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可愛いカカオ2


 一方。カカオは、王都周辺の街を点々としていた。

 ショコラの居場所を完全に感知できたカカオは、身体を大きくさせて森の中を突っ切り、一晩でハット家の領地から王都周辺までやってきた。けれど、ここから先は聖女の力が強くて入り込めそうにない。どこかに力の弱い場所はないかと探し回っていたのだ。


 今日も王都に入れそうな場所は見つからない。ショコラが作ってくれた大きなカボチャのぬいぐるみを咥えながら、カカオはとぼとぼと街の中を歩いていた。


 そろそろお腹が空いた。お肉屋さんの前で立ち止まったカカオは、つやつやに輝くお肉を羨ましそうに眺めていた。

 するとそこへ、店の女将さんが店先に顔を出す。


「まぁまぁ! なんて可愛いワンちゃんなのかね! 今、お肉を分けてあげるから待っておいで!」

「キャン!」


 カカオは、カボチャのぬいぐるみをポロっと落としながら、元気よく返事をした。お気に入りのぬいぐるみなので、すかさず咥え直す。

 期待を込めて尻尾をフリフリしながら待っていると、女将さんは大きな骨付き肉を持ってきてくれた。


「ほ~ら、美味しいお肉を食べさせてあげるよ。その代わりと言っちゃぁなんだけど、お前さんの毛を触らせてくれないかね」


 女将さんは地面にお肉を乗せたお皿を置くと、手を空中でわしゃわしゃさせながら、カカオに頼み込んだ。


「キャン! キャン!」


 お肉が食べられるなら、毛を触られるくらいお安い御用である。カカオはまた、カボチャのぬいぐるみをポロっと落としながら返事をすると、お肉にかぶりつき始めた。


 女将さんが、カカオのフサフサな毛を堪能していると、お肉屋さんの隣にある八百屋さんの店主が、店先に出てきた。


「女将さん! その可愛い生き物はなんだい? 俺にも触らせてくれよ!」

「お前さんまさか、タダで触ろうって気じゃないだろうね。このフサフサに触りたければ、貢ぎ物を持ってこのワンちゃんにお願いするんだね」

「貢ぎ物って言ったって、うちに肉はないしな……。おっ? このワンコロ、カボチャのぬいぐるみを持ってるぞ。カボチャが好きなのか?」

「キャン!」


 カカオにとってお肉は主食だが、カボチャはデザートだ。


「よ~し! ほっくほくのカボチャを茹でてくるから、待っていてくれよ!」

「キャン!」


 ハット家の領地で使用人達にもてはやされていたカカオは、お利口にしていれば皆が可愛がってくれると学んでいた。

 ほっくほくのカボチャも食べさせてもらい、二人に撫でまわされて気持ちよくなったカカオは、温かい日差しも相まってウトウトとし始める。

 カボチャのぬいぐるみを枕にしながら目を閉じていると突然、ずるっと、ぬいぐるみが引き剥がされた。


「わ~なんだこれ!」

「このチビ、カボチャのぬいぐるみなんて持ってるぞ~!」

「犬のくせに、生意気だな!」


 近所の悪ガキ風情のちびっ子達が、カカオからぬいぐるみを取り上げて遊び出したのだ。


「お前さん達、お止め! そのぬいぐるみはこの子の大切なものだよ!」

「そうだぞガキんちょども! この子に返してやれ!」

「や~だね!」


 女将さんと店主が注意するも、ちびっ子たちはからかうようにカボチャのぬいぐるみを投げ合う。


 そのカボチャのぬいぐるみは、ショコラが手作りしてくれた大切なプレゼントだ。乱雑に扱われて怒りが湧いたカカオは「キャンキャンキャン!」と、ちびっ子達に向かって吠え立てる。


「わ~! こいつ怒ったぞ~!」

「返してほしかったら、ここまでおいで~!」


 一斉に広場へと走り出したちびっ子達。カカオは必死にその後を追う。広場の噴水へと到着したびっ子の一人は、カボチャのぬいぐるみを噴水へと突き出した。


「ぬいぐるみを落とされたくなければ、俺のペットになれよ!」


 ちびっ子はもう片方の手を、空中でわしゃわしゃさせる。なんだかんだ言って、彼もカカオのフサフサに触りたいのだ。

 しかしカカオは、そのような一方的な要求など到底受け入れられない。

 あのぬいぐるみがずぶ濡れになり、ショコラが悲しむ姿を想像したカカオは、怒りが頂点に達する。


 もふっ。もふっ。と、身体が膨張し始めたカカオは、あっという間に成人男性の身長よりも巨大化してしまった。


「まっ、まっ、まっ魔獣だぁ~~~!」

「逃げろ~~~!」


 王都の近くで、これほど大きな魔獣が出没するなどほぼ無い。恐怖に駆られたちびっ子達は、かぼちゃのぬいぐるみを地面に投げ捨てると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 すぐさまぬいぐるみを咥えたカカオは、無事に取り返せたことに安堵する。しかし、その安堵も束の間。辺りはすぐに大騒ぎとなった。

 魔獣らしい姿を見せてしまったからには、もうこの街にはいられない。警備隊が走ってこちらへやってくる姿を捉えたカカオは、商店の屋根へと飛び上り、屋根伝いに移動して近くの林へと逃げ込んだ。




 一方、王宮でも問題が発生していた。


「シャルは駄目だ」

「嫌ですわ。私も、絶対に行きたいですっ」


 すでにショコラとクラフティは、作戦決行のために外へと出て行ったが、シャルロットだけが足止めを食らっていた。

 過保護なジェラートが、頑なにシャルロットの外出を拒む。あれよあれよという間に、シャルロットは夫婦の寝室へと戻されてしまったのだ。


「外は寒いし、危険だ。お願いだから、部屋でおとなしくしていてくれ」


 部屋に入るなりジェラートは、捨てられた子犬のような目でシャルロットを見つめてきた。可愛い夫の願いは叶えたいが、シャルロットにも譲れない一線がある。今のシャルロットは、どうしてもカカオのフサフサに触れなければ気が済まない。


「妊娠中は心が不安定になりがちですもの……。カカオのフサフサに触ったら、きっとリラックスできますわ」

「だからといって、危険を冒す必要はないだろう……」


 妻の不安さえも自分が癒したいのが、ジェラートの願い。他人にその役目を奪われたくはないし、ましてや動物に奪われるなど屈辱的だ。

 けれど妻の願いを叶えられるのも、自分一人であってほしい。

 ジェラートは自分自身の欲と欲のせめぎ合いに、いつも苦しんでいる。


「そうだわ。ジェラート様、少しお待ちくださいませ」


 シャルロットは思いついたように、衣装部屋へと入っていった。しばらくして彼女は、一着のコートを持って戻ってくる。


「ふふ。ジェラート様、見てくださいませ。こちらは、ジェラート様がくださったふわもこ雲ひつじの毛で作ったコートですわ」


 シャルロットに似合うと思い、ジェラートが贈ったふわもこ雲ひつじの毛。ジェラートの願望どおり、シャルロットはその毛でコートを作ってくれたようだ。

 彼女の愛らしさを強調するように、ふわふわでエレガントなデザインに仕上がっている。このコートを着て、可愛く微笑むシャルロットの姿を想像していると、現実の彼女は意味ありげに笑みを浮かべた。


「こちらを着用した私を、見たくありませんか?」

「……っ。ずるいぞ、シャル……」

「ふふ。私は悪女ですもの、目的のためでしたら何でもしますわ」


 それにジェラートが過保護すぎて、せっかくのコートを着るチャンスがなかなかやってこないのだ。シャルロットとしても、はやくジェラートに見せたくて仕方ない。


 期待を込めてシャルロットは、夫を見つめる。

 重大な決断でもするかのように悩みに悩んだジェラートは、とうとう首を縦に振ったのだった。




 王宮の門の前ではすでに、ショコラが聖女の力を弱めるためのお祈りを捧げていた。

 門から見える大通りには、人の気配はない。ジェラートの指示により、大通りは封鎖されている。この道に満たされている聖女の力だけを、ショコラは弱めようとしているのだ。

 繊細なコントロールが求められるようなので、シャルロット達は少し離れたところでショコラを見守っている。


「……ところで、姉様。その雪だるまみたいな恰好は何ですか……?」

「ここへ来るためには、仕方なかったのよ……」


 弟は、至極妥当な例えをする。

 コートだけでは足りないと判断したジェラートにより、シャルロットは帽子とマフラーと手袋まで身に付けさせられていた。それらもコートと同様に、ふわもこ雲ひつじの毛で作られている。よって今のシャルロットは、真っ白でふわふわもこもこの状態になっていた。


「シャル。思ったのだが、カカオをなでるよりもシャルをなでたほうが、癒し効果が高いのではないか?」


 雪だるまと呼ばれている妻をじっくりと見つめながら、ジェラートは真面目な表情でそう提案した。

 そしてシャルロットの帽子をなではじめたジェラートは、すぐに顔が緩み始める。本人の言うとおり、癒し効果はあるようだ。


「ふふ。これはジェラート様専用ですわ。私自身には別の癒しが必要です」

「確かにこれは、俺専用だな」


 ジェラートはふわもこを堪能するように、ぎゅっとシャルロットに抱きつく。

 王太子夫婦は門の前で堂々とイチャつき始めたが、最近の王宮では割と見慣れた光景だったりする。


 愚兄は相変わらず愚かだと思いながら、クラフティは二人を横目に見た。けれど昔の冷え切った愚かさよりも、今の暑苦しい愚かさのほうがずっと良い。


「あっ! 姉様、見てください! 通りの奥のほうで動きがあったみたいですよ」


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