41 ヒロインと悪女3
「聖女様が現れたら、光り輝くんですよね……。もしかして……?」
聖女誕生の場に居合わせることは、子々孫々語り継いでもおかしくないくらいに、この国の者なら光栄に思うこと。
その幸運に巡り合えた喜びからか、ヒロインは頬を紅潮させながら、羨望の眼差しをシャルロットに向ける。
「残念ながら、新たな聖女は私ではございませんわ」
「えっ……?」
シャルロットの返答に、ヒロインはきょとんとした表情を浮かべる。
『聖女』という名のとおり、聖女は女性しか選ばれない。この場にいるのは三人だけ。残る女性は自分だけだと悟ったヒロインは、驚きのあまり両手で口元を押さえた。
「そなたが、新たな聖女だ。この大陸のため、役目を果たしてくれるだろうか」
「そっ……そんな大役……、果たせる自信がありません……」
がくがくと、ヒロインは震え出す。小説でも、自信がないヒロインをジェラートが支える場面があった。
ここでジェラートがヒロインを支えると宣言したら、小説のストーリーに戻ってしまうのではないか。
少しでも気を抜いたら、ストーリーに負けてしまうかもしれない。危機感を覚えたシャルロットは、えいっ!とジェラートの腕に抱きついた。
「ご心配には及びませんわ。王太子夫婦が、聖女様をお支えいたします」
ヒロインにそう微笑んでから、シャルロットはジェラートに視線を移す。
「聖女様のために、私達二人で頑張りましょう」
「うむ。シャルの言うとおりだ。俺達夫婦のことは、兄や姉だと思って頼ってくれ」
これで、シャルロットとジェラートが支え合う構図に、すり替えることができた。
(ここでも悪女を使うとは思わなかったわ……。何度、ジェラート様の気持ちを確かめても、心配は尽きないわね)
これからも、悪女として生きねばならない人生を予感していると、ヒロインが驚いた様子で山小屋の角から完全に姿を現す。そして、シャルロット達に向かって一歩踏み出した。
「あ……あの……、私の新しい家族になってくれるんですか……?」
「聖女は王宮で暮らすことになるので、俺達は家族も同然だ。そなたが望むなら、国王の養女として本当の兄弟になることも可能だ」
(ジェラート様は、なんて素晴らしいご提案をなさるのかしら!)
これで側妃ルートを回避できる。シャルロットは今すぐにでも、ジェラートの胸に抱きついて喜びたい気分になった。
しかし、ここでシャルロットが喜ぶのは不自然。喜びをぐっとこらえて、ヒロインに向けて再度微笑む。
「私達だけではございませんわ。現在の聖女マドレーヌ様が、大陸の母のような存在として慕われているように、あなた様も聖女となれば大陸中から慕われます。大陸中が、家族のようなものですわ」
「私が、皆から……」
聖女だからといって無条件で慕われるわけではないが、シャルロットはこの小説の未来を知っている。
謙虚な性格と、先代聖女マドレーヌを思わせるおおらかさ、そしてヒロインらしい愛らしさで人々の心を掴み、大陸中で慕われることになる。
小説のストーリーは、出だしからシャルロットが崩してしまったが、ヒロインの性格が変わらない限り、大陸中から慕われる未来だけは保証できる。
シャルロットの言葉を身体へ染み込ませるように、目を閉じたヒロイン。
そして再び開いた瞳からは、じわりと涙が溢れてきた。
「わ……私……、皆さんのために頑張ります……! 私を、聖女にしてください!」
決意したヒロインは、涙をぼろぼろと流しながら、手を広げる仕草を取った。
(まずいわっ!)
小説でも、似たようなシーンがある。助けてくれたジェラートに恩を返すため、聖女となる決意をしたヒロインは、ジェラートが全力で支えてくれると約束してくれたことが嬉しくて、ジェラートに抱きつくのだ。
それを阻止しなければ。咄嗟にそう思うも、阻止する手段を考えている暇がない。
シャルロットが焦った瞬間――、ヒロインは抱きついてしまった。
「私……、ずっとずっと……一人でさみしかったんです……!」
腕の中で、わんわんと泣くヒロイン。シャルロットは、それを呆気に取られながら見下ろした。
(なぜ……、私に抱きつくの?)
初対面でシャルロットに怯えていたヒロインが、抱きつく相手にジェラートではなくシャルロットを選んだことが、まるで理解できない。
困ったシャルロットは夫に視線を向けると、気のせいかジェラートは頬を膨らませ気味に、不機嫌そうな顔をしている。
そして夫は、シャルロットの後ろに移動すると、後ろから抱きついてきた。
「……シャルは、人をたぶらかすのが得意なようだな」
(はい?)
耳元で囁かれ、シャルロットはますます混乱する。
なぜ小説のヒロインとヒーローに、前後から抱きしめられなければならないのか。
(この状況は、なんなのよ~!)
心の中で叫んだシャルロットだが、ジェラートの言葉によってヒロインの気持ちは、何となく察することができた。
シャルロットにとっては、夫を取られたくない一心での言葉だったが、寂しく暮らしていたヒロインにとっては、心に刺さる言葉だったのだろう。
(無意識のうちに、ヒロインの心を掴んでしまうなんて……。私は天性の悪女かしら……)
しかし、掴んでしまったものは仕方ない。これからはヒロインと仲良くなって、夫から遠ざけよう。とシャルロットは悪知恵を働かせる。
「これからは、賑やかな毎日になりますわ。私のことは気軽に、シャルとお呼びくださいませ。あなた様のお名前は?」
ぎゅっとヒロインを抱きしめて、頭をなでながら尋ねると、ヒロインは潤んだ瞳でシャルロットを見上げた。
「ショコラと呼んでください。これからよろしくお願いします……、シャルお姉ちゃん」
(うっ……。ヒロインが可愛すぎる……。ヒーローって、こんな気分なのかしら!)
シャルロットが、ヒロインオーラにすっかりと当てられていると、後ろから「……シャル」と呟く声が聞こえてくる。
「はっはい?」
慌ててシャルロットが後ろに視線を向けると、ジェラートはますます不機嫌そうな顔で、じっとシャルロットを見つめている。
(もしかして……、嫉妬?)
しかし女性相手に嫉妬するだろうかと、シャルロットが考え込んでいると、森の鳥達が一斉に空へと飛び立った。
それと同時に、ドスンっドスンっ!と地響きのようなものが聞こえてきて、微かに地面が揺れ出す。
「今度は、なに!?」