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39 ヒロインと悪女1


 空を映す鏡のごとく澄んだ湖のほとりには、小さな山小屋が一軒、寂し気にたたずんでいた。小屋の横には洗濯物が干してあり、人が住んでいることが伺える。


「どうやら、あそこに新たな聖女が住んでいるようだな」


 ジェラートが内ポケットから取り出した宝玉は、夜空の星を捕まえたかのように眩い光を放っている。


「ご在宅のようで良かったですわね」

「そうだな。しかし――、村人の情報では、魔獣を番犬代わりにしているようだったが、それらしき魔獣は見当たらないな」


 騎士団もそれを警戒しているようだが、辺りは小鳥のさえずりが聞こえるようなのどかさだ。


(確かその魔獣は、ヒロインの元を去った後よね)


 聖女と魔獣は、相反する存在。幼い頃からともに育った兄弟のような魔獣だったが、ヒロインが聖女としての力を増すとともに、一緒にいることが難しくなる。とうとうその魔獣は、ヒロインの元を去ってしまったのだ。


 祖父も亡くなり、兄弟のようだった魔獣も去ってしまい、ヒロインは今が一番寂しい時期。


 小説では、魔獣という味方もない状態で街へ行ったヒロインは、木工品を売ったお金を路地裏で奪い取られそうになる。

 そこへジェラートが現れ、ヒロインは助け出される。

 二人にとっては重要なシーンだが、今回はそれが発生しない。


 救世主としてではなくただの王太子として出会うジェラートに、ヒロインは果たして恋心を抱くのだろうか。

 そしてジェラートは、ヒロインを庇護対象として捉えるのか。


 ドラマティックではない、この出会。寂しく一人で住んでいるという設定だけで、二人がすぐに惹かれあうとは思えない。

 きっと大丈夫だ。と自分に言い聞かせながらも、シャルロットは自分自身の気持ちの変化に少し戸惑った。


(出発する前は、私のことも少しは好いてくれるかもしれないと思っていただけなのに……)


 ここに至るまでに、ジェラートの気持ちを徐々に知ったおかげで、もうそれだけでは満足できない。二番だって受け入れがたい。ジェラートにとって一番であり、唯一の存在になりたい。

 ジェラートは、それを肯定するような言葉を贈ってくれたけれど、ヒロインと出会ったら急変する可能性も残されている。


(どうか、ジェラート様がヒロインを好きになりませんように……)


 醜い願いだと感じつつも、願わずにはいられない。ぎゅっと目を閉じて神に願っていると、シャルロットの頭に誰かの手が触れた。


「震えているが、怖いのか?」


 目を開いてみると、心配そうにシャルロットの顔を覗き込むジェラートの姿。


「怖いです……」


 ジェラートは魔獣に対しての言葉だっただろうが、シャルロットは素直に今の気持ちを口にしてみた。


「案ずるな。そなたは、俺から離れないように」

「はい。離れません」


(ずっと傍にいたいです……)


 シャルロットの気持ちを知るはずもないジェラートだったが、安心させるようにシャルロットの肩を抱く。

 それから皆に待機するよう指示し、シャルロットと二人だけで歩き出した。


 山小屋の前へ到着し、ジェラートが扉をノックする。

 のどかな暮らしの弊害なのか、はたまたヒロイン特有の無防備さか。ヒロインは誰かも確認しないまま、扉を開けた。


「どなたですか……」


 扉の隙間から顔だけ覗かせたのは、ブラウンの髪の毛と瞳を持つ女性。

 小説の知識によると、彼女はシャルロットより二歳下の十八歳で、名前はショコラ。

 シャルロットよりも小柄で華奢な印象であり、大きな瞳を持つ可愛らしい顔立ちだが、どことなく儚げな雰囲気を醸し出しており、白い肌がそれを際立たせている。


(うっ……。さすがはヒロイン。庇護欲の塊だわ……!)


 実物のヒロインオーラに対して、シャルロットが怯んでいる間にも、なぜかヒロインの瞳には涙が溢れてくる。


「カカオ……、あなたカカオなんでしょう!」


 感極まっている様子で、ヒロインはジェラートに抱きついた。


(あっ……。そうか……)


 小説でも、こんなシーンがあったなとシャルロットは思い出した。

 『カカオ』とは、ヒロインが飼っていた魔獣の名前。狼に似たその魔獣と、ジェラートの狼らしさを、ヒロインは重ねてしまう。

 カカオが人間の姿となり、自分の元へと戻ってきてくれたと、ヒロインは勘違いをする。


(それだけヒロインは、この山小屋で寂しく暮らしていたのよね……)


 シャルロットが冷静に状況を分析していると、ジェラートが「シャル……」と呟いた。『助けてくれ』と目で訴えているのがよくわかる。

 小説では「俺を恐れない娘は、二人目だ」と喜んでいたが、それはヒロインを求めて探し出し、彼女を危険から救い出したからこそ出た言葉なのかもしれない。


 ひとまず、ジェラートがヒロインに一目惚れするような事態には、ならなかったようだ。

 ほっと一安心しながら、シャルロットはヒロインに顔を寄せた。


「何か、ご事情がおありのようですわね。私達に、お話しいただけませんか? 私はシャルロットと申します」


 にこりと微笑みながらそう声をかけると、ヒロインはジェラートの胸に埋めていた顔をシャルロットに向けた。

 しかしその表情は恐怖を感じているようで、それをさらに肯定するかのように、ヒロインはジェラートの陰に隠れた。


(そうだわ……。ヒロインは、ジェラート様以外を恐れていたのよね)


 小説の中のジェラートは身分を隠し、ヒロインが王宮の者達に慣れるまで、ひたすら付きっ切りで世話をした。

 シャルロットをヒロインに紹介した際も、妻ではなく礼儀作法の先生と名乗らせる。

 それは、ヒロインが王族に恐れを感じさせないための配慮だったが、ヒロインへの配慮と引き換えに、シャルロットの心はひどく傷つけられた。


 ヒロインは『聖女お披露目の宴』の際に、ジェラートが王太子だったと知らされ、王妃からは王太子の側妃にならないかと提案される。

 ヒロインにとっては、急展開のシンデレラストーリー。

 しかし一方でシャルロットは、夫の側妃となる娘の教育係をさせられていたと知り屈辱を味わう。


 最近のジェラートがあまりにも好意的だったので、シャルロットは楽観視してしまっていたが、ヒロインの繊細な性格が変わらない限りは、いくらでもストーリーは元に戻ってしまうのかもしれない。


「……私は、いないほうが良いですわね」


 今は二人を見ていたくない。逃げるようにして、山小屋の裏側へと逃げ込んだシャルロット。

 しかし「シャル!」という叫び声とともに、ジェラートに抱きしめられた。


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◆作者ページ◆

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