第4話 負けゼリフランキング31位
……なるほど、同棲は婚約成立ではなかったらしい。世の中難しい事が多くて困る。
「あ、あの…………」
エミリーさんが何か言いたそうに僕を見た。
「どうかしましたか?」
「メンタル……強いですね。その、恥ずかしくは、無いんですか?」
「……煽ってる?」
「いえいえいえいえ!」
エミリーさんは両手を振って違うことをアピールしてきた。
煽ってはいないらしい。しかし煽ってないならなぜそんなことを聞いてきたのだろうか。
「こんな間違いしちゃったら私なら恥ずかしくて一日はベッドから出られないし、ましてや本人と話すなんて暫くはできないんですけど」
「煽ってるよね?」
「いえ! 私には行動力が無いから、そういう……行動力というか活発さみたいなのが見てて凄いなって思って。まわりに流されやすいタイプなので……」
褒められていた。修飾語がデカすぎな気がしたけど、まあ褒められたからいっか。
「マーシャにも後で話しておかないとなー。多分今頃キャパオーバーしてるだろうし」
そう言えばさっき出ていく時マーシャが何か言っていたんだった。なんて言ってたんだろ。どうせ大したことではないだろうけど。
「さっきマーシャが言っていたこと、エミリーさんは聞いてました?」
躊躇うような素振りをする。
「えっと確か……」
あのマーシャがそれほどに重要な事を言ったのか? 珍しいこともあるものだ。
「変なことしちゃダメだからね、って言ってました」
「え?」
拍子抜けした。
「変なことってなんじゃそりゃ。何言ってんだかって感じですよね」
呆れながらエミリーさんの方を向く。
「そ、そうですね。ちょっと過剰なのかもしれません。ハハハ……」
明らかに頬を赤くしていた。下を向いていてもその白い肌のせいで赤くなっていることが見てわかる。
と言うか、そういう反応されるとこっちも困る。なんだこの、テンプレ of テンプレの流れは。こんな空気になるなら聞かなければ良かった。
コンコン
そんな時、先程とは違い丁寧にドアを叩く音がした。
相手が誰であれ、マーシャの手も借りたいようなこの状況においては救いのノックに他ならない。出迎えに行こうと立ち上がった。
マヌケ~(効果音)
しかし、こちらが応答するよりも早くドアは開いた。どうせどこかのマヌケな子だろう。
「あたしだけど入るわよ」
勝手に部屋に入ってきたのはアリスだった。
肩まである金髪の髪に気の強そうな目元は改めて見ても彼女の性格を体現していると思う。
アリスはただのツンデレというわけでもなく、もうひとつ属性を持っている。と言うより何ならそっちがメインなような気もする。
「なんだ、次はアリスか……ちゃんとした礼儀を知っている人はいないのかこの村は」
「礼儀? ちゃんとノックもしたし、入るとも伝えたじゃない」
不思議そうに首を傾げた。
いや、勝手に開けるならノックする意味もないんだけど……
「まぁそれでもマーシャに比べればよっぽど良いけど」
「そりゃそうよ。あんなポンコツと一緒にしないでちょうだい」
フンっ、と鼻を鳴らしていた。なんでそんなドヤ顔ができるのかすごく気になる。
「ってそんなことはどうでもいいのよ。話は聞いたわ。その件について提案をしに来たの」
アリスは優雅にファサーっと髪を手で流した後、ビシッ!とエミリーさんの方を指さした。指をさされた本人はビクッとしている。
「そこの貴方。エミリー、で合ってるかしら? 私の部屋を貸してあげましょうか? 男の人と同じ部屋で過ごすなんて色々と大変でしょう?」
「あー……」と少し困った様子のエミリーさん。
「えっと、お気持ちありがとうございます。でも私はそんなこと気にしませんよ。第一そんなこと言える立場ではないので」
静寂が二人の間に流れる。
さっきの華麗なるアリスはどこへやら。まるで予想外とでも言うようにエミリーさんを見た。
「え!! 気にしないの!? でも絶対気を使うこともあると思うし、あなたにとっても得だと思うんだけど!!」
よほど予想外の事だったのだろう。語尾にビックリマークが二つ付いていそうな喋り方になっている。
「話を遮って申し訳ないけど、それってアリスの家にエミリーさんが行くってこと?」
そう聞くと、アリスは僕の方を向いて言った。
「ん? ああ、そうね。もしエミリーがそうするんだったら親の許可はこれから得るつもりよ」
「そもそも許可とってないんかい……」
なんて欠陥のある提案なんだ。アリスらしいと言えばそうだけど。
「えーっと……その場合どうなるの? アリスの部屋で二人で寝るのは厳しいんじゃないの?」
「それなら簡単よ」
胸を張って言う。
「その場合はあたしがこの部屋で生活するだけよ。まあつまり、入れ替わるって感じだと思ってくれていいわ」
入れ、替わる!?
そう聞いた瞬間、自分の中の神が告げた。歌いなさい、と。いくら何年も前のネタで、なおかつ散々使い古されていて飽きられている寒いネタだとしても歌わなくてはならない、と。ならば紡ごう。その想いを、皆の願いを。この歌に乗せる! 今!
「君のフンフンフンフから僕は〜君をさが──」
「殺すぞ」
「!?」
睨まれた。
暇つぶしにアリスがこの部屋に来る時のことを考えてみるか。……エミリーさんより気を使わなくていいのはある。とはいえなんだろう。何と言うか盛り上がらない。なんでだろう。アリスがバカだから?
「な、何よその目は! バカにしてるの!」
なぜバレた? もしかしてこいつバカじゃないのか?
「それに意味はあるわよ?! あたしはアンタとの関係がこの子よりは圧っっ倒的に長いからアンタと同じ部屋でも気にはしないけど、エミリーは今日出会ったばかりじゃない!」
確かにそうだ。まあどちらにせよ最終的にはエミリーさん次第だから何とも言えないけど。
「というわけで、どうかしらエミリー?」
視線が集まる。エミリーさんは下を向いて考えている。
こんな質問をそんなに真剣に考えているのだろうか、この人は。なんというか真面目すぎる。
少し間を置いて、一切の悪意もない純粋な笑顔で答えた。
「あ、えっと……私はこのままで大丈夫です。お気遣いありがとうございます。えっとヘレ、じゃなくてアリスさん」
ヘレ? ヘレってなんだ?
ヘレに続く単語なんてなかなか思いつかないけど。もしかして間違えかけてその間違えた単語を噛んだみたいなそんな感じだろうか。だとしたら構造が複雑すぎない?
いや、もう考えるのは止めよう。お腹空いた。
…… それにしても、自分の名前が言い間違えられでもすれば直ぐに反応しそうなアリスが、特に何も言わないと言うのも珍しいな。そう思い、アリスを見た。
「あ」
ゴチゴチに固まっていた。
どうやらこうなるとは思っていなかったらしい。立ち姿、表情、指先のひとつひとつまで全てが、まさしく唖然そのものを体現していた。
……考える人といい勝負しそうだな。そんなことを考えていたら動き出した。残念だけど美術展に出展するのはまた今度にしよう。
「そ、そう。分かった。まぁ、あなたがそうしたいなら好きにすればいいわ。後悔するだろうけど」
そして、負けゼリフランキング31位ぐらいのセリフを吐きながら部屋を出ていった。
その直後。
「何でなのよぉ! 絶対おかしいでしょ! 完璧だと思ったのにぃぃぃぃぃ!!」
悔しそうに叫びながら走り去って行った。
「本音出すのはやすぎるて……」
アリスのもうひとつの属性、それが残念系であることは言うまでもない。