32 聖女の居場所1
翌朝。シャルロットが目覚めると、ジェラートの姿はすでになく。アンに居場所を尋ねると、ジェラート達は次の目的地の話し合いをしているようだ。
急いで身支度を整えたシャルロットは、本棚から本を二冊ほど取り出してから、会議室へと向かった。
昨日の夫を思い出すたびに胸が熱くなるせいか、シャルロットにはもう迷いはない。
(今度こそ、ヒロインの居場所を伝えるわ!)
ノックをして会議室の扉を開けると、テーブルを囲んでいるジェラートとフラン、そして騎士達が、話し合いをしている最中だった。
その中で一人だけ、シャルロットに気がついたフランが、「殿下、王太子妃殿下がいらっしゃいました」と声をかける。
それに反応したジェラートは、すぐに椅子から立ち上がると、シャルロットの元へとやってきた。
「おはようございます、ジェラート様」
「おはよう……」
ジェラートは、戸惑うような表情で挨拶をすると、「……昨夜のあれも、そなたから?」と小声で尋ねる。
以前、手を繋いで寝たことについて確認をされたので、抱き合ったこともシャルロットがしたのだと考えているようだ。
「ふふ。昨夜は、ジェラート様から抱いてくださいましたのよ」
「そうか……。一晩中、身動きが取れずに窮屈だっただろう。身体は痛くないか?」
「いいえ。幸せな一夜でしたわ。……シャルと、呼んでもらえましたし」
昨夜を思い出して恥ずかしくなったシャルロットは、本で顔を隠した。しかし、本のせいでシャルロットは見ることができなかったが、ジェラートも顔が真っ赤になっている。
その光景を離れた場所から眺めていた騎士達は、二人の関係が急激に進展していることに驚きを隠せず、ひそひそと囁きあった。
「殿下と、王太子妃殿下がついに……!」
「俺達も、陰ながらお支えした甲斐がありました」
「これで国の未来は、明るくなりましたね」
騎士達は『抱く』の意味を、完全に拡大解釈しているようだが、本当に驚くべきはジェラートの『純情さ』だと、フランは一人だけ冷静に王太子夫婦を眺めた。
おおかた、寝ぼけたジェラートがシャルロットに抱きついて、うっかりいつもの呼び方でもしてしまったのだろう。
それに対して、あれほど恥ずかしそうに喜んでいるシャルロットも、実はジェラートと同じ純情さを持ち合わせているのではと、フランは思った。
結婚して五年の夫婦とは思えない初々しさだが、やっと二人は手を取りあい、歩み出したのかもしれない。
そんな二人を、これからも支えたい。フランとしても結局は、未来への明るさを感じずにはいられなかった。
「……ところで、その本は?」
ジェラートに問われて、本来の目的を思い出したシャルロットは、やっと顔から本を離した。
「実は、新たな聖女様の居場所に、心当たりがありまして」
そう告げると、その場の空気は一気に緊張したものへと変わる。
ジェラートは真剣な表情で、本を見つめた。
「詳しく、話してくれるか」
「はい」
ジェラートに促されて、シャルロットはテーブルへと向かい椅子に座った。テーブルの上には、大きな国の地図が広げられており、捜索したと思われる場所にはバツ印がついている。
(やっぱり、都市部から重点的に探していたようね)
人口の少ない農村部を回るよりは、人が大勢集まる都市部のほうが、より多くの国民を調べられる。数字的に考えれば、効率の良い探し方だ。
しかし、この国では知られていないが、小説の知識があるシャルロットは、聖女が生まれる地域に『規則性』があることを知っている。
直接、ヒロインの居場所を教えるのは不自然なので、その規則性を伝える作戦だ。
「大きな都市は回り切ったので、行き詰っていたところだったんだ。そなたの考えを、聞かせてほしい」
「では、ご説明しながら、地図に印をつけさせていいただいてもよろしいでしょうか?」
「構わない。フラン、彼女の指示どおりに印をつけてくれ」
「承知いたしました、殿下」
フランがペンの準備をしたことを確認したシャルロットは、説明を始めた。
「まず、現在の聖女マドレーヌ様の故郷は、皆様ご存知ですわね」
「うむ。北部にそびえる山脈の、麓にある村だな」
ジェラートは答えながら、フランに合図を送る。フランは心得たように、マドレーヌの故郷にマル印をつけた。
「えぇ。聖女様は、ご自分が聖女としての能力を得られたのは、その村が自然に溢れ、澄んだ場所だったからだと、おっしゃられておりましたわ」
「ほう。曾祖母様が、そんなことを」
「それで私は、歴代の聖女様も、きっと自然に囲まれた、素敵な場所でお生まれになったのではと思いましたの」
「それで、その本を持ってきたのだな」
ジェラートは感心したように、シャルロットの本を見つめる。
シャルロットが部屋から持ち出した二冊の本は、マドレーヌの先代聖女と、先々代聖女に関する物語が綴られている。
本当は、もっとデータ数が多いほうがヒロインの居場所を絞れるが、あいにくそれより前の聖女については、物語として流通していない。王宮の資料室になら資料があるだろうが、出生地が書かれているかも未確認なので、今は調べに戻るだけ時間の無駄だ。
この二冊でなんとか乗り切るつもりで、シャルロットは一冊目の本を開いた。