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37 聖女の居場所6


 ここで別居を止めれば、さらに夫の好感度は上がるかもしれない。けれど、ヒロインと出会ったジェラートに、どう気持ちの変化があるかは未知数だ。


 シャルロットさえ自制できれば、断罪という未来は免れるだろうが、それにはヒロインに嫉妬しすぎない環境が必要。

 ヒロインとジェラートが一緒にいる姿を、少しでも見ずにいられるであろう環境を、易々とは手放したくない。


「俺はそなたから、溢れるほどの好意を寄せられなければ自信が持てないほど、臆病な男だ……。だが、今度こそ大切にするから……。どうか、俺に機会を与えてくれ!」


(ジェラート様が、そんなふうに思っていたなんて……)


 シャルロットの目に映る夫は、自信がないようには見えなかったが。夫の微かに震えている身体が、それを事実だと認識させられる。

 今までは、怒って身を震わせているのかと思っていたが、これは夫の自信のなさの表れだったようだ。


 そんな夫が、自分との夫婦関係を改善したいと望んでいる。シャルロットにとっては、ずっと望んできたことだが――。

 ジェラートが自分自身に自信が持てないように、シャルロットもこの先の展開に自信が持てない。


「ジェラート様のお気持ちは、とても嬉しいですわ。ですが……今は、聖女探しに専念したほうが良いと思います。そのお話は、落ち着いてからにいたしましょう」

「…………そうだな。本来の責務を忘れて、俺はどうかしていたようだ」


 シャルロットから離れたジェラートは、しょんぼりとした顔で湯舟から立ち上がろうとしている。

 自信のない夫が勇気を振り絞ってくれたのに、そんな顔で夫を出ていかせたくない。

 そう思ったシャルロットは、思わずジェラートの湯浴み着を引っ張った。


「あの……」

「…………」


 引き留めたはいいが、言葉に詰まる。


(どうしよう……、ジェラート様の気分が晴れそうなことを言わなければ……!)


 しかし、焦れば焦るほど言葉が浮かばない。何かないかと視線を彷徨わせると、お湯に映る夜空の星が目に入った。


「今は……、ゆっくりと考える余裕がありませんが、私達の未来について、星にお願いしませんか? 大聖女様の物語に出てくる、湖のように……」


 ここは願いが叶う湖ではないので、ただの温泉に映る星に願っても意味はない。

 無理やりすぎたかなとシャルロットは思ったが、ジェラートは少しだけ表情を緩めながら、お湯に映る星に手を伸ばした。


「……それも悪くないな」


 一番大きく、金色に光る星。ジェラートは大切そうに、両手でそっと星が映ったお湯をすくい取ると、目を閉じながら胸元にお湯をかける。

 実際に願ったことがあるらしいジェラートは、正式な作法で願ったようだ。


 シャルロットもそれを真似て、両手で星をすくい取ろうとしたが、その手をジェラートに掴まれる。


「……そなたは、何を願うんだ?」

「え?」


 ジェラートは不安げに、手元の星を見つめる。シャルロットも釣られて手元に視線を落とすと、まるで夫の心が映し出されているように、水面が揺れて星がぼやけている。


(もしかしてジェラート様は、私が離婚を願うと思っているのかしら?)


 ジェラートの望みを先延ばしにしたばかりだし、不安に思っているのかもしれない。安心させる言葉をかけてあげたいが、同時にシャルロットの心には、悪女的な考えが浮かぶ。

 妻との関係改善を望んでいるジェラートなら、大抵の願いは叶えてくれるのではないかと。


「ジェラート様には、私だけを見てもらいたいのです……。お星様は叶えてくれると思いますか?」


 ジェラートの手を包み込むように握りながら、願うような体勢で見つめると、ジェラートは苦渋に満ちた表情でぎゅっと目を閉じた。


(さすがに、自分の欲望を出し過ぎたかしら……)


 夫の好感度が下がったかもしれないと、シャルロットは後悔した。

 しかし様子を伺っていると、硬く閉ざされた夫の目が、花が開花するようにゆっくりと開かれていくではないか。

 そして、これまで一度も直視されたことのない夫の瞳が、しっかりとシャルロットを捉えた。


「そなたに求められれば、俺に不可能はないのかもしれない。やっと、そなたを正面から見られる……」


 シャルロットの目の前には、いつもの険しい表情の夫の姿はなく。そこにいるのは、ひたすら照れた表情で一生懸命に妻を見つめている夫。『可愛い』という言葉が良く似合うジェラートの姿だった。


「シャルの瞳に……、俺だけが映っている」

「ジェラート様の瞳にも、私だけが映っていますわ」

「そなたも、この先ずっと、俺だけを見てくれるだろうか……」

「それを確認するために、いつまでも私を映してくださいませ」

「一生そなただけを映すと、誓おう」


「この星に誓って」と、ジェラートが指さしたのは夜空の星でも、温泉に映る星でもなく、金色に輝く自らの瞳だった。





 翌早朝。シャルロット達は、山の中腹にある湖へと向けて出発した。

 騎士の聞き込みによると、湖の近くに若い女性が一人で住んでいるらしい。元々は、木こりの祖父と一緒に住んでいたが、祖父が亡くなってからも村には下りず、ずっと一人で暮らしている。


『番犬代わりに魔獣を飼う、変わり者の娘』


 それが村での、ヒロインの評判だった。ここまでは、シャルロットが小説で得た情報と同じだ。

 ヒロインは年に一度、木工品を売るために街へ赴くが、今はその時期ではない。確実に湖の住まいにいるはずだ。


 目新しい情報を聞けなかったシャルロットは、ヒロインよりも昨日のジェラートのことで頭がいっぱいだった。


(ご自分の瞳を、星に見立てるなんて……)


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