第8話 グルグルマークみたいになっていた
挟まることなかれ。
そう言い聞かせながら、手を繋いで前を歩くふたりの背中に着いていくこと、少しして。
気付けば森の奥の方まで来ていたらしい。目の前には柵が広がっている。
柵の奥はとても暗い。いや、これは単に暗いという言葉で済ませてよいものだろうか。
この柵の外と中は同じ世界なのか。そう思わせるだけの何かを感じる。まるで別世界だ。その上で『立入禁止』という貼り紙まであるのだから演出としてはこれ以上無いだろう。
「あーもうここまで来たんだー。じゃあこれでだいたい全部回ったかな」
「あ、あの先って何かあるんですか?」
どこか不安そうにたずねた。エミリーさんも何となくあの柵の奥の雰囲気に違和感を感じているのだろう。
「ん? あーそっか。エミリーちゃんはここに来たばっかだからわかんないか。ここの奥にはねーこわーい幽霊が出るから行っちゃいけないんだー」
フフフと得意げに笑うマーシャ。
いわゆるお化けだぞポーズ(?)をしながらエミリーさんを怖がらせようとしている。
今どき、そんなんで怖がるものかね。
「そ、そうなんですか……?」
怖がる人もいるらしい。怖すぎて「えひえひ」言っている。
この人もしかして成績表で独創性だけ◎ついてるタイプ?
「まあ理由はともかく、カベッサさんに禁止されているとか何とか。だよねマーシャ?」
「そーそー。わたしも詳しくは知らないけどねー」
「そ、そうなんですね……もしかして本当にお化けが出たりしません、よね?」
「さあーどうだろうねー。エミリーちゃん、そんなに気になるなら確かめてみたら良いんじゃない?お化けに会えるかもよ〜」
「ひえぇ〜! む、無理です!」
目をグルグルさせながら怖がるエミリーさん。
どうやらマーシャはエミリーさんをからかうのにハマってしまったらしい。
その証拠にまた、お化けだぞポーズをしている。
……バリエーション無いのかそれ。
しかし何となく気にはなる。この先になにかあるのか。禁止されるほどに知りたくなる。そんな感情が湧いてくる。
「僕も入ってみようかな〜なんて」
「太郎は絶対ダメ!」
マーシャが突然大声で言った。
あまりの唐突な反応に僕だけじゃなく、エミリーさんも驚いていた。
「いやまあ冗談だって冗談」
苦笑いで返答する僕に対してマーシャは真剣な目をしていた。
「絶対ダメだからね?」
そして再び警告してきた。
「分かった分かった」
渋々承諾するとマーシャは直ぐに態度を変え、
「ま、何はともあれ案内はこの辺までかなー。満足してもらえた?」
エミリーさんに話しかける。
「え、えっと! 村全体を案内してもらった上にこの森のことまで教えてもらえて、今日はとっても楽しかったです! お二人ともありがとうございました」
デヘヘぺこぺこ頭を下げながら満面の笑みでお礼を言われると何かすごい照れちゃうテヘ。
「えへへーどういたしましてだよー。また来ようね! エミリーちゃん! それと太郎も!」
こうしてマーシャの理不尽に振り回されるのも何度目の事だろう? 分からない。思い出せない。まあでもそうだ。悪い時間ではなかった。
「ところで、マーシャ。そういえばカベッサさんが夕方頃に来て欲しいって言ってたよ、怒り気味に」
「え! そうなの!? なんで今になって言うかなあー! 全くもう!……それにしても怒ってたって……も、もしかしてバレたのかな……」
「ごめんごめん。でもとりあえず急いだ方が良いんじゃないかな。あの人、時間には厳しいし」
「じゃ、じゃあ私先に戻るね! ごめん、エミリーちゃん。またお話しよ!」
「は、はい。また……?」
何が何だかという様子のエミリーさんを置いて、マーシャは猛ダッシュで村の方へ戻って行った。
元気すぎて、足がグルグルマークみたいになっていた。さすがは元気っ子。
さて、どうするかな。あとはエミリーさんだけど。
「エミリーさん。ここから村への道は分かりますか?」
「は、はい、多分ですけど分かると思います……どうしてそんな質問を?」
意図をうかがうように僕を見る。
「実は、もともとこの森の中で採ってきて欲しいと頼まれているものがあって。エミリーさんが大丈夫そうならついでに今から採りに行って帰ろうかな、と思ったんですけど」
「あ、そうなんですね。えっと、その、お邪魔でなければ手伝わせて貰えませんか? 今日お世話になったお礼もしたいですし」
やはりこの人はいい人だ。だが今はそれでは困る。
「いえ、大丈夫です。そもそも恩なんて感じる必要ないですよ。僕もマーシャも楽しかったのでそれだけで充分な恩返しになってます。それに、この森には危険なものもたくさんあるので」
そう言うと残念そうな表情をするエミリーさん。
納得はしきれていない。そんな感じだ。それなら──
「その代わりと言ってはなんですが、エミリーさんが良ければまた今度、一緒に出かけませんか? 色々と教えられることもあると思いますし」
「は、はい! 是非お願いします」
嬉しそうに頬を緩ませた。
「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて戻りますね。気をつけてください」
エミリーさんは来た道を戻って行った。
さて。
何故だろう。どうしても僕はこの先に何があるのか気になっている。
多分それはエミリーさんが気にしていたのと同じ感情、すなわち好奇心だと思う。
さっきまでのは全てそのための嘘だ。
「それにあそこまで何かダメダメ言われると……ね」
そんな独り言を言いながら木の柵を乗り越える。
そうして暗い中を、闇雲に更に奥へと進んでいく。ひたすら暗いだけで、景色は変わらない。
何分経っただろう? 何ならずっとこうしていたような気がする。なんせここは暗闇に包まれている。時間の感覚も、進んだ距離感も全て無意味に思われる。
でもこのままではキリがない。どこかで戻る選択をする必要がある。
「これ以上は戻れなくなる……かなり奥まで来たと思うしそろそろ引き返すか。結局何も──」
それは突如、目の前に広がった。いや、元々そこにあったのだろうか。
不可思議で、心地よく、温かい。そんな光景。
目の前にあったのは一本の大木だった。と言うより家だろうか。木の根っこあたりにドアがあり、左右には窓がついている。
ファンタジー小説なんかでよくある、森の隠れ家とでも言おうか。
「おや? これは変わったお客様だ。なるほど……そういうことか。迷い子ちゃん」
声と同時に目の前に何かが姿を現す。
何か。 いやそれは違う。僕は知っている。それが何者かを。誰よりも。
理解ができていないのだ。この状況が意味することを。
目の前にいたのは、僕だった。
(駄文)グルグルマークの部分は、本当は記号で表していたんですけど、環境依存文字なので使えませんでした。残念です。