ツリーの下で
この世界にも、クリスマスと似た行事がある。
針葉樹に自分の願いを込めたオーナメントを飾り付けたり、親しい者同士で贈り物をし合ったりする。当日は教会にてミサがおこなわれ、この世に生まれたことを神に感謝するのだ。
今年は、新たな聖女となったショコラによって、王都の大聖堂でも大規模なミサがおこなわれた。
シャルロットとジェラートも初めて一緒に、そのミサに参加した。
こういった行事への参加は王族の義務ではあるが、これまでジェラートは聖女探しを理由にいつもこの時期は地方へと旅立っていた。シャルロットはいつも寂しさを抱えつつ一人でミサへ参加し、夜は先代聖女であるマドレーヌと過ごしていた。
「ジェラート様と一緒に飾り付けするのは、初めてですわね」
ミサの帰り。宮殿内の庭園に植わっている針葉樹に雪だるまのオーナメントを飾りつけたシャルロットは、嬉しそうにジェラートへと視線を向けた。
ちなみに今日のシャルロットも、ふわもこ雲ひつじの毛で作ったコートや手袋などを身に着けており、どちらが飾りかわからない丸いフォルムとなっている。
こんな日はとびきりオシャレをしてジェラートと庭園を散歩したかったが、今のジェラートが求めるのは美しく着飾った妻よりも、温かく安静にしている妻なので仕方ない。
「今までは、寂しい思いをさせてしまっただろうか……」
急に、捨てられた子犬のようにシュンっとなってしまったジェラートは、この時期に聖女探しへ出かけていたことを気にしていたようだ。
「寂しくなかったと言えば嘘になりますが、ジェラート様には大切なお役目があったのですもの。仕方ありませんわ」
「役目もあったが、この日ばかりはシャルに家族と過ごしてほしいと思っていたんだ。俺がいると、夫婦の義務が邪魔をするから……」
今日この日は、生まれた事への感謝を神に祈りながら、大切な家族と過ごす日。ジェラートは大切なこの日を、愛する妻と過ごすよりも、妻が喜ぶであろう選択をしていたようだ。結局、シャルロットには伝わっておらず、実家に帰る選択はしなかったのだが。
(そういえば毎年フランが、実家に帰るよう勧めてくれたわね……)
毎年この時期にジェラートがいなかったことに、そのような理由があったとは。シャルロットは驚きつつも、またも夫の不器用な一面を知って嬉しくなる。ジェラートの不器用さは、シャルロットへの愛情の裏返しだ。真実を知るたびに、シャルロットの寂しかった日々が、幸せに塗り替えられる。
シャルロットは手袋を外してから、両手で夫の頬をぺたりと挟んだ。ほかほか状態であるシャルロットの手とは正反対に、ジェラートの頬はひんやりと冷たい。
「ジェラート様のお気持ちは嬉しいですが、私にとって一番大切な家族はジェラート様ですわ。これからは毎年、大好きなジェラート様と一緒に過ごしたいです」
ジェラートの頬は、シャルロットの手の体温によってか、はたまた違う理由によってかわからないが、瞬く間に熱を帯びていく。
「これからは必ず、シャルと過ごすと誓う。シャルが嫌だと言っても、もう誰にも譲る気はない」
そう宣言したジェラートは、情熱的な視線でシャルロットに向けて顔を近づけてきた。
夫の頬に触れているせいで、傍から見ればシャルロットが催促しているようにみえるだろう。
悪女的シチュエーションも悪くないと思いながら、シャルロットは夫のキスを待った。が、ジェラートはなぜか途中で動きを止める。
「今日は……、シャルからしてほしい」
「えっ!」
こういったことに関しては、悪女の出る幕がないほどジェラートは積極的だったので、シャルロットからするなど初めてのことだ。
動揺したシャルロットは、夫の頬から手を離しそうになるが、それを阻止するようにジェラートに両手を押さえられる。
「嫌……か?」
捨てられて不安そうな子犬のように見つめられては、シャルロットも覚悟を決めるしかない。
「いっ嫌ではございませんわ! もちろん、させていただきます!」
(こんな時のための悪女よ! やりきって見せるわ!)
悪女心を総動員させたシャルロットは、意を決して背伸びをし、夫の唇に触れた。
すぐにシャルロットの腰に、ジェラートの腕が回る。
感情が高ぶったというよりは、シャルロットがよろけないよう、がっちりと固定して支えているに等しい。
このような場面でも、夫は過保護で心配性なのだ。
そんな夫の優しさに幸せを感じたシャルロットは、誰よりもこの日の素敵な贈り物を受け取った気分になれた。
クリスマスっぽいSSでした。お読みくださりありがとうございます!