第5話 いいですよね?
そんなこんなで慌ただしくも、同棲生活一日目は終わろうとしていた。
「じゃあおやすみなさい。エミリーさん」
「は、はい。おやすみなさい」
寝る前の挨拶を交わして布団に入る。
床で眠るのはいつぶりだろう。
うるさい二人のおかげか、意外にも眠気はすぐにやってきた。
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「はあ、はあ……」
息苦しさに目を覚ます。呼吸が苦しい。口が……開かない。塞がれている。何かに。
あるのは柔らかい感触。
目を開くと、目の前に何か、いや誰かがいた。誰かは分からない。
誰が。何を。……考える。だが分からない。
ようやく目が馴染んでくる。馴染んでも尚、視界の殆どは肌色に覆われている。その端で銀色が揺れているのが目に入る。
銀色……銀色と言うと思い当たる人物は──
推察通り。エミリーさんがいた。
遅れてようやく脳が解読をはじめる。
口に当たっているものはエミリーさんの唇。つまり僕は、キスされている?
「!」
エミリーさんはこちらの意識があることに気付くや否や、飛び退くように離れる。
「あ、あの……その……ごめんなさい。でも私止められなくて……。なんか凄く体が熱くて、変な気分になっちゃって、それで、私……」
解読はできても理解ができない。
「あーえっと……これはどういう?」
冷静に考えてみよう。目を開けたらエミリーさんからキスをされていて……なるほど。意味が分からない。
どうやら完全に混乱しているらしい。
「でも明谷さん……いえ、お兄ちゃんもこういうの興味あるんですよね? その……私の火照りを治める手伝い、してください」
再び近付いてくる。近い。近すぎる。
肌と肌が密着する。
はだけた胸元。首筋を流れる汗。肌を撫でる生温い吐息。
この人はほんとにエミリーさんなのか。完全に別人の雰囲気だ。……冷静になろう。落ち着け。
「手伝いっていうのは一体?」
「はあ……はあ……嫌、ですか?」
荒い呼吸で、ただねだるように見つめてくる。こちらの言葉を聞く様子もない。
考えろ。寝る前は普通だったはず……急にどうして?
状況が想定の外にあり過ぎてろくに頭が回らない。
「お兄ちゃん……」
細く小さい両手に右手が掴まれる。
「何を……」
そしてそのまま誘うように──
ふわりとした感触が手の平に広がる。手はわずかに膨らんだエミリーさんの胸の上にあった。
「聞こえますか? 私こんなことになっちゃってるの」
ドクン
ドクン
ドクン
ドクン
飛び出しそうに脈打つエミリーさんの心臓の音が手を伝わってくる。自分の手が心臓になってしまったのではないかと錯覚するほどに。
こんな中で冷静な判断なんて誰ができようか。
隙をつくように。絡めとるように。
耳元で囁く声がした。それは悪魔か或いは天使か。
「ねぇ……いいですよね?」