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14 夫が出ていきました2


 獲物を発見した狼のような鋭い視線をジェラートは向けるが、フランは冷静な態度でベッドから出ると、ジェラートをソファーへと案内する。


「僕は無実です。昨夜はあまりに殿下が飲みすぎてしまいましたので、夫婦の義務は中止にしたほうが良いと提案したのですよ。ですが、殿下がどうしても王太子妃殿下の部屋へ行くと、聞く耳を持ってくださらなかったもので」


 手早くお茶の用意をしながら、フランは主人の服の乱れに着目する。

 確かに本人が言うとおりはだけて(・・・・)はいるが、進展があったような雰囲気ではない。おそらくシャルロットが介抱するために、服を緩めたのだろうと推測した。


 お茶を差し出しながら、フランは微笑む。


「夫婦なのですから、手を繋いで寝るくらいよろしいではありませんか」

「お前は俺の状況を、まるで理解していないな。挨拶を交わすだけの相手に手を握られたら、気持ち悪いに決まっているだろう」


 相変わらず『夫婦』という大前提が抜けているが、ある意味常識人ともいえる。地位を利用して女性を思いどおりにしようとする貴族も少なくない中、少し過剰ではあるがジェラートの紳士的な考えには好感が持てる。


「過ぎたことは仕方ありませんよ。それよりも、朝食時に王太子妃殿下のご様子を観察して、今後の対策を練られてはいかがですか?」


 本当にジェラートから手を握ったのなら、きっとシャルロットは喜んでいるはず。それを確認すればさすがに、妻に好かれていると本人も気がつくだろう。

 そう判断したフランは、「行きたくない」と駄々をこねるジェラートを、食堂へと追い出した。




 ジェラートが渋々食堂へ入ると、シャルロットが椅子の前で慎ましやかに微笑んでいた。

 どうやら手を握ってしまったことには、怒っていないようだ。少しほっとしながら自分の席へ向かおうとしたが、シャルロットは何かを差し出してきた。


「ジェラート様、おはようございます。私の部屋に、剣をお忘れでしたわ」


 慌てて部屋を飛び出してしまったので、剣を忘れていたらしい。腰に手を当てて今さら気がついたジェラートは、「……あぁ」と剣を受け取ろうとした。

 しかし、鞘に見慣れぬものが装着されていることに気がつき、手が止まる。


 それは騎士の妻や恋人が、職務の無事を願って贈るという噂の装身具。騎士たちにとっては、愛してくれる者がいるという証拠と自慢のアイテムだ。


 それがなぜ、自分の鞘に取り付けられているのか。


「……わざわざ、すまない」


 震える手で剣を受け取るジェラートの姿を、シャルロットはしっかりと目に焼き付けた。


(ふふ、手が震えるほど怒っているのね。今すぐにでも、離婚を切り出さないかしら)


 思ったとおりの反応が返ってきたことに思わず喜んだが、なぜか虚しさも同時にやってくる。


 あの装身具を作った時のシャルロットは、決してジェラートを怒らせるのが目的ではなかった。騎士とともに魔獣討伐へ赴く夫の身を案じ、無事に帰ってきてほしいと願いを込めたもの。

 そして願わくば、贈り物として喜んでほしかった。


 それを嫌がらせの道具として使ってしまったことに、今さらながら心が痛む。もしかしたら心の片隅に、『喜んでくれるかもしれない』という期待もあったのかもしれない。


 しかし、これで確信を得ることができた。シャルロットが夫へ好意を寄せることが、離婚への近道であると。






 朝食後、逃げ込むようにして執務室へと入ってきたジェラートに気がつき、フランは声をかけた。


「どうなさったのですか、殿下。顔色が悪いようですが」

「緊急事態だ、フラン!」

「何か事件でも?」


 そんな報告は来ていない。フランへの報告を飛ばして、直接ジェラートに報告するような事件が起きたのだろうかと、顔をしかめる。

 するとジェラートは、フランに向けて剣の鞘を突き出した。


「そちらは、もしかして」


 フランは、見覚えのある装身具を目にして思わず顔をほころばせた。

 鞘に装着する装身具は、鞘の寸法を知る必要があるので、シャルロットに頼まれてジェラートの鞘の寸法を教えたことがある。ジェラートが好みそうなデザインも一緒に考えたので、はっきりと覚えていた。

 やっと本人に渡すことができたようで喜ばしく感じたが、受け取った本人は顔色が悪いままでうなずく。


「せっかくの王太子妃殿下からの贈り物ですのに、嬉しくないので――」

「嬉しいに決まっている!」


 被せ気味に返答されて、フランは苦笑した。ジェラートは相当嬉しいらしい。

 ならば、なぜ絶望したような表情でいるのだろうか。


「でしたら、なにか心配事でもございますか?」

「なんの記念日でもないのに、初めての贈り物を渡す理由がわからない……。嫌な予感がする」


 それはジェラートから手を繋いだから、シャルロットが喜んだのではとフランは思ったが、本人は全くその意識がないらしい。


「記念日でなくとも、贈り物をし合う夫婦はいくらでもおります。深く考える必要はないかと思いますが」

「お前はいつになったら、俺達の状況を理解するんだ。醜態を晒した上にセクハラじみた行為をする夫へ、贈り物をしたいと思うか? これには何か、意味があるに違いない」


 意味など、先ほど思ったとおりだ。それ以外に理由が思いつかないフランだが、シャルロットが初めて『別居』を選択したことについてはずっと気にかかっていた。

 もしかして、シャルロットに心境の変化でもあったのか。ジェラートのいうとおり、何か意味でもあるのだろうか。

 ジェラートは「そういうことか」と納得したような声をあげた。


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