26 夫の好感度が知りたい2
「今日もジェラート様は、朝の乗馬を楽しんでいたようね」
「そのようですね。朝の乗馬は、気持ちが良さそうです」
最近のジェラートは、朝の乗馬が趣味になったようだ。乗馬が好きだとは、フランから聞いたことがなかったので、最近できた楽しみなのかもしれない。
風になびく銀髪が朝日で輝いており、いつもの険しい印象からは格段に爽やかさを増している。シャルロットはこの瞬間が、お気に入りだった。
思えば別居を始めてから、今まで知らなかったジェラートをたくさん目にする機会があった。改めて不思議な気分になる。
このように活動的な夫も、別居をしなければ知る機会がなかった。
馬車が王太子宮へ到着すると、先に到着していたジェラートが馬車の扉を開けてくれるのも、毎日の日課のようになっている。
「おはようございます、ジェラート様」
「おはよう」
別居して以来、変わらずに出迎えてくれる夫。聖女誕生祭が終了してからは少し変化があり、ジェラートは『腕』ではなく『手』を差し出すようになっていた。
(私がべたべた触れるので、『触れたくない』という意識が薄らいでいるのかしら)
そのまま二人で食堂へと向かうのも、毎朝の日課。
今まで知らなかった『朝から活動的な夫』のおかげで、夫婦の義務以外にも少しだけ、夫婦の時間が増える事態となっている。
食堂の席についたシャルロットは早速、昨日の話をしてみることにした。
以前は口を開くのも勇気がいるほど、緊張した雰囲気が漂っていたが、最近のジェラートは割と返事をしてくれるので、前よりも話しかけやすくなっている。
「昨日、弟から聞いたのですが、今年はいつもよりも魔獣の動きが活発なようですわ」
「ほう……。ならば今年は、魔獣にかける予算を増やす必要があるかもしれないな。他の領地についても、魔獣増加の兆候がないか調べさせよう」
「正式に今年の方針が決まりましたら、またご報告させていただきますわね。弟の話ですと、領地の兵を増強することになるかもしれないそうです」
「そうか。ハット家は魔獣に敏感だから、ありがたい情報だ」
少し表情を緩めたジェラートの顔を見て、シャルロットは嬉しさがこみ上げてきた。
今までは、直接伝えられるような夫婦仲ではなかったので、フランを通して情報を流していた。けれどこうして、直接ジェラートの役に立っていることが知れるのは嬉しい。
(って、何を満足しているのよ。本題はこれからよ……!)
フランを通さずにこの話をした目的は、別にある。シャルロットは気を引き締め直して、ジェラートを見た。
「それで、しばらく弟が留守になりますが、屋敷を使用人ばかりに任せるのも不安です。せめて留守中だけでも、早めに帰れたらと思いまして……」
屋敷にいる使用人たちは安心して任せられる人材だが、これは単なる言い訳にすぎない。
要するに『夫婦の義務』を減らしたいという、お伺いだ。
「……そうだな。しばらくは朝食と晩餐を、ハット家で済ませるというのはどうだろう……」
意図を察したジェラートの提案に、シャルロットは思わず顔をほころばせた。
「ありがとうございます、ジェラート様!」
晩餐だけのつもりが、朝食の義務も免除してくれるようだ。
別居当初はあれほど夫婦の義務に関して敏感だった夫が、すんなりと義務を減らしてくれた。シャルロットは驚きと、これまでの成果が確実に出ている達成感がこみ上げてきた。
(これは、ジェラート様の好感度が下がっているということで、良いわよね?)
元々、ジェラートには嫌われているので、この好感度はあくまで『王太子妃として』の好感度。
聖女誕生祭では、あれだけ好き勝手に振舞ったのだ。王太子妃としての資質に問題があると、ジェラートも気づき始めたのかもしれない。
これは確実に、離婚への距離が近づいた証拠。
この調子で他の義務も減らしていけば、いずれは『シャルロットが王太子妃である必要はない』という、判断に行きつくはずだ。
離婚を決意してから、まだ二か月も経っていない。順調すぎる展開に対してシャルロットは、テーブルの下で『よしっ!』と握りこぶしを作った。
朝食を終えて執務室へと向かったジェラートは、フランの「お帰りなさいませ、殿下」という声も聞こえていない様子で、室内をうろうろと歩き始めた。
険しい顔つきで、考えごとをしながら室内をうろつくのは、ジェラートがたまに見せる癖だ。
大抵の場合は重要案件などについて、考えを頭の中でまとめているような時に見られる。
このような動きをしている際には、下手に話しかけないほうが良い。
フランが、じっと主人の考えがまとまるのを待っていると、ジェラートは結論が出たように、ぼそりと呟いた。
「白い……土産……。フラン、白い土産が必要だ」
「土産でございますか? どこかへ外出される予定でも?」
今日の外出予定はなかったはず。急遽、訪問先ができたのだろうか。フランが尋ねると、ジェラートは恥じらう乙女のごとく、握りこぶしを口元に当てた。
「……シャルの家に招待された。しかも、お泊りだ……。俺はシャルの好意に、全力で応えねばならない」
「それで、王太子妃殿下がお好きだという、白い土産が必要なのですね」
「そうだ。それと、俺の衣装も白いものを用意してくれ……」
どうやらジェラートは、妻色に染まりたいらしい。普通は俺色に染めたいのでは? と、疑問を感じたフランだったが、妻の別居を止めさせようと必死のジェラートには、なにも言うまい。
「承知いたしました、殿下」
「いや、待て。服装に無頓着な男は嫌われる。やはり、白い正装にしてくれ」
「はい。仰せのままに」
プライベートな誘いに対して、正装はいかがなものか。殿下も、いろいろと追い詰められているな。と思いながら、フランは準備に取りかかった。
夕方。日が暮れる前に帰宅しようと思ったシャルロットは、早めに執務を終わらせて玄関へと向かった。
しかし、事前に連絡しておいたにも関わらず、馬車の準備が整っていないらしい。