第1話 お前の家燃やすぞ
「ねぇ、大丈夫? 生きてる?」
目を開けると少女がいた。上から見下ろされている。年齢は同じぐらいだろうか。
パチッとした目に、肩より少し高い、首の真ん中辺りまである薄赤色の髪。可愛さと子供のようなヤンチャさが入り交じった、そんな印象を受ける。
美しいと言うよりは可愛いと言う方が似合うタイプだと思った。
.......いや、そうじゃなくない? 誰だこの子は? それに見下ろされている?
身体に力を入れてみる。
そう、お察しの通り。僕の身体は縛られていた。ということもなく。かと言って、まさか今からこの子に襲われるのか!? などというアチチな展開がある訳でもなく。
現実は残酷。ただ寝ていただけらしい。
それにしても、だ。
天気のいい日に草原で空を仰いで寝るとは、少年漫画の主人公様よろしく、随分とかっこいいことをするようになったものだ。
なんて呑気な事を考えながら気持ちよく黄昏ている視界に、鬱陶しく赤色が入っては消え、入っては消えていく。目の前の少女の髪の毛らしい。フワフワ跳ねている。
どうやら「あわわわわわわ」って感じで慌てている。なぜ分かるかというと、だって「あわわわわわわ」って言ってるから。
とりあえず起き上がろう。
「んーえっと? どうしてこんなことに?」
身体を起こそうとすると刺すような頭痛が走る。
「大丈夫!? 今ので記憶飛んだのかな!?」
心配そうに顔をのぞきこんでくる。
「あー多分、大丈夫」
……話を戻そう。何故この物語はこんな始まり方をしてしまったのか。
聞いてみたところ、二人で歩いていたところにどうしてか超鋭利な石が超丁度いい角度で頭頂部に当たってちょっとの間意識を失っていたらしい。
……ラップ?
そんなチェケラな話だが、不思議と納得出来た。何となくそうだったような気がする。普通に考えてそうなわけないんだけど。
話し終えると、女の子は立ち上がった。
どこかに行くのだろうか。それなら僕は記憶が戻るまではこの辺でゆったりと──
「何まだダラダラしてるの? ほら早く行くよ?」
「え」
どうやらどこかに向かう途中だったらしく、無理やり起こされて同行させられる。
僕は今、彼女が言うように記憶が飛んだ状態なのだろう。と言ってもど忘れに近い。少ししたら戻る。こう思えるのには確信に近い理由がある。
「で、さっきまで何の話してたんだっけ?」
その確信の最たるものがこれ。不思議と敬語では無い言葉が出てくる。これが僕にとってのこの人との相応しい距離感なのだろう。
彼女は頭をひねらせた。
「んー? なんだったっけなー。えっとーたしか──」
それにしてもこの少女はすんなりと僕の記憶が飛んだという事実を受け入れているらしい。今もまるで何も無かったかのように平然と話をしている。
普通はそんなあっさり受け入れられるものなのだろうかと思うけど、それをこの人に言っても多分意味が無い。なんかバカっぽいし……
突然、顔を覗き込まれる。
「ねえーちょっと聞いてる? で、なんか今朝この村の入口で倒れてた女の子がいたってAliceが言ってたんだー」
まずい、ほとんど聞いてなかった。適当に返そう。多分バカだからバレない。
「へーそうなんだー。一体どんな人なんだろうねーその人は」
「あー!」
その子が立ち止まった。さすがに適当すぎたか。
「すーぐそうやって女の子に興味示すんだから! このたらしさんめー! 殴るよー?」
笑顔で腕をブンブン回しながら言う。
パワー系ナチュラルサイコパスかな? 犯罪係数がない世界で良かった。
「いやそういう意味じゃなくて。だって倒れてたってなかなかある事じゃないし」
「ふーん、そっか」
どうやら納得してくれたらしい。腕を回すのを止めた。というか本気で殴る気だったの?
「でももし男の人だったらどうだった?」
「そうだなー。まあ興味ないかなーなんちゃって」
とまあ、他の人がやってたらその場で吐いてそのまま吐瀉物をアンダースローで投げつけてやるほどにつまらん冗談を言うぐらいには仲がいいらしい。僕とMashaは。
…………マーシャ?
そうだった。だんだん思い出してきた。マーシャはこの人の名前で、なんだかんだで一年ぐらいこの村で一緒に暮らしている仲だった。
約一年前、憧れの異世界転移したは良いものの、この世界ではお約束の魔法もなければ親の顔より見た俺TUEEEEな展開もない。まるで炭酸の抜けたコーラみたいに退屈なのがこの世界だった。どこぞの格闘漫画なら「オイオイオイ」「死ぬわアイツ」とか言われてそうだが、 とにかくそんな感じだ。
しかし……なぜ忘れていたか不思議なぐらいしっくりくる。
こういう展開は安っぽい小説の状況説明かなんかで見たことがある。色々説明する場を作るのが面倒だからこういう風にして楽したろ的なやつで。そんなんじゃ読者はついてこないんだからね! と皮肉の一つでも言っとくとして、ま、何はともあれ思い出せてよかったよかった。
~完~
「ほらそうじゃん! 結局そういうことなんでしょ……ってなに、どうしたのスッキリした顔して。あ、イった? もしくは逝った?」
目の前の女の子──マーシャはニヤッとしながら僕を見た。
そんな『上手いこと言ってやったわ〜』みたいな顔されても、そのボケ絶対中学生ぐらいまでに賞味期限切れしてるやつだから。
「いや、単純にだんだん思い出してきたってだけ」
そう言うと、びっくりした様子で僕を見た。
「まだ忘れてたの!?」
……こんなやつのこと思い出すべきじゃなかったかもしれない。
「あ、そうだ。ボケ始めてるなら殴ってみる?」
スタバ行く? みたいなノリで殴ろうとしてくるじゃん。怖いから話題変えよ。
「ところで何しにこっちの方向に行ってるんだっけ?」
「何って……いつも通り使えそうな薬草とか取りに来てるんじゃん。え、なに。やっぱもう歳なの? 老いた害なの? 死ぬの?」
「そうかもね(お前の家燃やすぞ)」
家を燃やすか、家を燃やすか、あるいは家を燃やすかで悩んだが、とりあえず頭にチョップをくらわせておくことにした。
「ぐへっ」
痛いはずもないのにマーシャは大袈裟に頭を抑えている。こういう部分が彼女から子供っぽさを感じさせるのだろう。
戯れも程々にしといて。
「じゃあ作業に行こうかね」
マーシャを置いて歩き始める。
「あ、ちょっと置いてかないでよー」
追いついてきたマーシャがどこか心配そうに僕を見た。
「真面目な話、この村で唯一の男の人なんだからバリバリ働いてよ? ばあばにもそういう理由でここに居ることを許されてるんだから」
今、気になることを言ったように聞こえたのは勘違いだろうか。僕がこの村で唯一の男、と言ったように聞こえた。