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08 夫の様子がおかしい2


 侍女が入れてくれたお茶を飲みながら、シャルロットはこの三日間の出来事を思い返してみた。

 ジェラートは徹夜した様子で毎朝出迎えてくれるが、異変はそれだけではない。

 伯爵家と宮殿を往復する際の護衛騎士が日に日に増えるし、伯爵家の敷地にもなぜか、ジェラート直属の近衛が派遣されてきた。


 この国は、王太子妃が夜に実家へ帰っても問題ないほど治安が良いのに、この警備の厚さは正直に言って異常。

 何か、事件が起こっていると思うべきだろう。

 弟のクラフティもそう判断したので現在、伯爵家は厳戒態勢が敷かれている。猫一匹たりとも、伯爵家の敷地に入るのは難しい状態だ。


「あなた方も、少し調べてくれないかしら。状況次第では、私も宮殿での生活に戻らなければならないわ」

「かしこまりました、王太子妃様!」


(これで少しは、状況が掴めるとよいのだけれど……)


 調査は侍女に任せ、次にシャルロットは聖女が住まう宮殿からの書類に目を通した。


 現在の聖女マドレーヌは、先々代国王の正妃。先々代国王はすでに崩御しているが、マドレーヌは八十三歳となった今でも健在だ。

 王宮の敷地内の最も北にひっそりと建てられた、小さな宮殿に住んでいる。

 マドレーヌは毎日のように北の山脈を眺め、山脈の麓にある故郷に『帰りたい』と願いながら、日々を過ごしていた。


 そんな聖女の宮殿の管理を、今はシャルロットが任されている。


「聖女様は、健診の結果も問題なかったようね。この様子なら、誕生祭は予定どおりに開催できそうだわ」

「本宮のほうでも、準備が着々と進んでいるようですわ」


 もうすぐマドレーヌの、八十四歳の誕生日がやってくる。

 この国では聖女の誕生日を『聖女誕生祭』として大々的に祝うのが習わし。国中でお祭りが開かれ、その日は祝日となっている。

 七十歳の誕生日までは、聖女によるパレードなども行われていたが、今は聖女の体調を重視して、本人が出席する行事は王宮内での宴のみとなっていた。


 その準備も滞りなく進んでいるようだが、侍女たちは気遣うような視線をシャルロットに向けてくる。

 自分の侍女たちにそんな顔をさせてしまい、シャルロットは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「ごめんなさい。今年もあなたたちには、肩身の狭い思いをさせてしまったわね」

「とんでもないことでございます! 私たちは王太子妃様の補佐をするのが仕事ですもの。――ただ、王太子妃様のお気持ちを考えますと……」


 聖女誕生祭の準備に関わるのは大変な名誉であり、本来ならば主催する王妃に補佐として呼ばれるはずだが。シャルロットはこれまで一度も、準備に呼ばれたことがない。

 傍から見ると、王妃との間に軋轢があるように見えかねない状況。だが実際は、王妃の過剰な配慮によるものだった。


 王妃は、ジェラートがなかなか結婚しないことに業を煮やしていたが、息子がやっと結婚したかと思えば、今度は世継ぎが生まれない。

 その理由をシャルロットに押し付けるほど、王妃は愚かな人物ではなかった。

 『不甲斐ない息子で申し訳ない』と、シャルロットに謝り『負担はかけないから、どうか離婚しないで』と、配慮するくらいには優しい姑。

 しかしその優しさが過剰なあまり、シャルロットは王太子妃としての役目をあまり与えてもらえず、冷遇されているように見えるのだ。

 聖女宮の管理も、シャルロットが願ってやっと得た仕事だった。


「私は、王妃様のご好意を素直に受け取るわ。楽をできるうちは、させてもらいましょう」


 どのみち、シャルロットは離婚を望んでいる。いまさら必死になる必要もない。一年以内には、侍女たちもこの環境から開放してあげられるはずだ。




 その夜。晩餐終了後に、シャルロットは帰宅するために玄関へ向かったが、今日もジェラートは後ろをついてくる。

 『ついてくる』という表現が合っているかは少し疑問でもあるが、とにかく夫がシャルロットとともに玄関へと向かうのは、今日で四日目。


 玄関の脇では、今日もフランや補佐官たちが会議をするための準備をしている。シャルロットを護衛する騎士も待機しており、物々しい雰囲気だ。


(今夜は護衛が、十名もいるわ……)


 本当になにか、危険が迫っているのだろうか。こんな状況で自分の事情を押し通すのが申し訳なく感じてきたシャルロットは、直接事情を聞いてみようと思い、後ろにいるジェラートに振り返った。

 一瞬だけ目が合ったが、すぐに逸らされる。それはいつものことなので、構わずシャルロットは事情を尋ねようとしたが、先に口を開いたのはジェラートだった。


「気をつ…………」

「え?」

「気を……ール領の状況はどうなっている?」


 突然、ジェラートは大股でフランの元へと向かう。シャルロットに用事があったわけではなかったようだ。


(キオール領は国境に接する領地よ。そこでの問題を、わざわざ玄関で話し合っているの?)


 シャルロットはますます事情がわからなくなったが、騎士に馬車へ乗るよう促されたので、今日のところは帰ったほうが良さそうだ。


「お気をつけて、お帰りくださいませ。王太子妃様」

「皆も、ゆっくり休んでね」


 宮殿に残す侍女たちも、今の発言は聞いたはず。明日にでもキオール領について調べてもらおうと思いつつ、シャルロットは馬車へと乗り込んだ。


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