2.現実世界1日目 (A-part)
いらっしゃいませ!!
ゆっくりしていってね!!
―――
朝だ。
目が覚めた。
今日も普通に平凡な朝だ。
布団の中から出たくない。もう少しだけ自分の体温を感じていたい。
僕、こと神戸泰水は、新しく始まった生活に慣れてくる頃に訪れる最初の試練に立ち向かっていた。
五月病の克服だ。
あぁ……
今日も『あと五分』の誘惑に負けてしまう……
眩しい朝日……
ふかふかの枕……
お布団のいい香り……
いつもの……天井……
……はぁ。
わかっていた。夢オチなんて定番中の定番だよな。
転生か転移か知らないけど、妙に生々しい厨ニワールド全開な夢を見た。
ここは紛う事なき現実世界の我が家である。
一応確認のため、念には念をと言うことで洗面所の鏡へ向かってみた。
……結果、僕はのっぺり日本人顔に戻っていた。
「泰水〜さっさとご飯食べなさい〜」
母さんがキッチンから早口で捲し立てる。
父さんがリビングであくびしながら新聞を読んでいる。
弟が既に朝食を食べ終えようとしている。
大丈夫。いつもの朝に戻っている。
僕はとにかく安堵した。
戻って来られて、よかった。
―――
私立山吹大学附属高等学校の朝は早い。
2年F組の朝も慌ただしい。
僕は家族の都合で4月からこの高校へ転入した、週刊少年ステップ好きな高校二年生だ。
学校のルールはまだ把握していないことも多い。
学力はたぶん中の中で、『文武両道』を掲げるフツーの普通科高校だ。
その中でも僕の通う2年F組は、クラスメート6人が個性豊か……もとい、イタい集団を揶揄して『厨ニ病隔離病棟』と呼ばれている。
転入から一ヶ月、僕は早々と6人の中に含まれていた。
僕、こと神戸泰水は『カッペ』というあだ名を付けられている。
田舎っぺと名字の韻を踏む素敵なネーミングだ。
と言っておかないとセンパイに絞られる。
教室内はいつも通りの喧騒だ。
始業前のフリートークに皆花を咲かせている。
僕は自分の席に着くなり、背中に重い衝撃が走った。
「オッス!」
ガッキーが僕の背中をぽーんと叩いて挨拶した。
ぽーんのつもりがドン!になっている。それほどガッキーは力が強い。
ガッキーこと、石垣壮馬は学校でできた僕の最初の友人だ。
今日の彼はどことなく上機嫌だが何があったのだろうか。
「カッペ、昨日有った良い事教えてやろうか?」
見たことのない笑顔……いやこれはニヤケ顔だ。
はっきり言って気持ち悪い。
「別に聞きたくない」
僕が悪態をついてもガッキーはニヤケ顔を止めない。余程良い事があったのだろう。
彼女でもできたのか? もしそうなら処刑だな。
「嫌でも教えてやるよ。今日は特別気分がいいからな!」
彼は話を無理矢理続けるつもりだ。
仕方ない、聞き流そう。
「きのう俺、異世界転移してきたぞ! 羨ましいだろぉ〜?」
ガッキーはワイルドな口調でサラッと聞き捨てならない事をほざくので、
「僕も行ってきたけど。何か質問ある?」
僕も対抗心を燃やしてみた。嘘はついてない。
「それで俺さ、滅茶苦茶イケメンの剣士になってた訳よ。金髪ロングで背が高くて、女の子からベタベタのモテモテでもうgmvb4ptmoふじこふじこ@……」
僕の返事は無視かよ。
ガッキーは思い出し笑いをしながら一人語りを続けるが、呂律が回っていないし顔がキマっている。
「僕は銀髪赤眼のそれなり男子だったなぁ」
どうやら僕とガッキーは別人に転移していて、行動も違ったようだ。
「ステータスは見たか。俺は結構強いらしいぞ」
ガッキーは僕の知らない単語を口にした。
「僕が見た夢と同じとは限らないだろ」
ステータスは知らないが、そもそも僕には異世界転移のはっきりした確証が無い。
傍から見れば、偶然同じような夢を見た厨ニ病患者達の妄言に過ぎない。
しかし二人の登場で僕らの妄言はだんだん確信へ変わることになる。