44 聖女お披露目の宴1
そのクラフティ主導により、ハット家敷地内にカカオ専用の立派な小屋が建てられ、カカオが住みやすいよう念入りに小屋の中が整えられた。
『カカオは寂しがり屋さんなの……。いつもは私と一緒に、ベッドで寝ていたんです……』
『ご安心ください。ベッドを設置し、添い寝専用の世話人もお付けいたしましょう』
ショコラのそんな願いも、喜んで引き受けたクラフティは、屋敷の使用人を集めて、添い寝に相応しい人材をわざわざカカオに選ばせたりもした。
その他にもクラフティは、たまたま街で見かけたと言って、ショコラのために大量のドレスやアクセサリーを買い込んできたり。
カカオと遊ぶのに良い場所を偶然見つけたと言っては、しょっちゅうショコラを外へ連れ出したり。
とにかくシャルロットが出る幕がないほど、弟はショコラの世話を焼いたのだった。
シャルロットとしても、ヒロインがヒーロー以外と結ばれるのは喜ばしい。弟の恋を全力で応援すると決意する。
カカオがハット家に慣れたのを確認し、シャルロット達が王都へ戻ってきたのは王都を出発してから三週間後のこと。
長期に渡り、王宮を留守にしていたので、それからは忙しい日々が続く。
シャルロットは溜まっていた執務をこなしつつ、小説どおりにショコラの礼儀作法教育に励んだ。
小説では、お披露目の宴が迫ってからヒロインと対面したので、短期間で教え込まねばならず。小説のシャルロットは随分と苦労し、厳しい指導のせいで、いじめているようにも見られてしまった。
けれど今回は余裕を持って教えられるし、関係も良好。いじめているようにも見られないはず。
なによりシャルロットは、ショコラとジェラートが結ばれる未来を回避できたと思っているので、心には余裕がある。
余裕がありすぎて、どうしたらクラフティとショコラが会う機会を増やせるか。そのことにばかりに気を取られていた。
ダンスの練習相手にクラフティを呼んでみたり、お茶会や晩餐の練習に呼んでみたりと、策を練る日々。
(弟の恋を応援するのって、楽しいわ)
三人での晩餐終了後、クラフティを見送るために玄関へと移動していたシャルロットは、前を歩いているショコラとクラフティを眺めながら、しみじみとそう思っていた。
シャルロットに対して以外は引っ込み思案だったショコラも、最近はだいぶクラフティに慣れたようで、楽しそうに会話している。
歳が同じということもあり、ショコラも友達ができて嬉しいらしい。恋に発展するのはまだ先のようだが、弟の未来は明るい予感がする。
シャルロット自身も、ジェラートと想いを通じ合わせることができ、ショコラも新たな出会いを得た。
もう断罪を恐れる必要はない。自分も弟も、そしてハット家の皆も、幸せな未来が待っている。
当初の計画とは、まったく異なる終わりを迎えることになるが、今のシャルロットはとても幸せだった。
(ジェラート様のお仕事が終わったら、ゆっくりと夫婦の時間を過ごしたいわ)
今はジェラートも執務が溜まり大忙しで、夫婦の義務も中止になっているが、仕事がひと段落つけば真っ先に、シャルロットの元へと会いに来てくれるはずだ。
夫はいつ会いに来てくれるだろうかと考えていると、ちょうど向かい側からジェラートが歩いてくるのが見えた。
「ジェラート様、お久しぶりですわ!」
恋しく思っていた人物が偶然にも現れたので、シャルロットは思わず声をあげた。
しかしジェラートは、シャルロットの呼びかけに応えるでもなく、歩く速度を上げてシャルロットの目の前までやってきた。
そして「ショコラ、クラフティ、シャルを借りるぞ」と言いながら、シャルロットを抱きあげてしまった。
「ええっ! ジェラート様!?」
突然のことに驚いたシャルロットだが、ジェラートは無言のままシャルロットを抱えて歩いていく。
(どうしたのかしら……)
四週間ぶりにまともに会ったというのに、夫は険しい表情。
旅行中に味わった二人の感情が高まった状態は、すっかりと鎮火してしまったような気がして、シャルロットは寂しい気分になる。
(会える日を楽しみにしていたのは、私だけなのかしら……)
とある部屋まで来ると、ジェラートは扉を乱暴に開けて部屋へと入り込んだ。
そのままベッドにシャルロットを下ろしたジェラートは、シャルロットの上に覆い被さる。
「シャル……、もう我慢できない!」
熱のこもった表情で、見つめる夫。
今まで見たことがない夫の姿に、シャルロットは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……どうかなさいました?」
しかし五年も何事もないと、こういったシチュエーションでも割と冷静になれる。
シャルロットがこてりと首を傾げて問うと、ジェラートは捨てられた子犬のようにしょぼんとしてしまった。
「シャルはもう、忘れてしまったのか……。あの日の約束」