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島民

 海だった場所を北上してきた。

 広大な海さえも水位を下げてしまっている。


 その御蔭で島から出られたのだから皮肉なものだ。


 クルマに必要な燃料はただの水だけだった。

 貴重な旧文明の遺物らしい。


 だけど枯れた世界では水の方が貴重だ。

 今は海水で代用している。


 その影響で少しずつ調子は悪くなっているが……。


 それでも島に帰るつもりは無い。

 このクルマと行ける所まで生きる。

 それだけだった。



 けれど不安が無かったのも”本島”に入るまでだった。


 もう何時間も走っているが水源どころか人すら見掛けない。

 予想していた以上にこの世界は枯れてしまっているらしい。


 海水が底をつきて、最後の給水をクルマにした。

 空っぽのタンクは邪魔なだけだ、ここに捨てていこう。


 砂の荒野に置いたタンクは、風に吹かれて転がっていった。



「今までありがとな」



 残りの燃料が尽きたなら、俺も同じ跡を辿るだろう。

 恐らく、生き残る事はほぼ不可能だ。


 だからせめて何か最後に見た事ないモノを見たかった。

 その為、風の隙間に見えた建物に引き寄せられたのも当然の成り行きだろう。









「初めましてマイマザー」



 其処に居たのは綺麗な女性だった。


 マイマザー?

 ちょっとよく分からないけど、人が居るのならば都合が良い。



「いきなりすみません、この近くに水源はありませんか?」



 事情を説明するが女性は首を横に振った。



「申し訳ございません、私は長い間ここから出た事が無いのです」



 出た事が無い?

 じゃあ、どうやって生活をしているというのだろう。


 その問いに答える様に女性は自己紹介を始めた。



「私は自律思考AI搭載の人型人形、個体識別名”先絵トドク”と申します」



 自律思考AI?

 人型人形?



「どういう意味ですか?」


「私は機械で作られた人形なのです」


「そん、な……」



 ありえないと思う。

 どう見たって、普通の女性で……。

 いや普通っていうには美しいけれど。



「き、君だけなのか?」


「現在三階に私の御姉様がいらっしゃいます」


「人間は……」


「マイマザーは24日ぶりの御客様になります」



 24日ぶり……。

 その言葉に少しだけ安堵を覚えた。


 この世界にも人が生き残っているという事実。

 島から出なければそれすら分からなかったから。


 不意にトドクと眼が合う。



「あぁ、ごめん。勝手に御邪魔して」


「お気になさらずに。元々は私物の建物ではありませんのでマイマザーには無償で御利用いただいております」



 そう言って手で室内に誘ってくれる。



「そのマイマザーって言うの止めて貰ってもいい、何かこそばゆい」


「かしこまりました。ではなんと御呼び致しましょうか?」


「俺はマオシだ」


「はい、マオシさん。宜しく御願い致します!」


「うん。……ごほっ」



 喋り過ぎたからか、咳き込んでしまう。



「マオシさん?」



 トドクは心配そうな表情を見せた。

 これで機械だとはな……。



「な、何でも無いよ」



 ただちょっと吐血しただけだ。

 手に付いた血を服で拭う。



「……宜しければ二階の部屋でお休みくださいませ」


「あ、あぁ、助かるよ」








 俺は階段を上ると、二階の一室に入った。



「凄いな」



 整然とした部屋に椅子と机、そして寝具まで備え付けられている。

 各部屋に備え付けられているのだろうか。


 座った寝具の柔らかさに和む。

 島じゃ布団すらボロボロだったからなぁ……。



「死に場所には良いのかも知れないな……」



 薄々気付いていた、俺の寿命は長くない。

 父も母も同じ様に吐血して死んでいった。

 まるで汚染された海から離れられなかった罪の様だ。


 目を瞑るとすぐに眠気が襲ってきた。



「眼を開けなかったとしても許してくれよ……」



 ここまで頑張って来たんだから……。

 俺は緩やかな眠りに身を任せた。







 暗闇の中で眼を覚ます。

 どうやらまだ生きている様だった。


 少し目が慣れてきた頃、外からの明かりに釣られてドアを開けた。



「んーなぉ」



 瞬間。



「うわっ!?」



 目の前に現れた生き物に驚いて尻もちをついてしまう。



「……だいじょう……ぶ……?」


「あ、あぁ。驚いただけだから」


「……手を貸す……」


「平気だよ」



 自分で立ち上がって向き直る。

 現れたのは、小動物を抱えた黒髪の少女だった。



「君は?」


「……先絵ヒビク……」


「あぁ、トドクの妹なのか」


「……違うし……」


「え、先絵って」


「……御姉ちゃんだし……」



 あぁ、そういう事か。

 トドクが御姉様と言っていたのを思い出した。



「悪い。それでヒビクはどうしてここに?」


「……起きるのを……待ってた……」


「え、どうして」


「……血があったし……」


「そっか……、ごめん」



 だから最初に大丈夫と訊ねたのか。

 恐らく入り口で咳をした時に血が飛んでしまったのだろう。

 優しい子だと思う。



「……妹にゃんが心配してた……」


「妹にゃん?」


「……妹にゃん……」



 ヒビクは何かを我慢する様にプルプルしている。



「トドクにも謝っておくか」


「……一階に居る……」



 そう言って先を歩き始める。

 その後を追った。







 一階に着くと、声が聞こえてくる。

 何処からかと辺りを見渡すと、透明な仕切りの奥にトドクの姿を見つけた。



「あれは何をしているんだ?」


「……御便りを詠んでる……」


「御便り?」


「……昔使われてた葉書……」



 葉書……。

 トドクはそれを大切そうに掴み上げる。

 近くの機械からそれを詠み上げる声が聴こえてきた。



『聞いてくださいメッセンジャー!』


『はい、聞いていますよリスナーさん!』



 トドクは一人で葉書を読み上げ、それに答えていく。



『先日息子が生まれたんですよ!』


『それはおめでとうございます!』



 過去の話で、恐らく今は生きていない人達の言葉。

 崩壊してしまった時代の葉書。


 それをトドクが詠み上げる事は、この枯れた世界に色を塗っていく行為にも思える。



『最初は自分だけの人生だったはずなのに二人の人生になって、今度は三人の人生に変わっていく。それが凄く嬉しいんです』


『はい、分かります』



 トドクは柔らかな笑みを浮かべていた。



『昔は変わる必要なんて無いと思っていたのに、ただ怯えていただけなのでしょうか』



 その話は、俺にも刺さる言葉だった。



『きっとどちらも大切な事なのだと思います、変わってしまう事も変わらずにある事も。もしかしたらリスナーさんが変わらずに居たから家族になれたのかも知れませんよ! ふふっ』



 島を捨てて一人逃げて来た俺と。

 島に残ると決めた皆。


 もしかしたら、どちらも間違っていなかった。

 そんな事があるのか……?



「何でトドクはこんな事を続けられるんだ」



 誰かの為に過去を詠っている。

 聞いてくれる人が生きているかも分からないのに。



「……訊いて……みる……?」



 トドク本人に、という事か。

 俺の残された命の使い道を、命の無い機械人形に訊いてみるというのは不思議な話だ。



『では次の……』



「……今です……」


「あ、あぁ」



 ヒビクに背を押されて放送室の中に入った。



『マオシさん?』


『あぁ、ごめんヒビク……さんが入っていいって言うから』



 ラジオで誰かが聴くと思うと自然とさん付けで呼んでしまった。



『大丈夫ですよ! 良かったら御掛け下さい!!』



 俺は近くの椅子に腰掛ける。



『もう体調は宜しいのですか?』


『……俺の話を聞いてくれないか?』



 質問の答えも其処にある。



『はい、御伺いいたします』


『ありがとう』



 俺は何処から話すか考えてみる。



『……』



 考えがまとまってなかった。

 それに気付いたのか、トドクが言葉を紡ぐ。



『最初からで大丈夫ですよ』



 そう言ってトドクは薄い笑みを浮かべた。


 驚いた、俺の思考の先に言葉を置いていてくれる。

 まるで道しるべの様に。


 それに応える様に俺は言葉を紡ぎ始めた。



『俺達は魚を獲って生活をしていたんだ……』



 草木が枯れ、船も無くなった小さな島。

 其処に取り残された俺達に、他に生き残る手段が無かった。


 汚染された海が青色に戻るのは早かったらしい。

 けれど海の生物が無害になるにはまだ早すぎたようだ。


 島民の多くは体を悪くして死んでいった。

 魚で飢えを凌いでも先は無く、人は年々減っていった。



『俺はこのまま朽ちて行くのは嫌だと思ったんだ。だから……一人で島を出た』



 誘いに乗る島民は居なかった。

 皆、この島と一生を共にするのだと。



『未来が全く見えないとしても海からは離れて生きられないのは、他の生き方を知らないからだろうか……』


『……』


『それでも俺は、皆も諦めないで欲しかった』



 死なないで欲しかった。



『マオシさんは』



 そんな俺にトドクは言う。



『島の皆様に可能性を見せたかったのですね』


『可能性……?』



 トドクはただ黙って頷く。


 そうなのかも知れない。

 枯れた世界で朽ちていくのを待つだけの皆に。


 動けば、諦めなければ、何かが変わるはずだと伝えたかった。



『けどそれは俺の我がままだな……』



 皆は別にそんな事を望んでいなかった。



『それもきっと大切な事だと思います』


『さっき言ってた、どっちも間違っていないという話と同じか』



 トドクは首を横に振った。



『いいえ、少し違います』


『え……?』


『どちらも”大切な事”なんです』



 そう言って優しく微笑むトドク。

 それは似ている様で違っていた。



『誰かが間違ったから生まれた研究や発明がありました。それを間違っていない理論と化して広めました。それはどちらも大切な事だったと思いませんか?』



 間違ったこそ生まれたモノが存在する。

 けど、それの正しさを証明した人が居た。


 間違いか間違いじゃないか。

 世界はそんな簡単に切り分けられて何かいない。



『間違ってても良いのか……?』


『私はそう思います。だって間違ったという知識を得られるではありませんか』



 照れくさそうな笑みを浮かべたトドクに思わず見惚れてしまった。


 挑戦する事は失敗を重ねる事でもある。

 だけど間違いに怯えて何もしないよりもきっと。


 ……ずっと大切な事なんだな。



『ありがとうトドクさん、答えが見つかった気がするよ』


『……はい!!』



 まるで人の様に、いや人よりも嬉しそうに笑うトドクに。

 命の使い方を教わった気がした。






 次の日の朝。


 御腹が空いて、喉も乾いて、クルマの燃料も底をつきかけている。

 俺の体はボロボロでいつ死んでもおかしくない。


 それでもここを離れると決めた。

 俺の死に場所はここじゃない。


 この先に、ここまで来た証を残す。

 まだ進めるという心を残してみせる。


 ……まぁ、これは残すべきじゃないな。

 入り口に残されていた血の跡を袖で拭いた。



「さて、どっちに向かうかな。せめて近くに集落でもあれば」


「もしかしたらですが、以前サナさん達が物資の交換であちらの方角に向かっていました」



 北よりの方角をトドクが示す。

 ここまで北上してきて、まだ北を目指す事実に笑ってしまう。



「往復の時間から推察するに……」



 残りの燃料は少ない。

 もし其処に何も無ければ、きっと俺は死に絶えるだろう。


 だけど何の不安も無かった。

 もしかしたら”届く”かも知れない。


 俺の体がいつまで持つかは分からないが、それだけで十分だ。



「ありがとう、行ってみるよ」


「はい、また御会いしましょう!」



 それはとても有難い言葉だった。



「あぁ、また。いつか」



 とても有難い約束だった。



「……」


「ヒビクもまたな」



 猫を抱えたままのヒビクに声を掛ける。



「……うん、また……」


「んーなぉ」



 少しだけ笑った顔は子供の様な優しい笑みだった。








 枯れた荒野にクルマを走らせる。

 燃料にした塩水の影響か車体が軋みを上げていた。


 このクルマも俺の体と同じだった。

 だからこそだ。


 お前がまだ走れるなら、俺も行ける。



『私の言葉と皆さんの想い、ちゃんと届きましたか?』



「あぁ、果てまでも届けてみせるさ!」



 そうラジオから聴こえる暖かい声が。

 何度も支え続けてくれていた。



『では次の御便りです!』


御清覧いただきありがとうございます。


今回は”届く”という部分にスポットを当ててみました。


想いが届くと、行動としての届く。


皆様にも届いていたら嬉しいです♪

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