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神々の寵愛  作者: Memu
第一章
10/20

記憶の中の彼

 時を同じくして、カリンたちは無事に攻撃部隊の隊員たちと合流を果たしていた。

「「「カリン様ーーー!!」」」

「...皆さん。ご無事で何よりです」

「おい、お前ら。プーパの野郎はどうしたんだ?」

「隊長なら、エド隊長と話があるので後から行くと言っていました」

副隊長から聞かされたなんとも彼らしい話に、カリンとラウは揃って苦笑する。こんな状況でも、彼のマイペースさは変わりないらしい。

「相変わらずだな、あいつ」

「...ですね。途中で焔に呑み込まれなければいいですが」

「隊長ならやりかねません」

「...そうですね」「だな」

周りを見ると、カリンとラウだけでなく他の隊員たちも同意を示していた。プーパの性格的に『カリン様、すいません。黒い焔に呑み込まれちまいました』というような内容の思念伝達がカリンの元に届いてもおかしくはないのだ。隊長としてどうなのかとは思うが、彼に足りない分は副隊長が補ってくれている。ある意味、バランスの良い部隊と言えるだろう。それに、彼はその欠点を補っても余りあるほどの才能をもっている。

「オイオイ。お前ら、揃いも揃ってオレのこと何だと思ってんだ?」

 不意に左から声が聞こえてそちらを向く。いつの間にか、其処にはプーパがいた。

「「「馬鹿」」」「アホだろ」「...一言で言えば、荒唐無稽でしょうか」

「それ全部、バカって言ってんだろ...。なんか、オレの扱いひどくねえか?」

「いつものことでしょう」

副隊長の言葉に追い打ちをかけられ、プーパはガックリと項垂れる。そのあまりにも哀れな姿に、カリンはフォローの言葉を投げかける。

「...とにかく、プーパくんが無事で良かったです」

「あ、ああ。そうだな」

そんなカリンの様子に何かを察したらしいラウが、彼女の言葉に乗っかって返す。見事な二人の連携プレーにより、プーパがようやく持ち直したように顔を上げる。

だが、カリンと目が合った彼の表情はひどく辛そうに歪んでいた。

「無事で良かった、ねえ...。......どうして、今になってそんなこと言うんだよ」

「...プーパくん?」

「っ!!...お前ら、その場から退避しろ!今すぐ、プーパから離れるんだ!」

「もう、全部遅すぎたんだよ...」

悲しげにそう言いながら、プーパは鞘からゆっくりと赫く染まった大剣を引き抜く。それを見て取ったラウが、隊員たちに指示を出す。束の間の戸惑いが隊員たちの間に生まれた後、彼らはそれに従って走り出す。だが、遅すぎる。

「フゥッ...」

「う、うわあああああ」

彼にとっての束の間の時は、無限と同じ。その数刻だけ生じた隙を、彼は見逃さない。プーパが短い呼吸音と共に繰り出す一撃は速くて重い。その直撃を食らった隊員とその周りにいた何名かが後ろに吹き飛ばされ、そして黒い焔の中へと呑み込まれていく。

「おい!何してるんだ、早く走れ」

「隊長、一体...なに、を___ 」

 副隊長の隣を走っていた隊員の一人がこの出来事を目の当たりにし、一瞬放心状態になる。刹那、彼の隣で血飛沫が上がる。悲劇は、続いていく。プーパの前で隙を見せたり、少しでも動きが鈍ると、次の瞬間、そいつは黒い焔の中へと呑み込まれている。それを見た隊員たちが、次は自分の番なのだ、と否応なく感じる。この場での唯一の救いは、プーパの攻撃が殺すことよりも後ろへと投げることを重視しているため、死に至ることだけはないということである。まあ、死に至るほどの傷は負わないだけなのだが...。

「...ラウちゃん」

「ああ、わかってる。カリンは残った奴らを連れて走れ!!」

ラウの言葉に頷きを返し、カリンは当初から三分の一程度まで減ってしまった隊員たちと共にその場を後にした。

「一人でオレとやるってのか?ラウさんよぉ」

「ああ、それが一番いいと判断した」

「へえ、オレに勝てる見込みでもあるのか?」

「もちろん、勝つさ」

ラウの挑戦的な言葉に、プーパはピクリと片眉を上げる。だが、それでキレて襲いかかってくる程の馬鹿ではなく、静かに剣を構える。それを見て、ラウも腰に下げてある鞘から鉈を抜く。

「そういえば、ラウさんと本気でやり合うのは初めてだな。どっちが上か決着をつけるか」

「ふん、そんなもの考えるまでもなく俺が上だけどな」

「言ったな?」

「ああ。...さて、ここからは剣で語り合うとするか」

「......ラウさんのは剣じゃねえけど」

 うるせえな、という言葉の代わりに、ラウは横に鉈を振り抜く。プーパはそれを躱さずに、剣で正面から受け止める。その力は、ほぼ互角。拮抗し合う力に耐えきれず、両者の刃が擦れ合い特有の音を鳴らす。それを見て取った二人は、同時に動作を中断し、後ろへと後退する。そして体制やコンディションを整え、また二人同時に地を蹴り刃を交わす。込み入った策を練ることもなく、ただ無邪気に子どものように斬り合う彼らはひどく楽しげな表情をしていた。

﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢ ﹢

「カリン様、本当に宜しかったのでしょうか?」

「......何のことですか?」

「ラウさんがうちの隊長と戦われることです」

「...いいんですよ」

 あの時のラウの判断は確かに正しかったのだろう。しかし、彼が自ら残ると言わなければ、カリンはそのまま全員を連れてプーパから逃げていたであろう。カリンの言葉に副隊長は、そうですか、と一言返し、それきり誰も口を開くことはなかった。

 そうして、しばらく走った後、彼らの目にぽつぽつと人影が映り始める。

「あれは...っ!!リンカさんたちの指示を受けて、先に避難していた者たちのようです」

「...どうやら、少しずつ遅れている方がいるようですね」

ほとんど、戦闘の訓練を受けたことのない民たちは、やはり、体力面に大分ばらつきがあるようで、ぽつぽつと前を行く者たちの輪から、外れていく者たちが出始めていた。その者たちの位置も、北から南とばらつきがあり、副隊長はすぐに隊員たちに指示を飛ばす。それを受けた隊員たちは、先刻よりもいくらか落ち着きを取り戻した様子で所々に散っていく。この場に残ったのは、カリンを含めて四人だ。カリンの左側を並走する副隊長と彼女の右後方部に一人、それから真後ろに一人、隊員が配置されている。その完璧な采配は、流石の一言に尽きるだろう。

「....が.......だ...」

「......?」

何かの声のようなものを、カリンは耳で拾う。微かではあったが、確かに誰かの声のようであった。それも、前を行く民のものでも、ましてや、隊員たちのものでもない。声の感じからして、近くには居るようだが、それにしては音の響きがおかしい。何処かの室内にいるような____。

「カリン様?どうかされ____ 」

「静かに。何かを感じ取っていらっしゃる」

 いきなり足を止めたカリンを見て、後ろの隊員が何事か言いかけるが、副隊長によって止められる。その反応に少なからず何かを察したのか、三人とも足を止める。カリンはこの間、一度も振り返っていない。彼女はただひたすらに感じているのだ。視界を閉じ、呼吸を最小限まで抑え、聴覚を研ぎ澄ましている。今の彼女には、全ての音が聞こえる。迫りくる黒い焔の燃える音も、隊員たちの足音の一つも、そして、先程聞こえた声の在処も。

「...そちらの建物に四人、いえ五人でしょうか?気配を感じます」

「「...っ!?」」

「......はっ。お前たち、行くぞ」

「...私もお供させていただきます」

カリンの示した方向へ、四人は駆け出す。其処は、家と呼べなくもない木造の建物で、所々に穴が空いたり、木が腐敗したりしていた。そんな家のドアを壊さないように注意しながら、副隊長は静かにドアノブに手をかける。振り返り、三人が頷いたのを見て、ドアを開ける。

「なんだ、お前ら?」

「闇の国、攻撃部隊副隊長テニュウと申します。此方は同じ部隊の者たちです。失礼ですが、この辺りの方々には、避難指示が下っていたはずです」

「ひなん?なにかあったの?」

「いいえ、大丈夫よ」

中にいたのは、カリンの言った通り五人。まだ年若い夫婦とその子ども、そして、中年の男と老年の男となんともバラバラな年齢層の者たちがいた。しかし、避難指示という言葉を聞いても尚、彼らが此処から動き出そうとする気配はない。むしろ皆、妙に落ち着いている。

「へえ、国の兵隊...それも、副隊長さんがわざわざ来てくれるなんてな」

「そこの通りにいたものでして...」

「そりゃあ、ご苦労さんなこった。だが、無駄足だったな」

「「えっ...!?」」

 カリンと副隊長は予想していたことだったが、隊員二人はこの発言に目を丸くする。目の前にいる彼らの身なりも家も必要最低限でしかない。だから、この者たちはきっとこの首都の外層に住んでいる貧民の者たちだ。この国の首都は、外にある外層と城や城周辺の一部の場所からしか行くことのできない地下にある。そして、外に比べて地下の方が格段に発達している。其処に住んでいる者のほとんどが、闇の国に仕えている騎士等の家族である。逆に外層に住んでいる者のほとんどが地下で職を失い、此処まで流れ着いてしまった者たちである。その者たちがこういった状況_今回のようなものは稀であるが_に陥った場合にとる選択として、このようなものが考えられる。

「...何故、ですか?」

「オレたちに、ここから避難する選択がないからだ」

「...やはり、あなた方は此処で私たちを巻き添えにして、《《あれに呑み込まれる》》おつもりですね?」

「随分、察しの良いお嬢さんじゃな」

その内、最も可能性の高い二つがある。一つは、自身の命を最優先とし、リンカたちの指示に従って此処から避難すること。しかし、これは、先程の発言でほとんどないものだといえる。となれば、残ったもう一つ...外層に追いやられた者が国に恨みを抱き、国側に何らかの損害を与えようとする、というものになる。この場合、黒い焔の出現によって、国は無くなったようなものなので、損害を与えようと思えば、国に仕えていた者たちに矛先が向くのは当然の摂理であろう。

「爺さん......」

「なあに、お前らは黙っておれ。この作戦を考えたのは、ワシじゃ。全ての責任はワシにある。お前たちに背負わす気なぞ初めからないわ」

「「「っ...!!」」」

「それが、年長者というものじゃよ。...それで、お嬢さん。さっきの続きじゃが、ワシが答えられるのは、その通りだ、ということだけじゃな」

 老年の男はそう言って、カカッと笑った。それは、一片の後悔もない晴れやかな笑顔であった。その様子に、カリンはぎり...と歯噛みする。この民たちを、ここまで追いやったのはフェルドなのだ。主犯とまではいかないが、彼の築いた国家の中で生まれたのだから。...もし、彼が国を継がなければこんなことにはならなかったかもしれない。

「......私たちと共に避難しては下さいませんか...」

「ああ、そういうことになるのう」

それで会話は終わったというように、老年の男は目を閉じる。カリンもこれ以上の話は時間の無駄だと思い、副隊長へ目配せする。それを受けて、彼は一歩前に出る。

「これが王命だとしても避難されませんか?その場合、双方にとって不本意ではありますが、あなた方を連れて行かなければならなくなります」

「王命じゃと?ワシらの人生を散々踏みにじっておいて、避難しろとあの国王が言ったのか...笑わせるでないぞ!」

「...正確には、フェルド国王陛下からのものではありません」

カリンの言葉に、老年の男は少し落ち着きを取り戻したように肩で息をする。それを見て、横にいた中年の男は代わりに問う。

「じゃあ、誰からのものなんだ?さっきから、話が見えねえんだけど」

「この王命は、フェルド国王陛下に代わり、次期国主様が発せられたものです。しかし、今回は不測の事態があったため、そのお言葉は王命と同等の効果を持っています」

「次期国主様、ねえ。そういや、今日は披露式典があったんだっけか。......で、お前らはそれに従って、オレたちを外層のさらに外へ連れ出しに来たってか?」

「...その通りです。あなた方のような方を国から避難させるために、王命は発されたのです。だからこそ、私たちと一緒に避難して下さいませんか?」

「......甘いのう」

「...え?」

先程まで、息を切らしていた老年の男は一言そう漏らした。皆の視線が一斉にそちらへ向かう中、彼は独り言のように言葉を続ける。

「甘い、そして若いのう。まだ、経験を積み重ねていない証拠じゃ」

「......あの___ 」

「お嬢さん、一つ聞いても良いかな?」

「...はい、何でしょう?」

老年の男の様子に、カリンが声を上げたとき、それを遮るように彼はそう言った。彼の目は、しっかりと此方を捉えていた。そのことに多少の安心感を覚えながら、それに聞き返す。老年の男はカリンの反応に頷きを返した後、こう切り出す。

「何故、権力を行使しようとしない?自分の力とは即ち自身の財産じゃ。必要なときにそれを使用しないのは何故じゃ?」

「...っ!!知っていらしたんですね」

「実は皆には内緒で式典を見ていてな...」

「...そうだったのですか」

その言葉にその場にいた者たちが動揺しているのが伝わってくる。彼の言っていることは正しいのだろう。だとすれば、誠意には誠意で答えるものだ。生半可な答え等、誰も望んではいない。少しの間、目を閉じ考えた後、カリンはとつとつと話し始める。自身の胸の内を、そして、その先に何を求めるのかを___。

「......質問の答えですが、そうですね、私が娘として彼の姿をずっと見てきたからでしょうか」

 カリンの父...現国王フェルドは若くして、前国王からその座と権力の一切を受け継いだ。それは、彼の志すらも。前国王は今の外層と地下層の仕組みを創りあげ、地下層の発展に貢献した。しかし若くして病床に伏し、やむなくフェルドへと王座を渡したのだ。その後、フェルドは彼の意思を継ぎ、今の経済体制が完全に出来上がってしまった、ということだ。そんな彼の背中を見てきたからこそ、彼女は彼の築いた国の裏にひろがるものを知っている。フェルドが邪魔だといって切り捨ててきた者たちの末路を知っている。だからこそ、カリンはフェルドと同じにはならない。

「...私は自分の権力を財産だと素直に受け取ることができません。皆さんに言わせれば、それが私の甘さということなのでしょうが...私にとって自分の財産とは自分で望んで自ら手にしたもののことだとそう思っています。なので私はできるだけ権力を行使したくないのです」

カリンの話を聞き終え、老年の男は静かに彼女の目を見つめる。数秒の後、不意に彼の気配が柔らかくなるのを感じた。

「カカッ、そうじゃのう。確かに、お嬢さんの言っていることは甘い。じゃがワシはその甘さこそが美徳じゃと、そうも思うておる」

「...甘さが美徳、ですか」

「そうじゃよ。だから、そんな不安そうな顔をするでない。何も案ずることはないのじゃぞ。ほうれ、お前さんの部下たちも心配しておるわ」

幼い子どもをあやすように優しい口調で言う老年の男に誰かの姿が重なった。ただ、カリンの記憶の中にある姿とも、見た目とも話し方とも似つかない。しかし、この優しい声も...そうだ、あの笑い方だって知っている。

「...ジルさん...」

 気がつけば、カリンは一つの名前を口にしていた。それを思い出した途端、彼女の中で昔の記憶が甦る。カリンの母、そしてカリンの身の回りの世話をしてくれていた使用人の中で特に彼女たちと仲が良かった彼の姿が。病気がちだった母の代わりに、いつもカリンに本を読んでくれたり遊んでくれたりしてくれていた。今思えば、使用人の仕事と並行してそれを文句一つ言わずしていた彼は称賛に値するだろう。だが、一年程経った頃だっただろうか...彼が城から姿を消したのだ。

「......っ!久しぶりじゃのう、お嬢さん、いや...カリン様。いやあ、すっかり大きくなられてジルは姫様を誇りに思いますぞ」

その言葉とあの頃と変わらぬ優しい声音にカリンは息を詰まらせる。この呼ばれ方を聞くのは、一体いつぶりだろうか。もう一生この声を聞くことは叶わないと、幼いながらにそう悟って記憶の底に押し込めてきたものが一気に彼女を襲う。

「カリン様、初めまして。今日から女王様兼姫様付きの従者に配属されました、ジルと申します」

 ジルが初めて城にやってきた日、カリンが母の影に隠れて一言も会話できなかったこと、

「姫様、そんなに引っ付かないで下さい。仕事ができないのですが...」

其処から一週間も経たないうちにカリンに懐かれ、ジルが困ったように言いながらも決して嫌そうにしたことがなかったこと、

「今日は何をして遊びましょうか?外ですか、転んだら女王様にカリン様共々叱られてしまいますので、気をつけてくださいね」

念を押すように言うけれども、結局カリンが怪我をして母に叱られるというワンセットを恒例のようにしていたこと、

「大丈夫ですよ、何も案ずることはありません。女王様が幼いカリン様を一人にしてしまうことなどありえませんから」

母の病状が悪化したとき、優しくカリンの頭を撫でながら何度もそう諭してくれたこと。あの短い期間には見合わない程のたくさんの大切な記憶をジルからもらった。だが、彼は...彼らはカリンを置いていって一人にした。この瞬間、あの城の中で心を持ってカリンに接してくれる者は、みんな消えていったのだ。

「...どうしてですか?どうして、私を置いていったんですか?」

 そんな弱音にも似た、ひどく子どもじみた問いが、自身の口から発せられたのを聞いて少し動揺する。こんな問いに何の意味もないことなんてわかりきっている。ジルを困らせるだけで終わることだって知っている。しかし、聞かずにはいられなかった。もしかしたら彼は何か、カリンの記憶から出た答えのない問いに魔法のような言葉をくれるのではないか、と思ってしまった。だが、ジルはカリンの問いに予想通り困ったような表情をする。ああ、やはりか、と思う。思ったよりも、何も感じなかった。それ以外、何の感想を抱くこともなかった。しかし、彼はカリンの予想に反し、一転して柔らかな笑みを浮かべる。

「カリン様のお言葉は最もじゃ。ワシには何の弁解も御座らん。だがのう、これだけはわかって下され。ワシが国王様よりカリン様付きの任を解かれたときから、一度も姫様のことを忘れたことはない。ずっと、カリン様の身を案じておった」

「......そうですか」

「この答えではいささか不満そうですな」

ジルはカリンの返答からそう見抜き、カカッと笑う。全くその通りだ。カリンの淡い期待とは裏腹にジルから放たれた現実味を帯びた言葉は、彼女に何をもたらすこともなくただ心に落ちてきた。

「そうですな...、今のカリン様はワシに夢を見ている。だから、ワシからの本音を拒まれる」

「...そんなことは...」

「ない、とは言い切れますまい。ワシと姫様は、一年程しか時間を共有しておらぬ。それに、あなた様はまだ幼い時分であった。それは夢や幻に近かったのでしょうな。だからこそ、夢の人物には自分の望む答えを返してほしい。まあ、よくあることでしょう」

「......」

言いたいことは色々あった。あの大切な時間を夢や幻のようなものだったと彼に言ってほしくはなかった。あれは、現実だったのだと___。そこまで考えたところでカリンは気づく。これは、ジルも同じだったのではないかと。開きかけ、何かを発しかけた口を閉じる。そうして全てを飲み込み噛み砕いて消化して、それが自身の中に霧散していくのを感じる。そこまでして、やっと口を開く。

「......そうですか」

「不満そうですな」

何も考えず、ただ思ったことを思ったままに呟いただけの言葉は先程と一言一句に至るまで同じであった。しかし、その言葉の響きは違う。それに気づいたのかはわからないが、目の前の生きて言葉を発して思考することができる彼はただ一言先程と似た言葉を返した。

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