25 夫の好感度が知りたい1
聖女誕生祭も無事に終了し、数日後。
執務室で書類仕事をしていたシャルロットは、気が乗らずに「はぁ」と溜息をついた。
「書類に不備がございましたか?」
アンに問われて、シャルロットは取り繕ったように微笑みを向ける。
「ううん、そうではないの。少し考え事をしていたの」
「……王太子殿下のことでしょうか?」
「えぇ。私の作戦が上手くいっているのか、気になったのよ」
聖女誕生祭では、ジェラートに対してさまざまな嫌がらせを仕掛けてみたが、どれも決定的にジェラートを怒らせるには至っていない。
ダンスを踊った際は怒ったのかと思ったけれど、結局は苦情を突きつけられるわけでもなく、普通に馬車で一緒に帰ってきた。
ジェラートは元々、何を考えているのかわかりにくい性格ではあるが、これだけ嫌がらせをしておいて、何も反応がないのが不思議でならない。
「私の目からは、良い方角へ向かっているように思いますが」
アンとしては、シャルロットが別居して以来、夫婦関係に改善の兆しが見えているように思えてならなかった。
シャルロットが押しつけた鞘飾りも、ジェラートは未だに装着したままであり。なにより聖女誕生祭でのジェラートの子作り宣言は、貴族たちの間では今、最も気になる話題となっている。
シャルロットの元へも連日、お茶会の招待状が山のように届くが、本人は「ジェラート様のいない場所で、悪女を演じても意味がないわ」と、全ての招待を断っている状態だ。
それらを踏まえて、シャルロットが望んでいる離婚という形ではないにしろ、結果的には円満に解決できるのではと、アンは楽観視している。
「そうかしら……。私としては、手ごたえ不足なのよね。もっとわかりやすい反応をもらえたら良いのだけれど……」
ここが乙女ゲームの世界なら、好感度を知ることができたかもしれないが、残念ながらここは小説の世界。好感度システムは存在しない。
ジェラートの好感度の、目安となりそうな作戦が必要だ。何が良いだろうかと、シャルロットは頭を悩ませた。
晩餐が終了し、玄関へと向かっていたシャルロットと侍女たち。
別居した当初は毎夜、ジェラートたちが玄関ホールで会議の準備をしていたが、今はシンっと静まりかえっている。
ジェラートが泥酔した日にフランが教えてくれたとおり、あれは訓練だったようだ。あの日以来、会議をしている様子は見られない。
通常へと戻った玄関を出たシャルロットとアンは、侍女たちに見送られながら馬車へと乗り込んだ。
二人を乗せた馬車が出発し、侍女たちが宮殿内へ戻った後。建物の陰から、馬に騎乗した男が二人ほど姿を現した。
「やはり、今夜も行かれるのですね」
「当たり前だろう。シャルが襲われたらどうする」
この王都で、王族や貴族の馬車が襲われるようなことは滅多にないし、シャルロットの護衛を少数精鋭に変えたので、信頼できる騎士が四名ついている。
しかし、それでも心配なジェラートは、こうしてシャルロットの護衛としてこっそりと送り迎えをしていた。
そのおかげで、ジェラートは夜に眠ってくれるようになったが、なぜ護衛任務に自分を連れて行くのだ。侍従であるフランは毎日のように疑問を持たざるを得なかった。
それでも最近は、王太子夫婦の関係が改善傾向にあるような気がする。フランとしても喜ばしい。
「見失う前に行くぞ、フラン」
「はい、殿下。どこまでもお供いたします」
伯爵家へ到着したシャルロットとアンは、屋敷内が随分と慌ただしいことに気がついて顔を見合わせた。
メイドや私兵たちが、次々と荷物を玄関ホールに運び出している。
話しかける余裕もなさそうな雰囲気。きょとんとしながらその様子を見ていると、二階からクラフティが降りてきた。
「あっ! 姉様、お帰りなさいませ!」
「ただいま、クラフティ。この騒ぎはどうしたの?」
「実は、父様に手紙で呼ばれたので、しばらく留守にしますね」
「お父様に? なにかあったの?」
「領地の魔獣対策について、話し合ってきます。徐々に魔獣が増えているそうなので、必要ならばこの邸宅で雇っている私兵も必要になるかもしれません」
「そう……。魔獣が増えているの……」
魔獣の増減は、聖女の老いの他にも体調に比例するといわれている。
マドレーヌは今、聖女誕生祭に出席した疲れで休んでいると聞いたが。思ったよりも体調が優れないのかもしれない。シャルロットは心配になる。
その様子を察したのか、クラフティはなんでもないことのように、にこりと微笑んでみせた。
「心配には及びませんよ。暖かい季節になれば魔獣も活発になりますので、念のための対策でしょう」
「そうだと願うわ。気をつけて行ってきてね」
「はい。姉様に会えないのが一番の懸念事項なので、なるべく急いで帰ってきますね」
翌朝。シャルロットとアンを乗せた馬車が王宮の門をくぐると、車窓からは馬で駆けていくジェラートの姿が映るのが、最近では毎朝の光景となっている。