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4. 白い結婚を笑うな!

 


 確かに私からミシュリーに贈ったプレゼントをつけてくれたのは一度きりだった。しかしその理由はロイリーヌに奪われたからじゃないことを知っている。


「わたくしね。やっと気づいたの。グレッグがどれだけわたくしを愛し待っていてくれたかを。今こそあなたの想いに答えてあげなくちゃって思ったのよ」


 あげなくちゃって言われても。

 今まで随分話をダメにしてきたのにまだそんなことが言えるのか。呆れた女だな、と目を細めた。



「グレッグ。あなたの初恋を今こそ成就させましょう。わたくしを妻にする権利をあなたに与えるわ」



 いやいらないし。と叫びたい気持ちを収め、溜め息を吐きたいのをぐっと堪えながら勘違い親子を見据えた。


「ロイリーヌと離縁してミシュリー嬢と結婚しろと?無礼にも程がある話だな」

「な、なんだと?!このミシュリーが嫁いでもいいと言っているんだぞ?!」


 だからなんだよ。こっちは侯爵家だぞ。子爵のくせに何を言っているんだ、と睨み付ければ子爵は赤い顔で視線を泳がせ空気を噛んでいた。


「子爵、あなたはもう少し冷静になった方がいい。この令嬢が我が家に嫁いだとしてあなたの家はどうするんだ?

 ロイリーヌの籍は既に抜けているから継承権はありませんよね?ロイリーヌのことも考えての発言ですか?あなたの娘でしたよね?」


「うぐ、」


「あなた方チェンバース家は誰一人参列しなかったから知らないでしょうが、結婚式には王太子が参列され陛下からもお祝いの言葉をいただいたんです。

 王家の前で誓った言葉を私が違えるわけないでしょう?

 それにこれでも私は愛妻家で通っているんです。赤の他人であるあなた方にとやかく言われる筋合いはない」


 自分で言うのはやはり気恥ずかしいがそう振る舞ってはきた。ロイリーヌに信じてもらうために行動で示してきただけだ。

 信じてもらえるようになったかはまだわからないが。



「だ、だが、参列できなかったのはそもそもロイリーヌのせいで」

「招待状は私が送った。アッシャード侯爵家に対してろくな理由もなく、代理も立てずに欠席することがどれだけ無礼なことかあなたはわかっているのか?」

「いや、でも、ロイリーヌは私の大切な娘を苛めるから……」


 馬鹿馬鹿しい、と嘆息を吐いた。守るべきものが子爵家の矜持よりもミシュリーの方が上だとでもいうのだろうか。

 親子としては素晴らしい絆かもしれないが貴族としては終わっているし、籍を抜いてもロイリーヌは血が繋がっている娘だ。何故上辺だけでも祝うことができない?


 こいつらは一体何を考えているんだ?と頭を痛めていると「愛妻家っ」とミシュリーが鼻で笑った。



「そう見せかけているだけでしょう?お姉様の浪費癖なんてアッシャード家にとって醜聞だもの。それにわたくし、知ってるのよ?」


「……何をだ?」



「あなた達は『白い結婚』なのでしょう?」



 何で知っているんだ、と僅かばかり動揺すれば子爵もニヤニヤとしたり顔で乗ってきた。


「お気持ちはわかりますよ。あれは女としての魅力などなにひとつない骨と皮の亡者ですから。同じ屋根の下にいると思うだけで不気味で不気味で…!

 あの黒髪も誰に似たのだか!そんな者に手をつけるなど高貴なアッシャード家次期当主にあってはならない!そんなことをすればのあなたの手も血も汚れるだけ……」


 鼻持ちならない子爵にドン!とテーブルを叩けば彼は目を丸くして此方を見た。

 そんな姿にロイリーヌを変えたのは貴様らのせいだろうが!



「それは誰の話かな?ロイリーヌの話だと聞いて入れてやったが別人の話をしているようだ。セバスチャン、話は終わった。この者達はお帰りになる。準備を」


 引き吊りそうになる顔をなんとか保ちながら執事に声をかけると執事の顔が怒りに歪んでいた。というか私よりも怒っていて驚いた。いや、顔に出してはダメだろう?


 応接室に入ってきた屈強な従者達も元々厳ついが苛立っている雰囲気をビシバシ感じる。結婚する前、少しの間だがここで過ごしていたからそれなりに仲良くなっていたのだろう。


 自分を止めてもらうつもりが私がこの者達を止めなくてはならないのかもしれない、と気付きそれは無理があるな、と思った。



 使用人達のプレッシャーに恐れ戦いた子爵は慌ててグレッグに縋るようにテーブルに手をついた。

 汗まみれの手で触れるなよ。後で滅菌と掃除を徹底しなくちゃいけないじゃないか。


「お、お待ちください!ロイリーヌは阿婆擦れと言われた悪女!悪女なのですよ!?

 今まではミシュリーのためだったから醜聞もこの程度ですみましたが、ミシュリーを選ばなかったとなれば社交界でどんな噂が飛び交うか!」


 この程度。自分達が広めていたくせによく口が回るものだ。舐められたものだな、と足を組み尊大な態度で子爵を睨み付けた。


「噂したい者はすればいい。王子の側近でありアッシャード侯爵家にたてつける者は早々いないと思うが……子爵はその者を知っているのか?

 だったら教えていただこう。アッシャード家に睨まれても平気なのだろうからな」


「そ、それは……」


 言えないよな。そんなことをすれば確実にチェンバース家から人が離れ孤立する。

 大抵の者は噂は好きだが本意ではない。我が家に逆らう程の話でもないのに本気で取り合う者なんて誰もいない。

 特に落ち目となった子爵家を後押しする者などたかが知れている。


 冷やかな顔で見やれば子爵は尻すぼみになり肩も竦め小さくなった。小心者はミシュリーに誑かされて正しいものを見誤ったのだろう。

 もう少し父親としての自覚と貴族としての度量があれば幾らかマシだったが、それもすべてロイリーヌ任せにした。そのツケが今回ってきたのだ。


「それから我が妻、アッシャード侯爵夫人は骨と皮の亡者ではないし『黒髪』でもない。

 以前は何処かで()()()()()()()()()()()ようだったが、貴族として当たり前の食事、当たり前の仕事、当たり前の睡眠、当たり前の生活をするようになってとても健康的になったぞ。

 私も家の者も領民すらも『亡者』などという頓珍漢なことを言う者はいない。皆礼儀を弁えているからな」


 暗に子爵達はアッシャード侯爵夫人に対して礼儀がないな、と言ってやるとミシュリーが顔を赤くして立ち上がった。



「あの女、約束を破ったわね……!」



 悪魔も逃げ出すような形相に内心驚いたが、執事達に目配せしてもう少し待つように指示した。


「約束、とは?」


「あの髪よ!幽鬼のような真っ白で不気味な色なのよ?!あれを見てもなんとも思わないの?!あんな色家族に誰一人いなかったわ!」


「真っ白じゃない、ピンクブロンドだ。確かにあなたよりは色素が薄いが子爵がブロンドで子爵夫人はピンクだろう?それに似た色なのになぜ迫害する必要がある?」


「似てなんかいないわ!だってお姉様の髪があんな色だからチェンバース家は不幸になったのよ?!

 あの淫売な悪女のせいでわたくしがどんな目に遭ったかグレッグならわかるでしょう?!」


「家では女王気取りでミシュリー嬢を苛め、どこの誰かもわからない男を連れ込み、私物も贈り物もすべて奪われる、だったか?」


「そうよ!」



「それはロイリーヌではなかったが?」



 苛められていたのも私物も贈り物も部屋すらも奪われていたのはロイリーヌだ。

 知っているんだぞ、と睨めばミシュリーは歯軋りをし手を振り上げた。しかし身動いだ従者達に気付き手を下ろした。


 しかし言いたいことは我慢できなかったようで心底同情するような憂いた顔でグレッグを見つめ溜め息を零した。



「グレッグ。あなた、お姉様の言葉に毒されてしまったのね。可哀想に。でも抵抗しているから『白い結婚』を続けているのでしょう?

 知ってる?お姉様は誰とでも寝るのよ?その数は計り知れないわ。

 家にいた頃だってベッドではなく納屋で家の下男と汚らしい声をあげて抱きあっていたもの。別の日は業者を連れ込み応接室で」


「恥ずかしげもなくよくそんな話ができるな。話はそれだけか?ならばさっさと帰ってくれ」



 声のトーンが下がったことにミシュリーも気づいたのか顔が強張った。しかし苛立ちを抑えられないのか負けずに噛みついてきた。


「そんなことを言っていいの?この噂が広がれば」

「言いたければ言えばいい。その時は正式にチェンバース家を名誉毀損で訴える」


「は?何言ってるの?名誉を傷つけられたのはわたくしの家で」


「どうせまた〝悪女のロイリーヌが〟と言いふらすのだろう?それであなた達は被害者気取りで同情を集めるのだろうな。

 満足すればロイリーヌを修道院にでも入れるのか?それともまた暴力を振るって力ずくで言うことを聞かせるつもりか?まあ、どちらにしても関係ない話だがな」


「関係あるわ!ロイリーヌお姉様はわたくし達の家族で」


「既に籍は抜かれ縁が切れている。赤の他人の悪評を、いや濡れ衣を垂れ流すのだ。しかも噂の名前はアッシャード侯爵夫人と同じ名だ。

 謂れなき悪意を噂するとなればこちらとて黙ってはいない」


 高位だからこそ気にせずともいい話もあるが、使う時は徹底的に使っていいと父から許可を得ている。

 それにこれ以上ロイリーヌが傷つく姿は見たくない。私もロイリーヌの下品な噂など聞きたくなかった。


 今までは放置してやったが次はないぞ、と脅してやれば子爵は震え上がった。執事や従者達の睨みも利いているのだろう。



「それからいい加減私の妻を悪女だのなんだの、呼び捨てにするのは止めていただこう。彼女はもう侯爵夫人だ。いくら『元』家族とはいえ敬意をはらいたまえ」


 その件について深掘りすればチェンバース家でのロイリーヌの扱いも表沙汰にできるだろう。

 ミシュリー達がロイリーヌの下世話な噂をばら蒔けば、此方はチェンバース家の実情を公表するぞ、と暗に含めた。放っておいても落ちぶれるだろうが死期を早めたいのか?と子爵を見れば悟ったように大人しくなった。


 ミシュリーはというと。



「……な、何よ何よ何よ!!何でお姉様ばかり!わたくしだって高貴な家に嫁いで幸せになりたいのに!」


「……」


「あんな傷物が侯爵夫人なんておかしいわ!そうよ!グレッグ、わたくしと協力してあの悪女を毒殺しましょう!そうすれば問題なくわたくしを妻にできるわ!」



「そこまでだ。チェンバース子爵令嬢」



 ドアを開け放った第三者に一斉に視線が向けられた。そこに立っていた紳士はチェンバース親子を一瞥すると此方を向いて朗らかに微笑んだ。


「ようこそ。ディンバー伯爵」


 殺伐とした空気を一気に消したグレッグも笑顔で対応し握手した。元々今日は彼と会う予定だったのだ。


「お邪魔だったかな?」

「いえ、時間通りですよ。彼らはロイリーヌのことで話があるというから()()()()入れただけなので」


 先触れなく来たのはあちらなので、と子爵らを冷ややかな目で見ればディンバー伯爵は興味津々、といった体で子爵らに向き直った。



「ほう。()()()ロイリーヌの話ですか。いい話なら是非とも聞いてみたいな」


「わ、我が娘……?」


 思ってもみない話に子爵もミシュリーも驚いた顔をした。

 それはそうだろう。チェンバース家に漏れないように内々にロイリーヌを養女にしてもらったのだから。

 折を見て告知してやろうと思ったが今日がそうらしい。ディンバー伯爵の目がとても輝いている。


「ええ。我が家には娘がいなくてね。養女なのだがこれがまたよくできた娘なんだ!中でも領地経営の知識が豊富で今年の災害対策は大いに役にたったよ」


「ロイリーヌも喜びます。ああ、そういえばチェンバース子爵領も毎年この災害に遭っていませんでしたか?」


「そうなのかい?隣の領地なのにそんな話聞かなかったなぁ。情報交換をしてくれれば困った時に助け合いもできただろうに」


「まったくその通りですね」


 チェンバース家の領地経営はほぼロイリーヌに押し付けていて子爵はサインするだけだからそんな災害があったことすら知らなかったのだろう。

 知っていたとしてもポカンとした顔を見れば書類をろくに見ていなかったのは一目瞭然だ。


 後で悔いるがいい、と従者達に目で指示すればあっという間にチェンバース親子を囲んだ。






読んでいただきありがとうございます。

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