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17 夫が出ていきました5


「思ったよりも早いわね」


 朝食は一人で食べるつもりだったけれど、この様子ならジェラートと夫婦の義務をすることになりそう。

 これからシャルロットがしようとしていることを考えると、気まずい朝食になりそうだ。そう思いながら、夫を出迎えるためにシャルロットは玄関の外へと向かった。


「王太子妃様、大丈夫ですか……?」


 心配そうに声をかけるアンに対して、シャルロットは緊張しながらうなずいた。


「えぇ。大丈夫よ。私は必ず、やり遂げてみせるわ」


 夫が不在の間、アンと一緒に次なる手は考えてある。シャルロットはこれからそれを、実行するつもりでいた。


「王太子殿下の一行が、見えてまいりましたよ!」


 アンの声とともにシャルロットの目にも、しっかりと騎乗したジェラートの姿が。

 ジェラートの後ろには、近衛騎士団の列。今回は魔獣討伐もおこなったので、人数が多い。さらにその後ろには、お土産である『ふわもこ雲ひつじの毛』を載せた荷馬車が。


 ふわもこ雲ひつじは、草地が多い山の中腹に生息しており、麓から見ると雲のように見えることから、その名がついた。

 その雲ひつじの毛を、干し草を山積みに載せた荷馬車のごとく運んでおり、まるで雲を捕まえてきたようだ。


 その荷馬車が、一台、二台、三台……。合計、五台が連なっている。


「あんなにたくさん、どうするのかしら……。いくら編み物好きの聖女様でも、一生をかけても使い切れないと思うわ」

「聖女宮の布物を、全てウール製に替えても余りそうですね……」


 あまりに大量のひつじの毛が運ばれてきたので、シャルロットとアンは緊張も忘れて、ぽかんとその一行が到着するのを見守った。


 先頭のジェラートが宮殿前広場に到着し、彼は馬から颯爽と降り立った。それを確認したシャルロットは、ハッと身を引き締める。


「いっ……行ってくるわ!」

「はい! 頑張ってください、王太子妃様!」


 シャルロットは気合を入れるように、ぎゅっと目を閉じた。


(私は悪女、私は悪女……。ジェラート様をたらし込もうとする、悪女よ!)


 決心するように目を開いたシャルロットは、ドレスの裾を少し持ち上げ、満面に笑みを称えた。

 そしてジェラートに向かって、優雅に駆け出す。


「ジェラ~トさまぁ~ お帰りなさいませぇ~ ジェラ~トさまぁぁぁ~~」


 夫の帰りを心待ちにしていたかのような演出で、ジェラートのもとへと駆け寄ろうとしているシャルロット。

 こんな王太子妃の姿を初めて目にした一行は、一斉にシャルロットへ注目した。

 誰もが驚いた表情となり、ジェラートは身構えるように動きを止める。


(はっ恥ずかしいわ……)


 自分らしくない行動に、シャルロットは頬が熱くなるのを感じたが、ここで止めてはただ恥ずかしいだけで終わってしまう。

 やりきる強い意志を奮い立たせて、ジェラートのもとへとたどり着くと、その勢いで夫に抱きついた。


「シャル、さみしかったぁぁ~」


 夢にまで見た、夫の引き締まった胸板。

 感動やら、嬉しさやらを、味わいたかったシャルロットだったが――、重苦しい空気が辺りに立ち込めており、それどころではなかった。

 誰一人、言葉を発することなく、シンっと静まり返った玄関前広場。


(どうしよう……完全に皆、引いているわ……)


 自分を『シャル』呼びは、さすがに寒すぎただろうか。シャルロットはすぐさま後悔の念に駆られる。

 アンと一緒に、『悪女のイメージ像』を作り上げていた時は楽しかったが、路線を少し間違えたかもしれない。

 しかし目的は、夫に『うっとおしい』と思わせること。周りの反応を見る限りでは、成功しているように思える。


 置物にでもなったかのように、動かないジェラートの様子が気になったシャルロットは、意を決して夫の表情を確認してみることにした。


「……ジェラートさまぁ?」


 もし夫が怒りに満ちた表情だったなら、作戦は成功。

 上目遣いにジェラートの顔を見上げてみたが、しかしシャルロットが想像した表情を見ることは叶わず。

 夫は、青ざめた表情で宮殿を見つめていた。


 そして、シャルロットに視線を向けようとしたジェラートは――、そのまま倒れた。





 ――あぁ……。シャルはなんて、可愛いんだ。


 倒れたジェラートの脳内では、ひたすらその言葉が繰り返され。シャルロットが笑顔で手を振りながら、自分の胸に飛び込んでくる場面が繰り返し再生されていた。

 シャルロットは手など振っていなかったが、ジェラートの脳内では都合よく改変され、場所も宮殿前広場ではなく、花畑で二人きりという設定になっている。

 そのくらい親しい間柄になれたように、ジェラートの心には刻まれていた。


「――様! ジェラート様! 大丈夫ですか!」


 その、親しくなれた愛する妻の声で、ジェラートは目が覚めた。


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