行くあてがないのね。ああ、良かった。ある、なんて返されたら困るところだったわ」

「...困るのですか?それは、一体何故?」

 行くあてがない、と返したはずなのに、ウルは嬉しそうにカリンに笑みを向けた。

「だって、私...カリンのことを城に置こうと思うの!」

「......え?」

ウルの予想外の宣言にカリンは目を丸くする。

(私を城に置く?てっきり、城から出ていってほしい、と言われるものだとばかり...)

「妹が君のことをどうしても城に置くと言って聞かないのでな。私ももう少し体が良くなるまでは此処にいてほしいと思っているよ。実は、大臣たちから許可は取ってあるんだ」

少々強引な交渉をしたんだけどね、とエルは自身の人差し指を口元に当て、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。その年齢不詳な笑みを真正面から直視してしまったカリンは少しの間、全身を硬直させるのだった。

「お兄様っ、そうやってムジカクにたらすのをやめて下さい、といつも言っているでしょう」

「たらす...?どうかしたのかい?」

ウルが頬を膨らませながら言うが、生憎エルには全く通じていないようで彼は首を傾げていた。

 そんな二人の微笑ましいやり取り等、全く耳にも入っていない様子でカリンは言う。

「...私が城にいてもいいのでしょうか?」

彼女の言葉、にしては、やけに前のめりに感じられ、エルは思わずたじろぐ。だが、そんな彼とは反対にウルは目をキラキラと輝かせながら大きく頷く。

「もちろん!カリンの居たいかぎりずっといればいいわ」

「...ありがとうございます」

本当にずっといてもいいのか、とか、迷惑ではないのか等、聞きたいことなら山ほどあった。だが、流石に無粋だろうし、何より彼女から返ってくる言葉なら大方予想はついていたから。だから、カリンは二人へと謝辞を述べた。

「わー!!これでカリンと一緒にいられるわ。すごく嬉しい」

「そうかい。よかったな、ウル。...それで、最後に一つだけ聞かなければならないことがあるんだ」

エルからカリンへの問いに、隣で両手を突き上げてガッツポーズをしていたウルも手を下へ下ろしニコニコとカリンの方を向く。一体、どんな質問がくるのだろうか。妹の様子を横目で眺めた後、視線をカリンへと移して口を開く。

「先に現時点での闇の国の様子について伝えさせてもらうよ。私達が全てを確認したとはいえないが、あの黒焔は首都を覆い尽くした後、確かに消えていったんだ」

「...っ!?消えたのですか?あの高密度の魔力が」

「ああ、実際目にして私も驚いたよ。何しろ、あれだけ燃え盛っていた焔が首都の街を呑み込んだ途端、まるで城に吸われていくかのように忽然と消えたのだからね」

「ホント、ビックリしたわ。みんな、ブワーッて消えていったんだもの」

二人からの説明を受けるが、その内容はあまり頭に入ってこない。消えた、といわれても実際に見ていないため納得がいかない。これは、エルとウルのことを信用しているしていないとかの話ではなく、単純に自分の目で見ないと信じられないということだ。

「......そうだったんですね」

「すまない。君には辛い話だったかな?」

「...いえ、大方予想はついていましたから。黒い焔が消えたというのは驚きでしたが」

 覚悟していた、とは口が裂けても言えなかった。自分の支払った代償なら看過することができた。寧ろこれくらいなら安いものだと。だが、自身の部下が焔に呑み込まれたとき、覚悟なんて言葉は何処かに飛んで消えてしまっていた。

「そうかい。では、話に戻らせてもらうよ。焔は消失した。あの黒焔を生み出した者を私達は知らない。ただ...一つ言えるのは、城の中に複数のオーラを感じた。そこらの兵より少しばかり高いオーラが複数。私達と一対一で()()合えるオーラが十前後。そして、ひときわ高くて重たいオーラが一つだ。私の予想だと、この一番強いオーラの持ち主が焔を生み出したと考えている。違うかい?」

「...いえ、その通りです。あれは_......」

続く言葉が喉の奥につっかえたように出てこない。見ると、カリンの手はかすかに震えていた。それは何もできなかった自身の無力さを嘆くものなのか、それとも___。

「...っ!?ウル......?」

自身の冷たく凍った手の上に温かいものが優しく触れた。顔を上げると其処には、ウルがカリンの手の上に手を重ね、太陽を彷彿とさせるような自信と輝きに満ちた顔でニッと笑った。

「いいんだよ、言わなくて」

「...え......?」

「みんな言いたくないことはあるよ?だから、カリンが一人で無理しなくていいの。ほら、魔法審判(マジック・レフェリー)のときにだってモクヒケン?ってあるでしょ。だからいいの」

「......ウル」

「そうだな。すまない、私も配慮が足りなかったようだ。その話は、君が話せると...私達に話したいと思ったときで構わないさ」

「...申し訳ありません」

 二人からの温かい言葉にカリンはベッドの上で頭を下げる。彼女からの謝辞にエルは苦笑いを浮かべ、ウルは頬を膨らませてムスッとした表情をする。

「こういうときは謝るんじゃなくて、ありがとうって言ってほしいな」

「......有難うございます」

「うん、どういたしまして」

ウルはカリンの返答に満足したのか、先程とは一転して彼女はニッと笑った。そんな二人のやり取りを眺めていたエルは口もとに微笑みを浮かべてカリンとウルを順に見る。

(え.....?)

今、睨まれた___?

彼が自身の方を見たとき、確かに鋭く突き刺さるような視線を一瞬だけ向けられたような気がする。しかし、ウルのことを優しく見つめ、カリンの方へと戻ってきたエルの視線に先程までの冷たさは何処にもなかった。

「それでは、話を戻させてもらうよ。黒焔が消失した後のゼルベリヤには焦げた街並みがあるだけだ。そして、王城には複数のオーラが確認されている。君の情報によると、黒焔を生み出した張本人も其処にいるらしい。そこで、私から君に_カリンに一つ問わなければならないことがある。カリンは一体何がしたいんだい?帰るべき国を失い、更には君の大切な人だっていなくなってしまったかもしれない...この状況で君は何を求める?」

「...私が求めるものは___ 」

 黄の双眸にジッと見つめられ、カリンは腕を組み目を閉じて熟考のポーズを取る。この質問は正直言って予想外だった。大切な者たちをこの手で守りたい、と願失石の精霊に願った。だが、彼には何を求めるのか、と問われてしまった。カリンの願いと照らし合わせて考えると、求めるものとは願いの先にあるものだろう。

(大切な人を守って私は何がしたいのでしょう...)

自分が何をしたいのか、カリンにとってとても難しい問いだ。自分は何がしたいのか、何を望んでいるのか、今何を思っているのか、自分のことながら全く検討もつかない。

 いっそ、エルの問いにわからないと答えてしまおうか。なんてことを考えた。だけど、彼の真剣な顔を見て、何も言えなくなって口を噤む。

「難しく考える必要はないんだ。ただ君が今何を思っているのかを私は知りたいだけ。城に置く、許可は取ってある、と偉そうに言っておいても、君の目的だけは最低限聞いておかなければならない。時間はいくらでも取ってくれて構わないから、どうか答えてほしい」

エルの言い分は至極当然のことだ。後は、カリンが回答に辿り着くだけ。

(私のしたいことは、えっと、そうですね...。まずは黒い焔に呑み込まれた者たちを助けることですが、これだと、大切なものを守るという願いに近いような気がします。あとは、首都ゼルベリヤにいたジルさんたちの安否確認...も、求めるものではないですよね)

「...少しお時間を頂きます」

「ああ」

求めるもの、私が求めるもの。薄っぺらい言葉ではいけない。自分が本心から求めているもの___。

(ああ、そうでした...)

 あの城には闇がいるんだ。闇の力を得ようとして、逆に闇に呑み込まれることになったあの方が。だとしたら。私のしたいこと_求めるものはただ一つ。

「...()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「......っ!!」」

迷いなく言い切ったカリンに、正面の二人は揃って驚嘆する。彼らから見て、目の前にいる少女は無表情で何を考えているかわからなくて、そして全ての事象に対してあまり関心を示さなかった。どこか無気力で存在の希薄な子だったはずだ。だが、今の発言はどうだ。彼女は復讐がしたい、と言った。自身の明確な目的を確固たる意思をもって___。

「_復讐か。そうか、わかったよ」

意外にもあっさりとした返事がエルからもたらされて少しだけ動揺する。だが、そんな対応ができるのは彼だけのようで、ウルの方は何も言わず俯いていた。

「復讐......カリンはそんなことがしたいの?」

やがて彼女の方から、そんな問いかけが聞こえてきた。それを聞いて、エルが「こら。他者のことにとやかく言うものではない」と窘める。自身の失言に気がついたのか、ウルはあっという顔をする。

「あっ、ごめん。そうですよね、お兄様の言う通りだわ」

「...いえ、謝罪は不要です。そんなこと、と思われても仕方のないことだと思いますので」

「......そう」

なんとなく居心地の悪い、いたたまれなくなるような種類の空気を感じ取り、三人の間には気まずい沈黙だけが流れていく。やがて、その空気を払拭しようとエルが苦笑いを貼り付けながら言う。

「すまない。私の質問のせいで、なんだかどんよりとした空気になってしまったようだ」

「......そうですね」

この空気を作り出した元凶と問われれば、それはきっとカリンだろう。だが、エルはそのことを理解しながら、彼女のことを庇ってくれたのだ。これ以上、この話を続ける必要も見つけられず、カリンはただ何に対してかもわからない肯定をした。

 エルのおかげか少しだけ軽くなった空気の中で、ウルは一人この部屋に唯一ある扉へと歩き出す。

「ウル、何処かへ行くのかい?」

「......少し頭を冷やしてきます。カリン、本当にごめんね」

「...え、ええ」

全然気にしてない、とかもっと気の利いた言葉の一つや二つあっただろうに、咄嗟にカリンの口から零れ出た言葉はたったのこれだけだった。それを気に病んでいる間に、ウルは部屋から静かに出て行ってしまう。

「...行ってしまいましたね。あのエルさ...っ!?」

「_どうかしたのかい、カリン?」

エルに先程の礼でも、と彼の方を見たとき、彼もまた此方を冷たい瞳で見つめていた。ウルが部屋にいたときとは、比べ物にならない程の()()()()()()にカリンはビクリと肩を震わせる。

「...何でもありません」

「そうか。それでは、私の要件を。君の質問の答えを聞いて、言っておかなければならないことを思い出した。君のことを城に置くと言い出したのはウルだ。私は妹にお願いされたから、君を城に置いているだけだ。だから、くれぐれも妙な気は起こさないでくれたまえ」

「...はい。無論で御座います」

しかとカリンが頷いたのを確認して、エルから放たれている国王たるプレッシャー_オーラが少しだけ小さくなる。途端に、カリンは先程まで感じていた多少の息苦しさから開放される。

「ああ...そうだ。それと、もう一つ。妹は私なんかとは比べ物にならない程、いい子でね。とても優しくて感情の機微に聡い。私の唯一の宝物なんだ。だから、もしもウルに危害を加えるようなことがあったら___まあ、そのくらいは理解できるかな?」

 それでは、私は仕事に戻らせてもらうよ。ゾッとするような冷たい視線と共に言い残し、エルも部屋を去っていく。久方ぶりに_時間的にはそんなに経っていないはずだが、体感的にはそのくらいの感覚だ_カリンは部屋に一人きりとなる。おしゃべりとまでは言わないが、カリンよりも明らかに口数の多い者が二人減り、少し寂しいように思う。

「......復讐」

先程言った言葉を口に出して反芻する。自分で確かに言ったというのに、あまり実感はない。そんな明確な意思を口にできるようなものだったのか、と自らを疑いたくなるほどだ。

「...そうでした、禁書...!」

手持ち無沙汰気味にカリンは普段より少しだけ大きな声で宣言する。慌てたように左手を肘から上だけ上げて、棚から本を取るような動作をする。

「...おいで」

すると、彼女の手に確かな感触を感じる。それを棚から引っ張り出すと、ずしりとした重みと共に何もなかった空間に禁書が現れる。空間属性 中級魔法:空間収納。精神空間(スピリット スペース)をある著名な魔法研究家が魔法として簡易的に使えるようにしたものだ。とはいっても、本来の精神空間(スピリット スペース)とは違い、生きているものをそのまま空間に入れることはできない。空間収納は死んでいる者や元から命を持たない物を保存するのに適している。何よりも、しまったものをいつでも何処でもどんなときでも取り出せるため、長らくこの島の者たちに愛されている魔法の一つであるといえるだろう。

 その存在を確かめるように、少しザラザラとした手触りの表紙に触れる。次いで、真っ白な手袋をはめたままの手でページをめくる。

(.........)

最初のページにはおそらく前口上のようなものが書かれているようだが、随分古い書物であるせいなのか、カリン達の時代よりも昔の文字で書かれており、ほとんど読むことができない。唯一、そのページの一番下に他に比べては真新しい文字でこう書いてあった。

「...【尚、この禁書に封じられている闇が後世に解かれることあれば、今一度この中に封印することを願う。_どうか、先の世でワタシのような者が現れないことを祈っています】......これは、一体誰が書いたのでしょう?私に代償を与えた方にしては、あまり高圧的ではない...どちらかというと、すこし柔らかい文体のようですが」

禁書の声の主と類似する点はあれど、やはりどことなく雰囲気のようなものが違っているように思える。となると、誰が書いたのかも気になるところだが、その内容も中々重要だ。このような書き方をするあたり、この文章を書いた人物は_どのくらいかはわからないが_昔、闇が今のように封印が解かれたことがあったといった。そして、その時も闇をこの書物の中に封じたのだとか。

「...この方が昔闇を封じたということでしょうか?ならば、この方も代償を...?」

 禁書にのめり込むように眺めているうちに、少し黄みがかったページにカリンの腰ほどまである髪がパサリと落ちる。それは、彼女の奥へ奥へと沈んだ思考を引き上げるには十分で、カリンは無意識のうちに自身の白へ染まった髪を掬い上げる。

「...ああ、なるほど。《《この代償はそういうこと》》でしたか。あの方らしいですね」

禁書から聞かされた代償はこうだ。カリンが禁書を使うと髪が白く染まる。禁書を”使う”とは、どういうことなのか当時は良くわかっていなかったが、なるほど、つまりはそういうことらしい。

(私が部下たちの肉体を乗っ取っている闇を禁書に封印する度に代償が発動して、死に近づいていくのですね。全く、禁書は余程の享楽家のようです)

はあ、とため息を一つついて、カリンは禁書を空間収納で元の場所へと戻した。禁書を空間収納へ仕舞ったのは、ジル達のいた家へと向かう際、邪魔になるし見られても説明のしようがないためだ。だが結果的に、あのときの判断は間違っていなかったのだろう。もし、ジルにでも禁書を見られていたらどのような説明をしたら、彼の顔を曇らせずにすむのかカリンには検討もつかなかった。

(そうです、代償といえば___ )

 そう思い、カリンは水色のスカートのポケットから願失石を取り出す。願失石を握りしめるが、それは石のゴツゴツとした形状を保ったままでいる。カリンの願いを叶えるとき以外はやはり何も起こらないらしい。

「...この代償は一番大切なものを失う、ですよね。私は一体何を失ったのでしょう」

願失石に宿っている精霊から代償に関する何かしらの説明があったはずだが、何故か思い出せない。というか、あの大剣を手にしてからの記憶が途中からプッツリと途絶えているのだ。代償が其処の部分の記憶だった、と言われても説明はつくが、それだと如何せん代償が軽すぎるのだ。それが、カリンの一番大切なものだったとは到底信じがたい。

 _なら、何がカリンの中で一番大切なものだったのだろう。家族のことも自身の大切な人のことも覚えた魔法も難なく思い出すことができる。日常生活に必要な大抵のことだってわかる。

(知らないとは、このように何とも言えない気分になるものだったんですね)

自分は知らぬ間に何を失ってしまったのだろうか。その答えは、彼女の預かり知らぬところで密かに動き始めていた___。

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