28 夫の好感度が知りたい4
執事長は、「今なら老いぼれの首ひとつで、かたが付きますよ」と、シャルロットに耳打ちしながら、内ポケットに潜めているテーブルナイフをちらつかせる始末で。
なんとか執事長をなだめつつも、シャルロットはジェラートの手の手当をおこなった。
その後の晩餐では、ジェラートが怪我をしているのをいいことに、シャルロットは「あ~ん」と夫に食事を食べさせるという、悪女的な行為を楽しんだ。
ジェラートはひな鳥のごとく、与えられるままに食べていたが、二人のイチャイチャぶりに対して、はらわたが煮えくり返っていた執事長がいたことは、言うまでもない。
執事長以上に、夫を毛嫌いしているクラフティがいなくて良かった。心からほっとしながら、シャルロットはジェラートと食後のお茶をしていた。
ジェラートの手土産である白いお菓子もいただきながらの、ゆったりとした夜のひと時。
ぽつぽつとではあるが、夫は雑談にも付き合ってくれる。
このような時間を、ジェラートと過ごすことになるとは夢にも思っていなかった。シャルロットは嬉しい気持ちもあったが、気になることも迫っていた。
(ジェラート様、いつになったら帰るのかしら……)
そろそろ就寝時間だが、ジェラートは一向に腰を上げる気配がないままでくつろいでいる。
王太子に対して「帰って」とも言えずに困っていると、シャルロットはふと、今朝のやり取りを思い出した。
(そういえばジェラート様は、晩餐と朝食について言及していたわよね)
もしかして、泊まるつもりなのか。
嫌な予感を抱えつつもシャルロットは、やんわりと帰り時刻を指摘してみることにした。
「そろそろ、就寝時間ですわね……」
「そうだな。……そなたの部屋はどこだ?」
(あぁ~ん、やっぱり!)
しかも、今日は寝室をともにする日ではないのに、一緒に寝るつもりらしい。
夫婦の義務の日が前後することは、たまにあるので仕方ない。シャルロットはしぶしぶ、夫を寝室へと案内した。
寝る準備を整えて、ベッドへと入った二人。一緒に寝るのは、ジェラートが倒れた日以来だ。
あの時は背を向けて寝ていた夫だが、今はシャルロットと同じく、仰向けで天井を見上げている。
お互いに眠れずにいるが、動くのも迷惑だと思い、身動きが取れずに窮屈だ。
いっそのこと、悪女でも仕掛けて別の部屋に移ってもらおうか。シャルロットは悪女らしい考えが思い浮かぶ。
「ジェラート様、手を繋いでもよろしいですか?」
そう言いながらもシャルロットは、ジェラートの腕に抱きつき、怪我に障らない程度にそっと手を繋いでみる。
どんな反応を見せるのか期待をしてみたが、ジェラートは「うむ……」と肯定するだけにとどまった。
(初めて手を繋いで寝た日は、怒って部屋を出ていったのに……)
やはり、夫の好感度が気になる。
馬車では、夫の不可解な言動には理由があることを知ったばかりのシャルロットは、この態度の差についても知りたくなってしまった。
「あの……。手を繋いで寝ても、もう怒らないのですか?」
「……もう?」
「初めてジェラート様の手を繋いで寝た日は、剣をお忘れになるほどお怒りになったのでしょう?」
「……あれは、そなたから繫いだのか?」
「はい。そうですけれど……?」
なにを今さらと思いながら夫を見つめると、ジェラートが微かに笑みを浮かべたような気がした。
「そなたは本当に………………」
しばし間があった後、ジェラートは小さな声で「可愛いな」と呟いた。
(へっ? 私が可愛い? 今、ジェラート様は私のことを、可愛いと言ったの? 悪女な私を?)
信じられない言葉が夫の口から飛び出したので、シャルロットの顔が一気に熱を帯びる。
「あの……。ジェラート様はいつも、私の行動を……?」
「……うむ」
どうりで悪女を仕掛けても、夫の反応がいつも妙だったわけだ。
どうやらジェラートは、悪女的な振る舞いに対して『可愛い』と思っていたらしい。
悪女にも動じない、大人の余裕を見せつけられたような気がして、シャルロットは今までの自分が恥ずかしくなってきた。
こうして腕に抱きついて、手を繋いでいるのさえ居たたまれなくなり、夫から手を離し、背を向けて丸くなった。
「……手を繋ぐのは、止めたのか?」
「はい……。今日はもう十分です……」
「そうか……」
なぜか夫からは、残念そうな声が聞こえてくる。もしかしてジェラートは、手を繋ぐのが好きだったのだろうか。
シャルロットは寝具で顔を隠しながらもそう考えていたが、その思考は廊下の騒がしさによって中断させられた。
「騒がしくて申し訳ありません。様子を見てまいりますわ」
恥ずかしさから逃げ出すチャンスとばかりに、ベッドから出たシャルロット。部屋の扉を開けて廊下へ出ようとしたが、扉を開けた瞬間に、ノックをしようとしていた人物と鉢合わせした。
「どうしたの、アン。それに、……フランも」