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006 色仕掛け

 龍斗がベッドサイドに座ると、麗華は話を進めた。


「知っているかもしれないけど、ウチのクランは交替勤務制でね。皆でローテーションを組んで働くようにしているの。勤務という表現をしていることから分かるかもしれないけど、ウチは給料制だから、クエストや魔石を換金して得たお金はクランに納めてもらうわ」


「ふむ。だがそれだと――」


「普通に稼ぐほうがいいんじゃないか、と言いたいのかな?」


「そういうこと」


「それは間違っていなくて、単純な稼ぎはクランに所属すると減るわ」


「じゃあ、クランに所属するメリットって?」


 麗華が何食わぬ顔で龍斗の腰に腕を回す。


 それだけで龍斗はドキッとした。


 その反応を見た麗華は、ちょろいな、と心の中でほくそ笑む。


「保険って分かる? 生命保険とか医療保険とか、ああいうの」


「まぁ、なんとなくは」


「ウチに所属するメリットは独自の保険システムがあること。例えば龍斗が怪我をして片腕を失ったとする。すると、これまでと同じように狩りをすることはできなくなるよね?」


 龍斗にとって、腕はそれほど必要ない。彼の戦い方はスキル一辺倒であり、腕を振り回すことがないからだ。とはいえ、ここでそんなことを言っても話の腰を折るだけだろう。


 だから龍斗は「そうだね」と相槌を打つ。


「ウチに所属していたら、片腕を失って戦闘ができなくなったとしても、所属年数分は保険金として給料が支払われるの」


「10年目に故障して使い物にならなくなったとしても、向こう10年は面倒を見てもらえるってこと?」


「そういうこと。冒険者として活動する以上、どれだけ気を配っていても怪我は避けられないからね。そして、大怪我を負うと冒険者だけでなく他の仕事も苦しくなりかねない。その時に十分な貯蓄があればいいけど、なかったら人生真っ暗だよね。だからウチでは、そういった心配を出来る限り減らす制度を準備しているの」


「それが保険ということか」


「だね。他にも色々な制度がある。あと、一般企業と同じで有給休暇制度もあるから、その気になれば旅行をすることだって可能よ」


「流石は大手だ、よく考えてある」


 これは本音だ。加入すると普通の冒険者生活では得られないであろう“安心感”を得られる。


「どうかな? ウチのクラン、試しに入ってみない? 人間だけじゃなくてエルフ族やドワーフ族のメンバーもいるし、賑やかで楽しいよ」


 麗華が体を密着させる。ここで落とすぞ、と彼女は意気込んでいた。


 さらさらの長い髪から漂う甘い香りが龍斗を襲う。――だが、龍斗の心が変わることはなかった。揺れ動くことすらない。


「悪いけど承諾できないな」


「えっ」


 予想外の反応に面食らう麗華。


「どうしてダメなの?」


 彼女は龍斗を押し倒し、自らもその隣に寝そべる。そして、細長い指で彼の服をめくり、服の中に手を忍ばせ、腹部や胸部などを優しく撫で回した。


「ねぇ、どうして?」


 龍斗の耳元で甘く囁く麗華。


(やばい、やばいよ、これが色仕掛けってやつか……)


 龍斗は耐えるのに必死だった。魔が差して襲ってしまいそうになる。おそらく大半の男が、この状況で理性を保つのは難しいだろう。


 彼が寸前のところで耐えられている理由は二つある。


 一つは童貞ということ。前世から今日にいたるまで、童貞はもとより恋人ができたこともなかった。だから理性の(たが)が外れたとしても、なにをどうすればいいのか分からない。


 そしてもう一つは、彼の意志の強靱さだ。クランに所属すると好き放題に戦えないのは当然として、必然的に活動内容を強制されることから、超速レベリング理論の実践に多大な支障を来す。それだけは絶対に避けたかった。


「実は最初から入る気なんてなかったんだ。話を聞いてみたかっただけで」


 麗華はそれほど悲しむ様子もなく「そっか」と流す。


「じゃあ」彼女の手が龍斗の太ももを撫でる。「この先はお預けだね」


「ま、また、気が変わったら、連絡、するよ」


「ありがと」


 麗華は名刺を取り出して咥えると、龍斗に顔を近づけ、反対側を彼に咥えさせた。それから立ち上がり、前に垂れている髪を掻き上げて言う。


「連絡先はここに載ってるからお願いね」


 去っていく麗華を眺めながら、龍斗は「もう少し焦らせば上手いこといっていたかもしれないな」と悔やみ、ありもしない妄想に耽った。

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