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02 離婚が駄目なら2


「おめでとうございます、王太子妃様! ついに離婚ですか?」

「いいえ。今回は別居を申し出てみたの。ここから、じわじわと距離を開けていくつもりよ」

「一歩前進ですね! これまで粘ってきた甲斐がございましたわ!」


 侍女たちも、王太子夫婦が冷え切った関係であることは重々承知していた。


 シャルロットには、十五歳という若さで半ば強引に、八歳も離れた王太子と結婚させられてしまった経緯がある。

 それも、王太子の意思で。


 彼女を気に入ったのならば溺愛するのかと思えば、夫婦生活は初めから冷えたものだった。

 ろくに視線も合わせず、会話もない。この五年間で、子供の一人も儲けていない。


 女嫌いな王太子は、『仮初めの夫婦関係に文句を言われないよう、従順な若い娘を娶った』というのが、貴族の間での共通認識。


 しかしこの五年間、近くで彼女を見てきた侍女たちは、シャルロットが従順な娘ではないことを知っている。

 この夫婦関係を改善するため、義務や公務を完璧にこなし、彼の理想に近づこうと努力もしてきた。

 初めの三年間はそうして頑張ってきたが、夫は一向に心を開かない。次第にシャルロットは、離婚を口にするようになっていた。


 この国では王族の離婚も、さほど珍しくはない。『合わない相手と添い遂げる必要はない』という考えの、さっぱりとした国民性でもある。

 にも関わらず、「離婚はしない」と拒否し続ける夫。

 侍女たちもシャルロットが不憫でならなかったが、今日はついに解決の糸口が見つかったと喜びあった。


「そうと決まれば、善は急げよ。引っ越しの準備をしてもらえるかしら」

「はい! 王太子妃様!」




 部屋へと戻り、引っ越しの準備に指示を出しつつ、シャルロットは物思いにふけっていた。


(まさか私が、転生していたとはね……)


 誰しも、一つくらいは欠点があるもので、努力家のシャルロットにも『寝相が悪い』という欠点がある。

 幼い頃は、ベッドに柵を取りつけなければ、すぐに落ちてしまうほどで。成長とともに少しはマシになったが、それでも枕に足を向けた格好で目覚めるなんてことも、未だにあったりする。


 今朝はその欠点が炸裂し、久しぶりにベッドから落ちてしまった。

 その際に、運悪く頭を打ちつけたシャルロットは、唐突に自分の前世を思い出したのだ。


 その記憶によると、前世は日本人で二十代の会社員だった。仕事のストレス発散にと、恋愛小説を読み漁るのが趣味だったようで。何百冊と読んだ中の一冊が、この世界に酷似していると思い出した。


 しかもシャルロットは、ヒロインではない。ヒロインである聖女と、夫のジェラートとの恋路を邪魔する『悪女役』だったのだと。


 小説の始まりは、今から一年後。ジェラートはある日、ヒロインである聖女と出会う。


 王妃の提案により、聖女をジェラートの側妃として迎え入れることになり、二人は婚約する。

 しかし結婚前にも関わらず、ジェラートは聖女とばかり夫婦の義務をおこなうようになり、シャルロットは嫉妬で精神を病んでいく。


 シャルロットは、いかに自分が聖女よりも優れているかを誇示しようとしたり、ジェラートに嫉妬させようと男遊びを始めるようになる。


(私がそんな悪女になるなんて、信じられないわ……)


 シャルロットのおこないは全て、ジェラートの目を自分に向けさせるためのものだったが、それを利用する者が現れる。

 ある日、王太子と聖女は寝込みを襲われるが、暗殺者が持っていた短剣がシャルロットの実家であるハット家の紋章がついたものだった。

 それは王太子の敵対派閥による陰謀だったが、そうとは知らないジェラートはハット家の者全員を処刑してしまう。その中には、首謀者と思われていたシャルロットも含まれており――


 そこまで思い返したシャルロットは、ぶるっと身震いをした。


「王太子妃様、お寒いですか?」

「ううん、大丈夫よ」


 シャルロットはお茶を一口飲んで「ほぅ」と息をついた。

 屋外とは違い、宮殿内は温室のような暖かさ。今のは『断罪』への恐怖心からくる身震いだ。


 そう。シャルロットには、断罪される未来が待っているのだ。それは何としても阻止したい。

 しかし小説の中でも離婚していないように、ジェラートは決してシャルロットとの離婚は認めてくれない。

 ならばと、今朝は必死に考えて『別居』しようと閃いた。


 夫と距離を開けることで、夫婦ではなく他人という認識を植え付けていこうと考えたのだ。疎遠になっていけば、離婚しやすくなるかもしれない。

 意外にもジェラートはすぐに了承してくれたので、これから更なる離婚への計画を立てる予定でいる。


 そう考えながら部屋を見回してみると、浮足立った様子で引っ越しの準備を整えている侍女たちの姿が目に映る。

 彼女たちにもこの五年間、肩身の狭い思いをさせてしまった。

 シャルロットは夫婦の義務は果たしてきたが、妃としての最大の義務である子供を授かっていないのだから。


 ジェラートは何を考えているのか。王位を継ぐ立場だというのに、一向にシャルロットに触れようとはしない。

 週に一度は一緒に寝るが、それはただ単に同じ空間にいるだけ。

 彼はシャルロットが寝た後も部屋で書類仕事をし、翌朝シャルロットが目覚めると彼はソファーで寝ている。


 今までは世継ぎに対する重圧もあったけれど、その心配ももう必要ない。

 なぜなら小説では、ヒロインとジェラートの間に子供が生まれるのだから。

 シャルロットは国の心配はせずに、安心して離婚のことだけ考えれば良い。


 そう思うと、今までの肩の荷がすっかり下りてしまったような気分になる。シャルロットも侍女同様に、浮足立ちながら引っ越し作業の手伝いを始めるのだった。


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