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13 夫が出ていきました1


 早朝。シャルロットの部屋から呼び鈴の音がしたので、アンは首を傾げた。ジェラートが訪れた翌日はいつも、シャルロットが侍女の控え室へと着替えに来るからだ。

 部屋へ入っても良いのだろうか。戸惑いながらも、呼ばれたからには行かねばならない。アンは、隣接するシャルロットの部屋のドアを静かに開けて、中の様子を伺ってみた。


 いつもジェラートはソファーで寝ていると聞いていたが、その姿はなく。ベッドでは、ジェラートのものと思われる剣を、大切そうに抱えたシャルロットの姿が。


「おはよう、アン」

「王太子妃様、おはようございます。あの、王太子殿下は……?」

「私が目覚めた時には、すでにいなかったの。きっとお怒りになったのね」


 シャルロットは昨夜、初めて夫の意思を無視して手を繋いでしまった。

 きっとジェラートは、剣を忘れるほど怒って出ていってしまったのだろう。


「何かあったのですか……?」


 心配そうに見つめるアンに対して、シャルロットは笑顔で首を横に振る。


「大丈夫よ。それよりも、良い作戦を思いついたの」

「良い作戦ですか?」

「えぇ。私はこれから、ジェラート様に対して悔いが残らないよう精一杯、接していこうと思うの。きっとジェラート様は、そんな私をうっとおしく思うはずだわ。そのうち、離婚にも応じてくれると思うの」


 今まではジェラートに嫌われたくない一心で、我慢してきたこともたくさんあった。けれど、どうせ離婚するなら遠慮する必要はない。

 手を繋いだことで、ジェラートは怒って出ていってしまったが、シャルロットとしては幸せなひと時を過ごすことができた。五年も我慢してきたのだから、最後くらい自分の気持ちに素直になりたい。

 それにこの方法なら夫婦間だけの問題なので、反王太子派に付け入られることもないはずだ。


「本当にそれでよろしいのですか? 王太子妃様が傷つくだけにならないか心配です……」


 昨夜、夫婦の間に何があったのか知らないアンは、不安だけが募る。それでなくてもこの五年間で、シャルロットはずっと傷ついてきたのに、自ら傷をえぐるような真似をする必要はないと感じる。


「私は離婚したいのよ? これくらい、どうってことないわ。きっとジェラート様にとって私は、嫌いだけれど傍に置いても不都合がない相手なのよ。それを覆さなければ、離婚には応じてもらえないわ」


 ジェラートにとってシャルロットは、王太子妃の役目をそつなく果たしてくれる手放せない存在。

 小説でも、聖女を側妃にしシャルロットを正妃のままにしておいたのは、それが理由だと推測できる。

 庶民である聖女では、正妃は荷が重いから。

 その状況を壊すには、シャルロットと一緒にいたくないと思わせる必要がある。


「王太子妃様が、ご納得していらっしゃるのでしたらよろしいのですが……。あまりご無理はなさらないでくださいね」

「ありがとう、アン。早速だけれど、持ってきてほしいものがあるの」

「何をお持ちいたしましょうか?」


 聞きなおすアンに、シャルロットはにこりと微笑みながら、ジェラートの剣を見せる。


「剣といえば、思い出すものがあるでしょう?」

「まっ、まさか……。あれを……?」

「えぇ。私はやるわ! 今すぐ持ってきてちょうだい」


 アンに持ってこさせたのは、シャルロットの瞳と同じ赤い魔石で作られた『鞘用の装身具』だ。

 装身具には防御魔法がかけられており、この国では騎士職に就いている夫や恋人への贈り物として定番のアイテム。


 これは結婚してから初めてジェラートの誕生日を迎えた際に、渡そうとして渡せなかったものだ。

 ジェラートは社交の場が嫌いなので、いつも誕生日の数日前に聖女探しで地方に出かけてしまう。

 当然、王家主催の宴は開かれず。貴族からの贈り物も拒否していると聞いたシャルロットは、自分が渡す贈り物も迷惑だろうと思い、ずっと渡せずにいた。


 それを本人の許可なく、鞘に装着しようというのだ。


(私を嫌っている相手に、図々しくも贈り物を身に着けさせるなんて。私はやっぱり、悪女の才能があるのかしら……)


 鞘に装身具を装着しながら、シャルロットは自分自身に苦笑いした。前世の記憶にある小説の中の『シャルロット』は、登場人物の一人という認識が強かったが、どうやら自分自身で間違いないと再認識させられる。


(こうなったら、悪女らしくジェラート様に言い寄って、さらに嫌われてやるわ!)




 五日ぶりに夜の睡眠を取ることができたフランは、熟睡して気持ち良い目覚めを迎えるはずだった。


「フラン、起きろ! あれは一体、どういうことだ!」


 しかしなぜか、ジェラートに胸ぐらを掴まれながら目覚めた。


「……どういうこととは?」

「なぜ俺は、シャルの部屋で寝ていたんだ! それも、こ……こんなはだけた格好で……、シャルの手を握って……」


 ジェラートは、醜態を見せてしまった恥ずかしさと、シャルロットに触れてしまった罪悪感との狭間で、混乱していた。


 彼にとってはこの五日間で、とてつもなくシャルロットと関係が深まってしまったので、一緒の空間で一夜を過ごす自信がなかった。

 フランには脚本を書いてもらったが、ロマンス小説顔負けの展開だったので即刻投げ捨てた。

 結局、お酒の力に頼ることにしたジェラートは、立て続けにワインを五本ほど、ラッパ飲みしたところまでは覚えている。しかしその後の記憶が、まるでない。


 ちなみにジェラートにとって、妻に「おはよう」と挨拶することや、一緒に食堂へ向かったり、シャルロットの見送りや出迎えを行なう行為は、かつてないほどの進展。

 そんなジェラートが、妻の隣で目覚めてしまったのだ。刺激が強すぎて混乱するのも無理はない。


 投げ捨てるようにしてフランから手を離したジェラートは、シャルロットの手の温もりを思い出し、嬉しさと、やはり罪悪感に襲われて頭を抱える。


「王太子妃殿下は僕がお願いしたとおりに、殿下を介抱してくださったのですね」

「貴様の仕業か」


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