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可愛いカカオ1


 シャルロットとジェラートとの間に、新たな命を授かってから約五か月。シャルロットのお腹のふくらみとともに、周りの環境も変化していた。


 弟のクラフティは着々と準備を進めて、ショコラとの婚約式に漕ぎつけた。

 プロポーズの言葉は、『ショコラとカカオを、一生をかけて幸せにしたい』だったのだとか。

 小説でのショコラにとって絶対的な一番はカカオだったので、弟は良い選択をしたとシャルロットは思っている。


 ちなみに結婚のオプションとして『シャルロットの本当の妹になれる』という事実も、ショコラにとっては大きな魅力だったらしい。

 シャルロットにとっては、シスコンな兄弟が二人に増える形となるようだ。


 何はともあれ王太子夫婦と聖女に、立て続けに良い知らせがあったので、国中がお祝いムードとなっている。誰もが国の明るい未来に、期待を膨らませていた。



 そんなある日。

 シャルロットとショコラは、温室でお茶を楽しんでいた。

 ここ最近はめっきり寒くなってきたので、シャルロットはジェラートから外出禁止令が出されている。ジェラートは妻とお腹の子が心配でならないようで、過保護が加速しているのだ。


「シャルお姉ちゃんの子は、だいぶ生命力が強くなってきたみたいです」

「まぁ、本当ですか? 順調に育ってくれているようで嬉しいですわ。お腹を蹴ってくれるのも、もうすぐかしら」


 先代聖女のマドレーヌは、シャルロットに兆候が見られる前から生命を感知できていたが、新米聖女のショコラは先月やっと、シャルロットの子を認識することができた。

 練習とばかりに、毎日のようにシャルロットのお腹を観察してくるので、シャルロットは子供とショコラ両方の成長を楽しんで見守っている。


「ところで、身体から漏れ出ている聖女の力を抑える練習のほうは、いかがですか?」

「この前、神官さんにも見てもらったんですけど、上手く抑えられるようになっているみたいです。これを心がけることで、効率よく大陸中に力を満たすこともできるみたいなんです」

「それなら予定より早く、カカオに会いに行けそうですわね」

「はい! 早くカカオを抱きしめたいです」


 ショコラは愛らしいカカオを思い出しているのか、空中で両手をわしゃわしゃし始める。


「カカオは本当に可愛いですものね。私も会いたいですわ」


 あのフサフサを思い出したシャルロットも、自然と空中で両手をわしゃわしゃしてしまう。

 二人そろって怪しい動きをしていると、突然、温室の扉が開かれた。


「大変です! 姉様、ショコラ……って、お二人で何をしているんですか……」


 焦った様子で部屋に入ってきたクラフティは、二人の怪しい儀式のようなものを目にして、唖然とする。

 婚約者にこんな姿を見せてしまったショコラは、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「気にしないでクラフティ……。それより、どうかしたの?」


 シャルロットがそう尋ねると、クラフティは再び焦ったような表情を浮かべて、うつむいているショコラに視線を向ける。


「それが……。カカオが、行方不明になってしまったんです」

「なんですって! どういうことなの、クラフくん!」


 驚いて立ち上がったショコラは、不安に満ちた表情でクラフティのもとへと駆け寄った。


「僕が三日前に会いに行って、ショコラが作ったカボチャのぬいぐるみを渡した後、行方不明になったらしいんだ。ごめんね、ショコラ……。僕が頻繁にカカオの元へ会いに行ったせいで、余計にカカオがショコラを寂しく思ったのかもしれない……」

「クラフくんのせいじゃないわ。カカオはお利口だから、何度か贈り物を渡しているうちに、匂いで私の居場所の目途がついたんだと思うの。だから気に病まないで」


 ショコラに頭をなでられて、クラフティは蕩けたほうな表情を浮かべている。

 今までは姉にしか見せたことがない、その表情。シャルロットは弟の成長を嬉しく思いながらも、見てはいけない気がして視線をそらす。そして、カカオについて考え込んだ。


「クラフティに会った後に領地を出たなら、カカオならもう王都周辺に来ているかもしれないわね」

「王都は聖女の力が強いので、中までは入って来られないはずです。僕、今から郊外を探してきます!」


 部屋を出て行こうとするクラフティの腕を、ショコラは掴んで引き留めた。


「待って、クラフくん。私、カカオが王宮まで来られるように、力を弱めるわ!」

「そんなことが、できるのですか?」


 驚いたシャルロットがそう尋ねると、ショコラは真剣にうなずく。しかし、その決意を諭すようにクラフティが、ショコラの肩に手を乗せた。


「ショコラ……。気持ちはわかるけど、それだと王都が危険に晒されてしまうよ」

「でも……」


 地方に住んでいたショコラなら、魔獣を目にする機会もそれなりにあっただろうが、王都の人達は魔獣に慣れていない。害の少ない魔獣が一匹現れただけでも大騒ぎになることを、彼女は知らないのだろう。


 けれどこのままでは、カカオは王都の周りを彷徨い続けることになる。運良く見つけられたとしても、まだ王都から出ることを許可されていないショコラは、カカオに会えないのだ。


 半年以上も、会うことを我慢しているショコラとカカオに、少しでも機会を与えたい。そう思ったシャルロットは、すくっとその場に立ち上がった。


「ジェラート様に、騎士団を出してもらいましょう!」




 ジェラートの執務室へと向かった三人。シャルロットが事情を説明すると、ジェラートは険しい顔つきで「駄目だ」と、妻の願いを却下した。


「お願いします、ジェラート様! これまでショコラは聖女として頑張ってきたのですから、少しくらいご褒美が必要ですわ」

「シャルの気持ちはわかるが、万が一にも凶悪な魔獣が入り込んだらどうするつもりだ……。シャルとお腹の子に、危険が及ぶかもしれないだろう……」


 後半はぼそぼそと、呟いたジェラート。要は、シャルロットが危険な目に遭わないか心配なようだ。


「この国の騎士団は優秀ですもの。必ずや、王都へ入ろうとする魔獣を退治してくれるはずです。それに私は、ジェラート様のお傍にいれば、絶対に安全ですわ」

「シャルを守りきる自信はあるが……、しかし……」


 シャルロットに持ち上げられたので、ジェラートの心は揺れ動いているようだ。


「郊外から王宮まで続く大通りだけでいいんです! そこだけ力を弱めることに専念しますから、どうかお願いします!」


 ショコラは、辛そうに訴えながら瞳を潤ませ始めた。

 聖女の力は大陸中に満たすよりも、ピンポイントで力を制御するほうがよほど大変なはず。それでもカカオに会えるかもしれないと思ったからには、無理をしてでも会いたいようだ。


(これはショコラの修行にもなりそうね……。仕方ないわ。ここは悪女で押し通して見せるわよ!)


 ショコラが自在に聖女の力を使いこなせるようになれば、国のため、ひいてはいずれ国王となるジェラートのためにもなる。


 ぎゅっと拳を握りしめて決意を固めたシャルロットは、ジェラートの隣へと移動し、椅子に腰を下ろしている彼の膝の上に座り込んだ。


「ジェラート様ぁ。私は、頼もしい決断をしてくださるジェラート様が、大好きですわ」


 シャルロットは、こてりとジェラートの肩に頭を預けながら、彼の心臓辺りを指でなでまわす。

 この動作に一体、どのような意味があるのか。シャルロットはよくわかっていないが、悪女と言えば大体このような感じだ。


「私には、ジェラート様しか頼れる方がおりませんの。ですから、私のお願いを聞いてくださいませ」


 それからシャルロットは、ジェラートの頬に手を寄せ、彼の頬に口づける。

 そこでジェラートの意思は、固く、固く、定まった。


「フラン! 今すぐ騎士団を、大通りの警備に当たらせろ! 魔獣を一匹たりとも王都へ入れてはならない。ただしフサフサ狼だけは、決して手を出すな。これは訓練だ!」


 一体、どんな訓練なんですか。フランは真っ先にその疑問が沸いたが、わざわざ尋ねるほど野暮ではない。フランはにこりと微笑んだ。


「承知いたしました、王太子殿下」


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