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桜森の夜

作者: 結城カイン

桜森の夜


満開の桜も散り始め、今年最後の花見にと職場の連中、十人ばかりと夜桜見物に行くことになる。

滅多にない穴場があると言う上司の言葉に励行させられ、タクシーで走る事、数十分。

緩やかな坂を登ったところの高台に、桜の森があった。

穴場と言っても、俺たちの他にも数グループの酒盛りは始まっており、俺たちもシートを敷いて早速に酒を注ぎあう。

無礼講だとばかりに、仕事の不満を言い合い、慰め、明日からも頑張ろうと労い、そして酒を食らう。

ふと天上を見上げると、風にそよぎ、ひらひらと花びらを散らす桜たち。

それが何となく愛おしくなり、右手の甲に落ちた花弁のひとひらにキスをした。

隣にいた部下がそれを笑いながら、揶揄う。

極まりの悪くなった俺は、トイレに行くとひとり立ち上がった。


少し離れたところで、今居た場所を眺めてみると、薄明りに照らされた皆の陽気な顔に安堵しながらも、どこかしら物足りない気がしないでもない。

仕事に不満があるわけでもなく、人間関係も至って順調。

それなのに、「何か」が、満たされない。


皆と離れ、灯りのない昏い桜森へ、足を進めてみた。

数歩ほど歩くと、闇の中で不思議と仄暗く光る一本の枝垂れ桜の大樹。

見事に咲く満開の桜、そして、ちらほらと漂い舞い落ちる花びら達…。

うっとりと眺め、「見事だなあ~。どれくらい長く生きているんだろう」と、独り言。

「まだ五百年ほどだよ」と、声が聞こえた。


目を凝らしてみると、木の陰に隠れるように男が一人立っている。

じっと見つめると、次第にその輪郭がはっきり見えるようになった。

歳は二十歳ぐらいだろうか。

ツイードのロングコート、淡い茶の短髪に、目鼻立ちの良い精悍で美しい顔をしている。


「やあ、ひさしぶり。元気そうだね」

にこやかにそう言われたが、その顔に覚えがなかった。

「どこかで会いましたっけ?」

「忘れたの?」

ひどくしょんぼりした顔を見せられ、こちらも少し心が痛んだが、どうしてもその顔に思い当たる節がない。


「…ごめん。思い出せないみたい」

「そう、残念だな」

少しとぼけた口調で言うから、揶揄われたのかも知れないな。


「それより…今年の桜も今宵が見納めかな」

「そう…だな」

天を見上げたそいつの横顔に何故かつい見惚れ、そしてどこか懐かしい気配。

今更?


「ねえ、知ってる?桜の木にも寿命があるって」と、彼。

「ああ、でも千年以上も生きてる桜もあるって、テレビで言ってたな」

「あいつらは人の生気をもらっているんだよ。極上の生気だと、百年は持つ」

「へえ~、そりゃ少し怖い話だな」

「ここの桜もね…。昔、この地に城があったんだ。落城して、多くの者がこの地で死んだ。地に潜む魔物が、そいつらの生気を吸って、桜森になったのさ」

「…」

嘘か真実か、酒の所為か、そいつの言葉がふらふらと俺の頭をかき回すみたいだ。

それに…なんだか身体も、頼りない。


「ねえ、まだ、思い出さないの?春崇はるたか

「…」

「おまえが俺を殺したんだよ。一緒に死のうって言ったのにさ。ひとりだけ生き延びて、ずるいなあ」

「…公晄きみあき

そうだ。

生まれるずっと昔、俺はこいつと生きていたんだ。

戦さに負けて、火が放たれた城の中で、お互いの腹に脇差を突き刺し、死んだ…

だけど、何故か俺だけが生き残り。

そして、何度も転生し、こいつを探していた。


「昔と同じように、愛してるって言ってくれるよね、春崇…」

「公晄…愛してる」

差し出された手を、俺は当たり前のように掴み、そして、彼の腕に抱かれ…

それから…



桜の木の下に、倒れたままの男がひとり。

それを見つめる魔の者が、ふたり。


「情けを掛けるとはあなたらしくありませんね、主上」

「毎年、ここの桜に惹かれてやって来る者の生気を貰うのは仕方がない事だけれど、死人を増やしては、人も来なくなるだろう?ちょっぴり記憶をいじって、良い夢を見たと思わせれば、またここへ来たくなる。生気は一年分で十分なのさ」

「わが主上ながら、あざといですな」

「千年の知恵と言えよ、庚朔やすのり

 

魔の者は、桜の枝を手に取り、足元に倒れた男に再び目を落とした。

「見たい夢は自分で選ぶものなのさ。おまえに与えたのは、おまえの欲しがってた儚い幻…夢幻という奴だよ」


そして、ふたつの影は、桜森の闇の中へ消えて行く。



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