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第3話 ロリをペロペロする者たち

 部屋から出て向かう先は一箇所しかない。時間帯的に今は一階の調理場にでもいるだろう。


「あの人の事情は分かりました。でもどうして僕の部屋なんですか!」


 かくして、カベッサさんはそこにいた。

 こちらには目もくれず淡々とキャベツを切っている。


「随分と騒がしいね。そりゃ空いている、というか人が住んでいない部屋はあるけども、どれも物置部屋になってるのさ。どうして他の人の部屋じゃなくてアンタの部屋なのか、ってのには深い理由はない。前にも言った通り、構造上アンタの部屋が他の子の部屋より広く出来てるから。それだけさ。まだ質問があるかい?」

 こちらに質問する隙も与えず、淡々と話しながら淡々と切っている。


 ……どんだけ切ってるの?


 カベッサさんは既に細かく切り刻まれたキャベツを更に切っていた。千切りキャベツはよく聞くがあれはまるで億切りキャベツだ。親でも殺されたのだろう。

 それはともかく、こちらの質問する予定だったことを言われてしまった。一つを除いて。


「はあ、なるほど。理解はしました。じゃあ僕はどこで寝れば?」


 すると、わけが分からないという顔で僕を見た。

「何言ってんのさ? アンタもあの部屋で寝ればいいじゃないか。 他に使える部屋は無いんだから」

 予想外の返事が返ってくる。いや冷静に考えれば当然の事、なのか?


「え、あ、そうですか……」


 普通にきついんだけど。


「ちなみに僕がそうしなかった場合ってどうなります?」


「んー」と言いながら考えている。

「まあ物置で寝ることになるだろうね。埃まみれの」


 埃まみれ?


「古いアルバムの1ページ?」

「……」


 無視された。


「また始まる新しい朝?」

「…………」

「俺たちはまだちっぽけで?」


 キャベツを切る手が止まる。

「うるさいね! 倉庫に住みたいのかいアンタは! それ以上喋るならこのキャベツみたいに千切りにしてするよ!」

「それってつまり……キャベツ太郎……ってコト?!」


 無視された。

 何にしても倉庫に住むのはさすがに困る。あそこはとてもじゃないけど人が住むような場所ではない。……仕方ないけど背に腹はなんとやらか。


「向こうがそれで良ければそうします。けどカベッサさんはいいんですか? さっきのこともあるのに」


 すると、意外そうな顔をした。

「まだ気にしてたのかい? あんたがくしゃみだって言うからあたしは何にも疑ってなかったけどね」

「それにしてはあの茶番長かったような」

「あ?」

 

 睨まれた。これが圧迫面接か。


「とにかく、用が済んだらさっさと戻った戻った。あんたと話してると無駄に時間が過ぎていくんだよ。あたしゃ忙しいってのに」

 そう言ってまたキャベツを切り始めた。それ言うほど忙しいか?


 他に用もなかったので、自分(とエミリーさん)の部屋に戻る事にした。


 ▼









 ▽


 エミリーさんは変わらず部屋にいた。


 それにしても変わらなさすぎでは。部屋を出た時から立っている場所が一ミリも変化していないような気がする。


「それどういう方向性のボケ?」


 エミリーさんはキョトンと首を傾げた。……まあいいか。先に聞いておくべきことがあるんだった。一番重要なことだ。


「僕もこの部屋で生活することについては大丈夫ですか?」

「は、はい。もちろんです。それにそもそもそんなことを言えるような立場ではありませんし」

 ブンブンと首を振りながら頷く。


 もちろんです、か。

 でもいいのだろうか。出会って一日目で同棲なんてこれはもう結婚と言っても過言ではないのでは……?

 その時、発売中止された幻の雑誌『Ultimate Sunshine Over』──通称『USO』のお便りコーナーに書かれていた内容を思い出した。


 Q.同棲は、結婚か食べ物かで言うとどちらですか?

 A.結婚です。

 ”


 という事は、冷静に考えると結婚以外の何物でもない。つまり今の「はい」は結婚しますってことになる。それ以外ありえない。


「つまり……婚約成立?」


 エミリーさん、では無くて彼女は絶妙に微妙な表情でこちらを見ている。照れているらしい。


「とりあえず式はいつにします?」

 笑顔で聞いてみた。将来のことは笑って話したいからだ。


「式……?」

 一方、彼女、では無くて花嫁は『何言ってんだこいつ』って顔をした。照れているらしい。

 焦りすぎないのも結婚生活においては大事なことだ。ここは余裕を持って接してあげるべきだろう。


「分かりました。式の話はまた今度にして。とりあえずエミリーさんはそこのベッドを使ってください。僕は床で寝ることにします」

「そ、そんな! 私が床で寝ますから明谷さんがベッドを使ってください!」

 申し訳なさそうに言う。


「ダメです! エミリーさんにそんなことさせたらロリをペロペロする者たちに殺されるので」


 ロリをペロペロする者たち──通称、ロリペロニスト。世の中には怒らせるとまずい組織はいくつかあるが、その一つはこれだろう。そこら辺のやれ女性軽視だとか言っている集団とは比べ物にならない。彼らが本気になれば全人類をロリコンにすることはそう難しくは無いだろう。


 それと別に理由はもう一つある。

「それに、ここはもうエミリーさんの部屋なんですから気を使わないでください」


 あれ? ていうか名前教えたっけ? あ、カベッサさんに聞いたのか。


「でも、そうは言っても……」


 あたふたあたふた

 そんなやり取りを繰り返していると──

 

 バカ!(効果音)

 突然凄い勢いでドアが開いた。どうせどこかのバカな子だろう。


「ちょっと! 太郎! ばあばから聞いたけどどういうつもりなの! 同じ部屋で寝るだなんて!」


 さっそく騒がしいやつが来てしまった。


「ねー! なーーーーんーーでーーーー! いーーやーーだー!」

 マーシャは床に転がりながら手足をバタバタさせる。エミリーさんも若干引いていた。

 部屋に来るや否やそれし始めるってスピード感すごいなこいつ。いい歳して恥ずかしくないのだろうか?


「そもそも僕が言い出したわけじゃなくてカベッサさんが決めたことだし」

「そうだけどー!」

「それにその話を聞いたんだったら僕の部屋が広さ的に一番マシだからってことも聞いたんでしょ?」

「まあ確かにそうは言ってたけど……」

 ようやくおもちゃを買って貰えない時の幼児の真似をやめてくれた。それでもブーーと口は尖らせているあたり、相変わらず子供っぽい。


「そんな顔してもこればっかりは仕方ないから。ごめんけど納得してくれたならもう戻ってくれない?」

「うー分かった……」

 渋々、承諾する。


「ありがとう。これで今後の結婚生活の邪魔が無くなりますね、エミリーさん」

「え?」

 部屋を出ようとしていたマーシャの動きが止まった。


「え?」

 マイハニーの動きも止まっていた。元から別に動いてはいなかったけど。


「どどど、どういうこと?」

 振り向いて僕を見た。


「どういうことも何も同棲ってそういうことでしょ? それに合意の上だし」

「え? なになになに? 何がどうなってるのこれ?!」


 マーシャは掴みかからんばかりの勢いでエミリーさんの方にかけよる。

「合意って? 嘘だよね? ね!?」

 そのまま両手で肩を前後にグワングワンし始める。……様子がおかしい。大丈夫かこいつ?


 一方、マイワイフもよく分からないという様子ではあるものの、マーシャと比べると随分落ち着いている。明らかにマーシャより年下であるにも関わらずこの落ち着きっぷり。さすがは嫁。


「えっと…………多分そう──」

 頭に手を当てて、悩むように考えている。何をしても美しい。さすがワイマイフ。


「ではない、です」


 その時、僕は言葉を失った。時間は止まり、世界は色を失い、頭は真っ白になった。


 ではない?ではないってつまり何だ?

 知識を総動員させろ。y=ax+bは直線の方程式で、これに当てはめると織田信長=明智光秀が成立する。でも世界のどこかでは今日も争いが起きていて、どうして戦争が無くならないのか子どもに聞かれた時に簡単に答えられる大人はいなくて……ということは──そうか。違うってことか! で何が違うんだ?

 つまり、婚約は成立していない……?


 立つ気力もない。膝から崩れ落ちる。


「弄ばれたのか。純粋な心を……」

「え、待って何が何だか分からない。何この状況助けて」

「私もどういうことか……私のせい……?」


 頭を抱えるマーシャに、泣きそうな顔をしている元嫁。

 こういう状況をなんと言うのだろう。地獄。三者三葉。今はどれでもいい。

 2人のすれ違いコントはあれど、3人のすれ違いなんてあっただろうか。


「あーーーもう無理頭が裂ける! とにかく変なことしちゃダメだからね!」

 何か言いながらマーシャが部屋から出ていった。

 今はそれどころではない。状況を理解しなくては。さしあたって絶対に質問しておかなければならない事がある。


「エミリーさん。ひとつ確認なんですけど……同棲って婚約成立って意味じゃないんですか?」

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