表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/58

50 聖女お披露目の宴7


「うむ……。作戦のためなら仕方ないな」


 言い訳をしつつもジェラートは、シャルロットに食べさせてもらうのが好きなようだ。まるでご褒美を期待する犬のように、キラキラした瞳を向けられる。


(あぁ……、私の旦那様はどうしてこんなに、可愛いのかしら!)


 全世界に夫を見てもらいたい気分になりながら、シャルロットはちらりと貴族に視線を向けてみる。

 先ほどまではさり気なく視線を向けていた貴族たちが、露骨な態度で王太子夫婦を見始めている。


(ふふ。皆、驚きを隠せないようね)


 確かな手ごたえを感じたシャルロットは、皿を手に取り、ジェラートに微笑む。


「どちらのお料理を、お取りいたしましょうか?」

「シャルが食べさせてくれるなら、どれでも食べたい」


 ジェラートにとっては、食べさせてもらうことが重要なので、料理の内容は関係ないようだ。ならばとシャルロットは、ジェラートが好きそうな野菜主体の料理を皿に盛っていく。


「……シャルは、俺の好きなものがわかるのか?」

「なんとなくですけれど。ジェラート様は、お肉を残すことはあっても野菜は綺麗に食べきりますので」


 肉食みたいな顔つきのジェラートだが、意外と野菜やあっさりとしたものを好んで食べる。フランからは「殿下は、食べ物の好き嫌いはございません」と聞いていたが、五年も観察していればそれなりに好みは把握できる。


「シャルがそこまで、俺を理解してくれていたとは……」


 感極まったように、ジェラートは瞳をうるうるとさせる。

 驚いたシャルロットは、急いで皿をテーブルに置くと、ハンカチを取り出してジェラートの目元に当てた。


「ジェラート様ったら、泣かないでくださいませ。これくらい些細なことですわ」

「俺にとっては、重要だ。あれほど冷たく接していたのに、俺を見ていてくれたことが嬉しい……」


 ぎゅっと、シャルロットを抱きしめるジェラートを目にした貴族達は、一斉にざわついた。

 普段は狼のように威圧的で恐ろしい王太子が、なぜか涙を流したかと思えば、大胆にも王太子妃を抱きしめたではないか。今までの王太子夫婦では、あり得ないほどの距離感だ。


「あれは、どういう状況だ……!」

「わからん! 誰か解説してくれ!」


 貴族達のわざつきを聞いたシャルロットは、急に恥ずかしくなってくる。

 これほど熱い抱擁は、食事を食べさせるよりも大胆な行為だ。


「ジェラート様……、作戦を続けましょう」

「そうだったな」


 シャルロットから離れたジェラートは、涙が収まった代わりに、再び期待するように瞳を輝かせる。

 そんな夫の口に料理を運ぶと、ジェラートは子犬のように無垢な表情を浮かべながら、料理をもぐもぐと食べ始めた。

 これこそ、全世界に発信したかった夫の姿。

 シャルロットが反応を伺うまでもなく、貴族達はより一層ざわめきを強める。


「あ……あれは俺の幻か? 王太子殿下が可愛く見える……」

「いや、あれは現実だ! 王太子妃殿下の、女神のごとく慈愛に満ちた振る舞いによって、王太子殿下は変わられたんだ!」


 先ほどは癒しの女神のように王太子を包み込み、次は恵の女神のように王太子に食事を与えている。

 王太子派貴族の目にはもはや、宗教画のようにこの光景が映し出されていた。


(何を騒いでいるのかまでは聞こえないけれど、高揚感は伝わってくるわね)


 王太子夫婦の関係が改善されたことが、少しでも伝わったなら嬉しい。シャルロットは、この作戦に達成感を覚えつつ、ジェラートに食べさせ終える。すると今度は、ジェラートが皿を手に持った。


「シャルのおかげで、心も腹も満たされた。今度は俺が、シャルに食べさせたい」

「えっ! 私にですか?」


 思ってもみなかった提案に、シャルロットは驚いた。このような場で王太子に食べさせてもらうのは、大胆を通り越して申し訳なく感じる。しかし、食べさせてもらいたいという欲のほうが断然、勝つのも確か。


「俺もシャルの好きそうなものを、選んでみたい」

「嬉しいですわ。お願いいたします」


(ジェラート様に手ずから食べさせていただくなんて……。私の悪女ぶりが世間に知れ渡ってしまうわ)


 心では困りつつも、身体は嬉しくてそわそわしてしまう。先ほどのジェラートもこんな気持ちだったのだろうか。

 似たもの夫婦なのかもしれないと思いつつ、ジェラートが料理を選ぶ姿を見守るシャルロット。

 前回のように、白いものをてんこ盛りにするのかと思えば、ジェラートが選んだのは、柔らかく煮た料理ばかりだった。


「シャルは、煮込み料理が好きなのだろう?」

「どうしてそれを……?」

「シャルが俺を見ていてくれたように、俺もずっとシャルを見てきた」


 会話がなくとも、相手を知ろうと努力してきたのは、シャルロットだけではなかったのだ。

 ジェラートが自分に目を向けてくれていたことが嬉しくて、自然と涙腺が緩みそうになる。しかしここで泣いてしまえば、先ほどのジェラートと同じすぎるので、シャルロットはぐっとこらえた。


「嬉しいですわ、ジェラート様! さぁ、食べさせてくださいませ」


 自ら口を開けて待つと、ジェラートのほうが恥ずかしそうにしながら、シャルロットに煮込み料理を食べさせ始めた。


 それを見ていた男性貴族達は、一斉に胸を押さえ始める。


「くっ! 自らおねだりするとは、王太子妃殿下が可愛すぎるぞ……!」

「羨ましすぎて死にそうだ……。どうして俺は、王太子妃殿下と結婚できなかったんだ……」

「できるわけないだろう! 王太子殿下は、王太子妃殿下が社交界デビューした直後に、結婚を申し込まれたんだぞ」

「そのご慧眼には、恐れ入る。やはり未来の国王は、王太子殿下が相応しいのでは?」


 若い貴族が騒ぎ立てる中、派閥の長老である公爵がカッと、目を見開いた。


「啓示じゃ……、これは啓示だったのじゃ。王太子妃殿下を見出せた者こそ、次代の国王であるという、神からの啓示だったのじゃ!」


(けい……じ?)


 その部分だけ聞こえたシャルロットは、首を傾げる。貴族は自分達のことで盛り上がっているのかと思ったのに、どうやら違うようだ。


(えっ……。これだけしたのに、スルーなの!?)


 既に貴族達は、王太子夫婦には目もくれず、啓示と叫んだ者を囲んで盛り上がっている。誰が叫んだのか気になるが、シャルロットの位置ではそれを確認できない。


「ジェラート様……、貴族が私達を見てくれませんわ。作戦は失敗でしょうか」

「完全に失敗ではないように思うが……。まぁ、これからも地道に作戦を重ねれば、俺達の仲が改善されたと貴族に伝わるだろう」

「そうですわね。これからは、頻繁に夜会へ出席しましょう……」


 ジェラートは長期戦覚悟のようだが、小説どおりに進むなら最大の危機はこの宴だ。シャルロットは賛同しながらも、焦りが募る。


(そうだわ! 体調が優れないと言って、今のうちにジェラート様を連れて帰ろうかしら)


 さすがに王妃も、本人がいない場で側妃を提案したりはしないだろう。

 一刻も早くここから立ち去ろうと決意したシャルロットは、悪女的発想でわざとジェラートに向かって倒れ込もうとした。

 しかしその瞬間、弾んだ声が辺りに響く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gf76jcqof7u814ab9i3wsa06n_8ux_tv_166_st7a.jpg

◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

【完結済】「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります(約8万文字)

【完結済】悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています(約11万文字)

【完結済】脇役聖女の元に、推しの子供(卵)が降ってきました!? ~追放されましたが、推しにストーカーされているようです~(約10万文字)

【完結済】訳あって年下幼馴染くんと偽装婚約しましたが、リアルすぎて偽装に見えません!(約8万文字)

【完結済】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで(約28万文字)

【完結済】私を断罪予定の王太子が離婚に応じてくれないので、悪女役らしく追い込もうとしたのに、夫の反応がおかしい(約13万文字)

【完結済】婚約破棄されて精霊神に連れ去られましたが、元婚約者が諦めません(約22万文字)

【完結済】推しの妻に転生してしまったのですがお飾りの妻だったので、オタ活を継続したいと思います(13万文字)

【完結済】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?(約9万文字)

【完結済】身分差のせいで大好きな王子様とは結婚できそうにないので、せめて夢の中で彼と結ばれたいです(約8万文字)


+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ