48 聖女お披露目の宴5
クラフティがショコラになにかを伝えると、二人は同時に王太子夫婦に対して挨拶の礼をする。ショコラの教育に関しては、クラフティも積極的に手伝ってくれているので、息がぴったりの二人が実に微笑ましい。
「ごきげんよう、ショコラ様、クラフティ。綺麗な挨拶でしたわ」
「ありがとうございます、シャルお姉ちゃん」
ほっとしたように微笑んだショコラは、それから目を輝かせて王太子夫婦を見る。
「今日のシャルお姉ちゃんとジェラートお兄ちゃんの衣装、とっても素敵です」
「ありがとう。ショコラ様も素敵ですわ」
「シャルお姉ちゃんに褒めてもらえると、嬉しいです。実は……私もクラフくんと、ここだけお揃いなんです」
ショコラは、控えめに微笑みながら、袖の刺繍を見せてくれる。ショコラ用のドレスのデザインを決めた際は、シャルロットも同席していたが、その時のデザインとは少し異なっている。
「あら、いつのまに」
「お揃いのものを持っていると、一人じゃないって気がして勇気が出ると、クラフくんが教えてくれたんです」
臆病なショコラにとっては、それが本当に勇気となっているようだ。袖を胸に抱く姿が、いかに大切であるかを物語っている。
「へぇ。クラフティがねぇ」
今まではひたすら姉のことばかり考えているような弟だったので、ショコラへの気遣いを見るたびに驚かされる。
弟も、一人の女性へ情熱を傾ける歳になったのだ。改めて認識すると、嬉しいような寂しいような。
「僕もたまには、良いことを言うと思いませんか?」
「ふふ、そうね。ショコラ様にとっては、良いおまじないだわ」
ショコラのことは、クラフティに任せておけば安心だ。
シャルロットがそう思っていると、ジェラートも同じことを思ったのか「クラフティ、今日はショコラを頼んだ」とクラフティに視線を向ける。
小説ではジェラートがショコラをエスコートしていたが、今のジェラートにその考えは微塵もないようだ。
「お任せ下さい、兄様。――では、ショコラの準備もありますので、僕達はお先に失礼いたします」
(うわぁ……。この前まで『ショコラ様』って呼んでなかった?)
弟の手の速さは、夫にも学んでほしいものだ。五年目にしてやっと愛称で呼んでくれた夫に視線を向けると、ジェラートはなんとも言えない顔で、玄関を出ていくショコラとクラフティを見つめている。
「どうかなさいましたか、ジェラート様」
「いや……。クラフティに初めて、笑顔を向けられたと思って」
ジェラートは、クラフティの変貌ぶりに驚いているようだ。今までのクラフティは、ジェラートのことを『愚兄』と呼び、嫌っていたので無理もない。
「ふふ。未来の義兄になる方ですもの。印象を良くしておきたいのよ」
「今も義兄だが?」
「姉の夫と、妻の兄では気合の入れようが変わってきますわ」
「なるほど。そういう意味か」
納得したような様子のジェラートは、それからシャルロットを抱き寄せて囁いた。
「二人のためにも、側妃問題は速やかに解決しなければな。宴が終わったらもう一度、母様と交渉してみる」
「はい、よろしくお願いします」
(でも……、交渉前に事態は動く気がするのよね……)
今までの経験から、小説の内容とは大きく展開が変わっても、その時々に見合ったイベントはしっかりと挿入されている。
それを踏まえると、宴の会場では王妃がなんらかの行動を取る気がしてならない。
自分達にとってそのイベントが、良いものであるように。今のシャルロットは、そう祈るしかない。
聖女お披露目の宴は、新たな聖女の姿を貴族に見せるのが目的なので、特に儀式などは用意されていない。
宴が始まると、国王から紹介を受けたショコラが、皆の前で簡単な挨拶をおこなった。
小説のヒロインよりも練習時間があったショコラは、特に失敗することもなく、貴族から喝采を浴びることができた。
(小説のヒロインは失敗して、貴族から「庶民」であることを馬鹿にされてしまったのよね)
そんなヒロインを、ジェラートが必死にかばったことで、シャルロットは嫉妬をする。
シャルロットが小説の展開を変えた影響で、ヒロインにとっても良い方向に向かっているように思える。
(ショコラは良い子だし、クラフティも彼女を気に入ってるもの。皆で幸せになれたら良いわよね)
小説の展開を安心して通過するたびに、気が緩むシャルロット。
今度は四人で、どこかへ遊びに行きたいなどと考えていると、ジェラートがシャルロットの顔を覗き込んだ。
「ショコラの挨拶も終わったし、何か食べないか?」
「良いですわね。準備でバタバタしていたので、お腹がすきましたわ」
今日の主役はショコラだ。王太子夫婦としてショコラの挨拶を見守る役目は終わったので、シャルロットはにこりと微笑みながら、夫が差し出す手を取った。
(さっさと、王妃様から離れたほうが賢明よね)
ジェラートの提案に乗っかり、シャルロットはそそくさとビュッフェテーブルへ向かう。
そんな王太子夫婦の姿を、多くの貴族が注目していた。