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第7話 百合の間に挟まろうとしてたらしい

 村の敷地はそれなりに広いが、だからと言って特別凄い建物があったりするというわけでもない。

 要するにさほど案内するような場所もないわけだ。

 ある程度村の中を歩き回り、端の方まで来ていた。


「ここが食料庫だよー。ちなみに……エミリーちゃん? 勝手に食べちゃダメだからね。ばあばがすっごい怒るから」

「は、はい」


 念を押すように言うマーシャの圧にエミリーさんが押されている。というか若干引いているような。


「さすがに経験者は貫禄がある」

「な、何言ってるの太郎? 私、そんなことしないもん! なんにも知らないもん! 怒られてないもん!」


 逆にここまで分かりやすいというのもどうなんだ。ていうかどこぞのマスコットキャラクターですらそんなにもんもん言わないんだもん。


「あ! ところでマーシャ、カベッサさんが言ってたけど、この前食料庫の食べ物が急に減ってたせいで買い物に行く日を早めたんだってねー」

「へ、へぇー。そうなんだーそれは大変だねー」


 マーシャは完全に目が泳がせている。泳ぎまくっている。プロ水泳選手にも負けてない。

 

 顔に書いてあるってこういう事なんだろうか。そう思い、再びマーシャを見る。

 目をぐるんぐるんに泳がせながら叫んでいた。

「チョー気持ちいい!」

「……ラリってる?」


 というかそれほんとにプロのやつだから……まあ何か面白いしもう少し遊んでみるか。


「心当たりがあるか聞かれた時は適当に流しておいたけど、どういうわけか赤い髪の毛が落ちてたんだよねー。確か赤色の髪の人って一人しかいなかったような気がするんだけど。ねえ、マーシャ?」


 カチンと動きが止まる。そしてカタコトで言った。

「ゴメンナサイ。オネガイシマス。イワナイデクダサイ」

「いやそこは水泳関係ないんか」


 ちょっとからかいすぎたか。


「冗談だって。別に言わないよ」

そう言うと、マーシャの目がようやく水中から陸上に戻ってくる。


 本当にくだらない。他愛ない。

 でもこんなくだらないじゃれあいがなんやかんや楽しいのは、きっと悪いことでは無い。そう思えた。


「それにしても」


 言いかけた言葉を塞ぐ。

 

 ここには何度も来ているのに。さっきの話だってここに来た事があるからできた。


「どうしたの? 急に真剣な顔しちゃって」

 心配そうに覗き込んでくる。

 そんな表情をしていたらしい。


「ごめん。なんでもない……次の所に行こう」


『それにしてもこんな場所あったんだなあ』

 あまりにも自然に。僕はそう言いそうになっていた。

 自分ではない誰かが自分を介して言っているかのような奇妙な感覚だった。


 ▼









 ▽


「さて、次はどうしよっか。エミリーちゃんは何か他に気になることとか行きたい場所とかある?」


 村の中を一通り見て回った頃、マーシャが提案した。

 忘れかけていたが、エミリーさんのための案内イベントだ。全ては彼女次第である。つまり彼女がNOと言えば終わるのが必然。


「い、いえ。特には……」


 しかし、それにも例外はある。それが今の状況である。

 傍目に見ても分かる。気を使っている。


「なんか遠慮してない? 気を使わなくていいんだよ? 私も楽しいし!」


 マーシャが笑いかける。眩しいほどにニッコリと。

 マーシャは遠慮がない。だから思ったことは口に出す。それは良くも悪くもだが、裏表がないというのは純粋にマーシャの尊敬できる点だと思う。


 対するエミリーさんはエミリーさんで、なかなかに堅いタイプである。そうそう気を使わせないようにさせられるとは思えない。もちろん気を使えるのはすごくいい事だが。


 さすがに心の距離はまだ遠いか。

 と思いきや、


「あ、あの。それならあっちの森とかちょっと、見てみたいかも、です」


 森の方角を指さしながら、窺うように弱々しく言葉を絞り出した。

 マーシャは自分の事のように嬉しそうにニッコリと笑っている。


「うんうん! じゃあ行こう! 途中までなら行ってもいいことになってるから!」


 多くは言わない。邪魔はしない。ただただ謝りたい。

 こんな尊い場に()という不純物がいることに。


 この場にもし、人類史上最も百合を愛し続けた男、百合ゲラーがいれば僕は確実に死んでいるだろう。

 彼のエピソードの中でも有名な話がある。

 ある日彼が街を歩いていたら、百合の間に挟まろうとしている男を見かけた。どういう意味かは分からないけど、とにかく百合の間に挟まろうとしていたらしい。

 それを見た彼は憤慨し、その者の男としての尊厳を破壊し、女性として生きる道を強制した後、殺した。

 彼がいなければ性転換という言葉は今頃存在していなかったと言っても過言である。


「百合は百合という認識がないからこそ尊いものだ」


 これは百合ゲラーの言葉だ。至言である。

 この言葉の意味が分からない人間なんて果たして地球上に存在するのだろうか? いるとしたらそいつは多分とんでもないバカか、あるいは──


「太郎? 何独りでボソボソ言ってるの? キモイんだけど」

「……」


 綺麗に咲く花を踏み潰さないようにしながら二人の後を追った。

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