43 ヒロインと悪女5
小説の核心にたどり着いたような気がしたシャルロットは、何としてでも小説の内容を変えたい一心で、ジェラートへと視線を向けた。
「ショコラ様のおっしゃるとおり、魔獣はショコラ様の感情に繊細に反応しているようですわ。これ以上の議論は、魔獣を狂暴化させてしまうかもしれませんので……」
ぼろぼろと涙を流すヒロインを抱きしめながらシャルロットは、ジェラートにそう諭す。
「すまない……、強く言い過ぎた」
「ジェラート様は、背負うものが大きいですもの。仕方ありませんわ。それより私、良い考えが浮かびましたの」
「考えとは?」
「この魔獣カカオを、ハット家の領地で引き取ろうと思います。ハット家にも手懐けた魔獣が数匹おりますので、飼育に問題はありませんわ。ハット家で保護しておけば、ショコラ様も会いに行けますし、定住先があればお互いに安心できますでしょう」
それを聞いたヒロインは、涙が一気にひっこんだように目を見開いた。
「ほっ……本当ですか、シャルお姉ちゃん! カカオのおうちを作ってくれるんですか?」
「はい。ハット家は自然あふれる土地ですから、のびのびと暮らせますわ」
「わぁ! ありがとうございます! シャルお姉ちゃん大好き!」
完全になついたように抱きつくヒロインを、よしよしとシャルロットがなでていると、ジェラートが「俺より先に……」と、悔し気に呟く。
「どうかなさいました?」とシャルロットが首をかしげると、ジェラートは眉間にシワを寄せながら咳ばらいをした。
「いや……問題ない。それより、領地で引き取るのは良い案だが、カカオはショコラ以外になつくのか?」
その疑問には、シャルロットの腕に隠れながらヒロインが答えた。
「カカオは利口なんです。私が説得したら、大人しく引っ越してくれると思います……」
先ほどの言い合いで、ますますヒロインとヒーローの間で溝が深まったように思える。出会いが変われば、関係も随分と変わるようだ。
ヒロインの提案により、魔獣の説得を試みることになり。シャルロットとヒロインだけを残して、ジェラートと騎士団は後ろへと下がった。
魔獣のほうは、先ほどからヒロインが明るい声を上げているせいか、威嚇の姿勢はすでに解かれており、じっとこちらの動向を伺っている。
その魔獣へ、ヒロインは笑顔で呼びかけた。
「私に新しい家族ができたのよ、カカオに紹介するわ。こちらはシャルお姉ちゃん、私にとっても優しくしてくれるのよ」
仲の良さをアピールするように、シャルロットに抱きついたヒロインは、魔獣が様子を伺うようにしながら、さらに続けた。
「私は聖女になって、王都で幸せに暮らすの。だからもう……、カカオは私の心配をしなくてもいいんだよ」
その言葉を理解したのか、魔獣の身体は徐々に小さくなり始める。
不思議な現象を目の当たりにして、シャルロットがぼーっと見つめていると、人間ほどの大きさまで小さくなった魔獣は、そこで縮小が止まった。
(確か、もっと小さくなるのよね……?)
「カカオのおうちも、シャルお姉ちゃんが用意してくれるんだよ。だから元の姿に戻ろう?」
ヒロインが言葉を重ねるも魔獣はそれ以上、身体を小さくさせる気配がない。
説得をし尽くしたヒロインは、とうとう困った顔をシャルロットに向ける。
「どうしましょう、シャルお姉ちゃん……。いつもは、なでてあげれば元に戻るんですけど、私にはもうできないし……」
「きっと、私が信用できる人間かどうか、迷っているのよ。私からも説得してみるわ」
「お願いします!」
ヒロインとうなずき合ったシャルロットは、一人で魔獣の元へと歩き出した。
あの狼型の魔獣も、鼻の利く動物であることには変わりないはず。信用できる人間かを判断させるには、言葉よりも匂いを嗅いでもらう方が手っ取り早い。
魔獣の真ん前へと進み出ると、魔獣は匂いを嗅ぐ仕草を始めたので、シャルロットは魔獣の鼻先に手を差し出した。
警戒する気配がないので、次は反対の手であごの毛をなでてみると、魔獣は大人しく目を細めた。
「ふふ、ショコラ様がおっしゃるとおり、利口で良い子ね」
(良かった、受け入れてくれたみたい)
これほど大きな魔獣をなでるのは初めて。シャルロットはフサフサした毛を堪能するように、魔獣の首へと抱きついた。
「ショコラ様が心配で、この地を離れられなかったのね。聖女の力が強くて辛かったでしょう」
「クゥン……」
「これからは私達がショコラ様を大切にお世話するので、もう心配いらないわ。カカオにも居場所をあげるわね。この山のように、自然が溢れていて良い土地なの。そこに留まっていてくれたら、必ずショコラ様が会いに来てくださるわ」
ショコラにまた会える。
それを知った瞬間、魔獣の不安は完全に払拭されたようだ。
魔獣の身体はみるみるうちに小さくなり、あっという間に小型犬ほどの大きさへと変化した。
「あなた……、フサフサ狼だったのね」
「キャン!」
先ほどまでの、威圧的な狼はどこへやら。シャルロットの足元にいるのは、フサフサの綿毛のような物体。前世の動物で例えると、ポメラニアンのような風貌の狼だ。フサフサな毛のせいで毛玉にしか見えないが、毛を剃れば、狼の赤ちゃんくらいの威厳はあるらしい。
「可愛い~っ!」
毛玉を拾い上げたシャルロットは、ぎゅっとフサフサに頬ずりする。大きかった状態のフサフサも、全身で感じることができて良かったが、小さいフサフサもぬいぐるみのようで可愛い。
「シャル、無事か!」
「ジェラート様! やっぱりこの子、王宮で飼いましょう」
心配そうな顔で駆け寄ってきたジェラートに、シャルロットはおねだりするように微笑む。
王都は聖女の力が強く、ましてや王宮は力の根源のような場所なので、魔獣を飼えるはずもない。そんなことはわかっているが、わがままを言いたくなるほど、カカオは可愛い。
「駄目だ」
シャルロットの願いは、無茶な温泉行きでも叶えてくれたが、こればかりは防衛的な問題でもあるので無理に決まっている。
シャルロットも叶うとは思っていなかったが、ジェラートはぼそりと付け足した。
「狼は一人で十分だろう……」
「へ?」
想像とは異なる理由が呟かれ、シャルロットは思わず間の抜けた声を出してしまった。
シャルロットが関わると、ジェラートはかなり私情が混ざるらしい。
無事に、カカオを小さく戻せたシャルロット達は、そのままハット家の領地へと移動することに。
領地へ到着すると、魔獣対応でまだ領地に残っていたクラフティが出迎えてくれた。