54 始まりの場所での新たな一歩
それから一週間後。ジェラートは大量の白い土産を携えて、王都へと戻ってきた。
出発前に焦らされた話を、すぐにでも聞きたい様子のジェラートをなだめ、シャルロットは庭園のガゼボにお茶会の用意をした。
「庭でお茶を飲むのは、久しぶりだな」
真夏のお茶会に相応しく、冷たいお茶を飲んだジェラートは、懐かしそうにそう呟いた。
最後に、夫婦の義務としてこのガゼボを利用したのは、シャルロットが別居を提案した日。あの日以来、夫婦のお茶会は年中快適な温室でおこなわれてきた。
今思えば、別居を止めさせたい夫なりの配慮だったのかもしれないと、シャルロットは小さく微笑む。
「はい。こちらが私達の始まりのような気がして、懐かしくなりましたの」
「確かに、シャルが別居を言い出さなければ、俺は変われなかったかもしれない……」
しみじみとそう呟いたジェラートは、しかし急に不安そうに顔を歪める。
「もしかして……俺と離婚して、曾祖母様と住むと言い出すつもりなんじゃ……」
「離婚はしませんし、マドレーヌ様とも住みませんわ。これからは別居も離婚も言い出さないと、お約束したではありませんか」
「しかし……あの時は、別居を禁止するとしか言わなかったし、シャルから明確な答えをもらえていない……」
(そういえば、あの時は途中で、側妃問題が発覚したのよね)
結局、その話はうやむやになっていたのだと思い出したシャルロットは、夫を安心させるように微笑んだ。
「私の気持ちは変わりませんわ。これからも私だけ……いえ、私達家族だけを見てくださるのでしたら、別居も離婚もしたくありません。どうぞ禁止してください」
「本当か? 束縛する夫は嫌われないか、心配だ……」
「ジェラート様にでしたら、束縛されても嬉しいですわ」
「そうか……。ならば今から、別居も離婚も禁止する」
「はい」
にこりと同意した妻に安心をしたジェラートは、ふと今の会話に疑問を感じる。いつもは「私だけを見て」という妻が、言い方を変えてきたのだ。
「シャル……。今、『家族』と言わなかったか?」
そう確認をすると、シャルロットは幸せそうな顔で、自らのお腹をなでる。
「はい。今日はそのことについて、お話しするつもりでしたの」
「もしや……!」とジェラートが驚いたように立ち上がると、シャルロットはしっかりとうなずく。
「マドレーヌ様が教えてくださいましたの。私のお腹に、新たな命が宿っていると。直に兆候が見られるそうです」
そう告げると、ジェラートはじわりと瞳を潤ませながら、シャルロットに抱きついた。
「シャル……、嬉しいよ。ありがとう……本当にありがとう」
「お礼を言われるのは、変な気分ですわ。私達二人の、愛の結晶ですのに」
「それでも、感謝したい気持ちで溢れている」
シャルロットから離れたジェラートは、喜びを表現するようにシャルロットの額や頬、唇に次々とキスを重ねていく。
「もう一度、約束する。これからは、シャルと生まれてくる子供だけしか、俺の目には映らない。生涯をかけて、そなた達を幸せにする」
「嬉しいです。私も、ジェラート様と生まれてくる子だけを、愛し続けますわ」
誓いの口づけのように唇を重ね合わせた後、シャルロットはくすりと笑みをこぼした。
「……どうした? なにか変だったか?」
「いいえ。未来の国王と王妃が、こんな約束をして良いのかと思いまして」
「家族への愛と、国民への愛は別物だろう?」
「そうですけれど、ジェラート様はすぐに嫉妬しますもの。約束が違うと怒らないでくださいよ」
「うむ……。努力はする……」
断言はできないところをみると、嫉妬自体は止められないようだ。そんな夫の態度も、実は嬉しい。改めて愛されている幸せを噛みしめていると、ふわりとシャルロットの肩に夫の上着がかけられる。
「これからは、安静にしなければな」
「ありがとうございます、ジェラート様」
ジェラートは完全に、今が真夏であることを忘れているようだが、そんな不器用なところが夫らしい。
素直にその好意に感謝していると、ジェラートは「やっとこれができた……」と呟く。
「これ……、とは?」
「シャルはいつも寒そうな恰好をしているので、上着をかけてやりたいと思っていた……」
「……そのために、庭園でのお茶会を?」
もしやと思いながら尋ねると、夫は照れたようにうなずく。
どうやら、嫌がらせのようなお茶会の真相は、夫の不器用な愛情表現――の未遂だったようだ。
「あの……、それでは真冬に冷たいお茶が出されていたのは?」
「シャルに、温かいお茶を入れてあげたくて……」
「真夏に、炎天下でお茶会をしていたのは?」
「木陰の散歩に連れ出したくて……」
ジェラートは五年もそんなことを考えていたのかと思うと、シャルロットは開いた口が塞がらない。
(不器用すぎる……ジェラート様が、不器用すぎるわ……!)
しかし、長年の計画を一つ実行できたジェラートは、嬉しそうであり、少し得意げでもある。
(やっぱり、私の旦那様は可愛い……)
「私のために、いろいろと考えてくださって嬉しいですわ。もしよろしければ、今から二人でしてみませんか?」
「お茶は良いが、散歩は身体に障るのでは?」
「お散歩くらい大丈夫ですわ。私もジェラート様と一緒に、この庭園をお散歩をしてみたかったんです」
「しかし心配だ……」
身体を気遣ってくれるのはありがたいが、安静にしすぎるのも身体に悪い。
シャルロットは躊躇う夫の手を取ると、愛おしいその手に頬ずりする。それからちらりと夫を見上げて、上目遣いには絶好の角度だと確認した。
「ね? お散歩に連れていってくださいませ」
「シャル……。また俺を、たぶらかそうとしていないか?」
恥ずかしそうに耳を赤くしている夫。シャルロットはさらに追い打ちをかけるように、瞬きをして瞳を潤ませる。
「悪女な私は、お嫌いですか?」
「……大好きだ」
夫を骨抜きにできている喜びに浸りながら、シャルロットは椅子から立ち上がった。
そして、かつては寒くて窮屈で居心地の悪かったお茶会会場を出て、夫を独占できる新たな楽しみに興じるのだった。
これにて、本編完結となります。
番外編は、思いついたら書きたいと思います。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
ちなみに『いいね』を一番多く頂けたのは『22 聖女誕生祭3』のジェラートがおかしかった回でした。
次作は、王太子と結婚させられるために、公国の養女となったヒロインと、義兄である公子の話になります。
もう少し書き溜めてから、投稿したいと思います。
追記。
投稿始めました!
火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで
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